スキー場であり続けることがチョウにとっては大切~ゲレンデの閉鎖はチョウ類相を衰退させることを発見~

スキー場であり続けることがチョウにとっては大切
~ゲレンデの閉鎖はチョウ類相を衰退させることを発見~

ポイント

  • スキー場が閉鎖され、人為的なゲレンデ管理が停止されると、徐々に観察されるチョウの種数や数が減少することを明らかにした。
  • 草地性や荒地性のチョウは、閉鎖からの経過年数に伴って種数や量が減少した。一方、森林性のチョウは閉鎖後に一時的に種数や数が増加したが、長期的にはともに減少した。
  • ゲレンデ管理がされなくなったスキー場跡地では、チョウが食物として利用できない植物が繁茂することでチョウの幼虫や成虫の食物が減少し、生息するチョウが減少したと考えられる。

本研究成果は、オランダの生態学誌「Biodiversity and Conservation(略称:Biodivers. Conserv.)」オンライン版(5月10日付)に掲載されました。
論文名:Abandonment of ski pistes impoverishes butterfly communities.
著者名:Kazuhito Oki, Masashi Soga, Tatsuya Amano, Shinsuke Koike
URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s10531-022-02422-9


概要
 国立大学法人東京農工大学大学院農学府農学専攻 沖和人(修了生)、同大学院グローバルイノベーション研究院の小池伸介教授、国立大学法人東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻の曽我昌史准教授、オーストラリアのクィーンズランド大学生物科学部(兼任 東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院・特任准教授)の天野達也博士らの国際共同研究チームは、営業の停止に伴い、人為的なゲレンデ管理がなされなくなったスキー場跡地では、営業停止からの経過年数に伴い、観察されるチョウの種数や個体数が減少することを明らかにしました。定期的な草刈り等が行われなくなったスキー場跡地では、ゲレンデが草原から森林へと変化するとともに、回復した森林も自然本来の状態の森林とは異なることで、チョウの幼虫が食べる植物(食餌植物)や成虫が吸蜜する花が減少することが、上記の結果のメカニズムとして考えられます。

研究背景
 日本では、長い間野焼きや燃料の採取といった人間活動によって人為的に草地が維持されることで、草地を主な生活場所とする様々な生物が生活してきました。しかし、戦後の自然資源の利用頻度低下に伴い、このような草地は大きく減少してきました。一般に、人為的な管理が停止した草地では、草地が徐々に森林へと植生遷移(注1)することで、草原性の生物種が減少し、森林性の生物種が増加します。近年、人為的な管理の停止が進む草地として、スキー場が挙げられます。スキー場は、ゲレンデやゴンドラの下など、同じ場内でも草刈り等の管理の頻度が異なる場所が存在することから、さまざまな草地性の生き物の生活の場所となることが知られています。しかし、スキー場は気候変動の影響を受けやすく、先進国では人口が減少していることから、今後、世界各地のスキー場が閉鎖される可能性があります。実際に日本では、2012年までに全763か所のスキー場が造成されてきましたが、2012年時点で全体の37%にあたる284か所のスキー場が閉鎖され、閉鎖されるスキー場の数は年々増加しています。人為的な管理が停止したスキー場は、スキー場の造成方法や管理方法の違いにより、草地であり続ける事例、植生が衰退し裸地化する事例、その地域本来の極相林(注2)とは異なった種組成の森林となる事例が知られています。したがって、人為的な管理が停止したスキー場では、引き続き草地性の動物種が生息し続ける可能性や、森林性の動物種が増加しない可能性が考えられます。そこで、本研究では営業の停止に伴い、人為的な管理が停止したスキー場跡地に注目し、チョウの生息場所としての評価を行いました。今回、チョウに着目したのは以下の2つの理由からなります。1つ目に、チョウは比較的、生態が詳しく研究されてきた生物のグループで、種ごとの特性がよく知られています。2つ目に、チョウの多くの種は幼虫から成虫にいたる生活史の大部分で、食物として植物に依存した生活を送ることから、植生や環境の変化に敏感に反応します。以上の理由から、植生や環境の変化に対する反応の程度も、種の特性の違いに応じて異なります。さらに、チョウを指標とすることで、ある種の増減には、どのような環境の変化(たとえば、ある植物種の減少)が影響したかといった、メカニズムの科学的な検証が可能になります。本研究の具体的な内容は、営業中のスキー場および営業を停止してからの経過年数の異なるスキー場跡地(図1)におけるチョウの種数や個体数を比較し、その原因を検討しました。

