癌の迅速診断と治療薬の合成を同時に行うシステムを開発 ~DNAコンピューティングのセラノスティクス展開に向けて~

癌の迅速診断と治療薬の合成を同時に行うシステムを開発
~DNAコンピューティングのセラノスティクス展開に向けて~



国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の川野竜司テニュアトラック特任准教授と同大学大学院生 平谷萌恵、大原正行のグループは、DNAを用いて情報処理を行う「DNAコンピューティング技術」と一分子のDNAを検出できる「ナノポア(注1)」を用いて、癌の診断と治療薬の合成を同時に行うシステムを開発しました。本システムでは、癌の次世代早期診断マーカーであるマイクロRNAをDNAコンピューティング技術で検出することで癌の診断を行うと同時に、マイクロRNAの情報から癌の治療薬となるアンチセンスDNA(注2)を治療に十分な量まで合成することが可能です。さらにナノポアを用いることで、アンチセンスDNAの合成を迅速に確認でき、追加の修飾反応も不要です。本技術は患者の傍で検査する「point-of-care testing」のような癌の簡易診断や、診断と治療を同時に行う「セラノスティクス」への応用が期待されます。

本研究成果は、Analytical Chemistry(電子版1月27日付just accepted in ACS)に掲載されました。
http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.analchem.6b03830 
論文名: Amplification and quantification of an antisense oligonucleotide from target microRNA using programmable DNA and a biological nanopore
著  者: Moe Hiratani, Masayuki Ohara, Ryuji Kawano

<現状>

DNAコンピューティングはDNAの反応で情報処理を行う技術であり、元々DNAを用いた並列計算を目的に研究されていました。最近ではDNAが生体分子であることを利用してin vivoでの診断・治療に応用する研究が行われています。例えば、特定のメッセンジャーRNAの転写量が増加したときに治療効果のある薬剤を出力するシステムが報告されていますが、この場合だとDNAコンピューティングの入力に対して合成される薬剤の割合が1:1であり、薬剤を治療に十分な量にまで増幅させる必要がありました。また、DNAコンピューティングでは計算結果として出力される分子の確認に多くの段階を要し、結果を得るまでに長い時間がかかっていました。

<研究体制>

本研究は、大学院工学府生命工学専攻の大学院生平谷萌恵、大原正行、大学院工学研究院生命機能科学部門の川野竜司テニュアトラック特任准教授らによって実施されました。

<研究成果>

我々は、酵素反応を使って出力分子の増幅を行うDNAコンピューティング技術に着目し、小細胞肺癌の次世代早期診断マーカーである少量のマイクロRNA(miR-20a)から、小細胞肺癌の治療薬となるアンチセンスDNAを自律的に合成・増幅するシステムの構築を行いました。さらにナノポアを用いることで、合成されたアンチセンスDNAの迅速・ラベルフリー検出と定量を行いました(図1)。ナノポアを用いた計測では、ナノポア内を流れるイオン電流値の変化を観測しました。例えば、溶液中に出力分子であるアンチセンスDNAが存在した場合は、DNAのナノポア内の通過に伴ってイオン電流値が一時的に減少します。miR-20aの存在下で30分間の酵素反応を行った後に実際にナノポア計測を行うと、ナノポア内を流れるイオン電流の阻害が確認されました。これはアンチセンスDNAが合成され、ナノポアを通過したことを示しています。また、ナノポア計測で得られたデータからアンチセンスDNAの合成量を定量した結果、小細胞肺癌の治療を行うのに十分な量まで増幅されていることが分かりました。


<今後の展開>

本研究によって、癌の次世代早期診断マーカーであるmiRNAの検出と癌の治療を行う薬剤の合成を30分間で行うことに成功しました。また、ナノポアを組み合わせることで、治療薬となるアンチセンスDNA合成のラベルフリー・迅速な確認と、合成量の定量を可能としました。今後は、「point-of-care testing」といった簡易癌診断のほか、診断と治療を同時に行うセラノスティクスへの展開を目指します。

注1) ナノポア
膜タンパク質やイオンチャネルによって、脂質二分子膜中に形成されるナノサイズ(直径1.4 nm程度)の穴。

注2) アンチセンスDNA
タンパク質を合成するメッセンジャーRNAの配列と相補的な配列を持つDNA。RNA分解酵素によるメッセンジャーRNAの分解を促すことで、最終的にタンパク質の合成を妨げて治療効果を示す薬剤として応用されている。
 

図1. 本セラノスティクスシステムの概要。小細胞肺癌に特有の発現をするmiR-20aをDNAコンピューティング技術によって検出し、診断の結果アンチセンスDNAが合成・増幅される。さらに、本システムではナノポアによってアンチセンスDNAの合成の確認と定量が可能。

◆研究に関する問い合わせ◆

東京農工大学大学院工学研究院
生命機能科学部門 テニュアトラック特任准教授
川野 竜司 (かわの りゅうじ)
TEL/FAX:042-388-7187
E-mail:rjkawano(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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