研究成果
 長野県北部周辺におけるスキー場跡地19か所(調査年の1~46年前に営業停止)および営業中のスキー場5か所にて、調査を実施しました。草原を主な生息場所とするチョウ(以下、草地性種 図2)が13種1573個体、人里周辺を主な生息場所とするチョウ(以下、荒地性種)が11種316個体、森林を主な生息場所とするチョウ(以下、森林性種)が37種644個体の計61種2533個体が確認されました。これらの種の中には、草原に依存した種や自然度が高い地域に生息する種も含まれており、スキー場がチョウの保全にとって重要な環境であることを示しています。
 解析の結果、スキー場の営業停止からの経過年数が増えるに伴い、観察される草地性種および荒地性種の種数と個体数が減ることが分かりました(図3)。森林性種の種数と個体数は、営業停止後に一時的に増加傾向がみられましたが、その後は減ることが分かりました(図3)。
 次に、スキー場の経過年数とチョウの間の負の関係のメカニズムを探りました。その結果、スキー場の営業が停止するとゲレンデ跡地の植物高が高くなり、(1)草地性種を中心としたチョウの食餌植物の量が減少することと(2)成虫(草地性種や森林性種)にとっての生息環境が劣化することの二つの影響が大きいことが示されました。また、経過年数が15年目以降に森林性種の数が減少した理由としては、スキー場独自の造成方法や管理方法が影響している可能性が高いです。つまり、森林性種の生息には階層構造(注3)が発達した森林が必要ですが、スキー場跡地に成立した森林では、草本層や林床などの下層植生が十分に発達しないなど、この地域本来の極相林が成立しにくく、その結果、森林性種が回復しなかったという可能性です。これらの結果は、スキー場の人為的な管理の停止は、チョウの食餌植物や成虫の食物となる花を咲かせる植物を減らすことで、長期的にチョウ類相の衰退に拍車をかけていることを示しています。

今後の展望
 現在、世界的に昆虫類の衰退が進んでおり、その保全が急務となっています。一般的に、スキー場を新設すること自体は、地域の生物多様性に負の影響を及ぼすため、生物多様性の保全を考えるとスキー所の増加は歓迎されることではありません。しかし、今回の研究結果は、一度造成されたスキー場は草地性種のみならず、荒地性種や森林性種といったチョウ全体にとって重要な生息地を提供し、保全に寄与していること示しました。したがって、スキー場としての役割を終えたゲレンデ跡地であっても、定期的に人為的な管理を実施することで、様々なタイプのチョウ類種を保全できる保護区的な環境として機能し得るかもしれません。図3に示す通り、閉鎖後10年間であればチョウの種数や量の減少の程度は緩やかであったことから、閉鎖後少なくとも10年間隔で管理を行い続けることで、チョウ類相を総合的に保全できる環境を長期的に維持できる可能性があります。現在、世界的に保護区以外の場所(OECMs:注4)での生物多様性保全の促進が求められていますが、本研究結果はスキー場がこうした役割を担いうる可能性を示しています。今後、スキー場を含めた人為的な草原が持つ生物多様性保全機能をより広域スケールで評価することが求められます。なお、本研究の一部は公益信託 増進会自然環境保全研究活動助成基金および東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院からの助成を受けたものです。

用語説明
注1) 植物群落を構成する種や個体数が時間に伴い変化する現象。
注2) 植物群落が植生遷移を経て極相に達した林。群落全体で植物の種類や構造が安定し、大きく変化しなくなった森林。
注3) 植物群集の垂直的な植物の配列のことを示し、一般に、森林では高木層、亜高木層、低木層、草本層、林床に区分される。これらの区分は各層における植物の高さによって決められる。
注4) Other Effective area based Conservation Measures(その他の効果的な地域をベースとする手段)の頭文字で、2010年の生物多様性条約締約国会議で生まれた言葉。公的な保護地域以外にあるが効果的な保全が行われている場所を、OECMsと呼ぶ。2030年までに地球の30%を保護区にする取り組み(30 by 30)において重要な役割を果たすことが期待されている。

図1.スキー場としての営業停止後の経過年数の異なるスキー場跡地の様子(aは1年後、bは16年後、cは33年後、dは46年後)。
図2.スキー場の営業停止からの経過年数が増えるにつれて、観察されにくくなったチョウの一部。左からヒメシジミ(草地性種)、イチモンジセセリ(荒地性種)、ミドリヒョウモン(森林性種)。
図3.スキー場の営業停止からの経過年数と、観察された(a)草地性種、(b)荒地性種、(c)森林性種のチョウの種数と個体数との関係を一般化加法モデルにより推定した結果。点は一連の調査を通じて各スキー場および各スキー場跡地で観察された種数および個体数を示し、実線はモデルにより予測された種数・個体数を、灰色の影の部分は予測値の95%信頼区間を示す。調査は季節により出現するチョウの種や植生の状態が異なることを考慮し、7月と9月の2回実施し、各調査地には調査区を3か所ずつ設置した。調査では長さ50mの調査区を5分間かけて踏査した際に、各調査区で観察されたチョウの種数および個体数を記録した。

本研究と類似研究のプレスリリースはこちらをご覧ください。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院 教授
小池 伸介(こいけ しんすけ)
 E-mail:koikes(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻 准教授
曽我 昌史(そが まさし)
 E-mail:asoga(ここに@を入れてください)mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  

関連リンク(別ウィンドウで開きます)

 

CONTACT