2015年1月28日 「タンパク質の保持・放出」を制御できる医療用シートの開発に成功

「タンパク質の保持・放出」を制御できる医療用シートの開発に成功
~ 取り扱いが容易なシートで実現する次世代の外科手術 ~

国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門の村上義彦准教授と同大学院博士後期課程在籍の安齋亮介大学院生の研究グループは、「タンパク質の保持・放出」を制御できる医療用シートを開発しました。従来より、ポリ乳酸やポリカプロラクトン等の生体適合性が高い疎水性高分子を素材としたシートは報告されていましたが、それらのシートに「タンパク質の保持・放出を制御する機能」を与えることは困難でした。そこで本研究では、材料の内部に「薬の入れ物(高分子ミセルと呼ばれる自己組織化体)」を組み込むという独自の材料設計アプローチによって、疎水性シートに「タンパク質の保持・放出を制御する機能」を与えることに世界で初めて成功しました。さらに、シート内部におけるタンパク質の分散状態を評価する手法として、さまざまな材料の物性評価に応用可能な「拡張フラクタル解析(advanced fractal analysis)」という解析法を提案しました。次世代の医療用材料(バイオマテリアル)の作製技術や、さまざまな医療用・工業用材料の物性評価技術としての展開が期待されます。


本研究成果は、界面コロイド科学の国際専門誌Colloids and Surfaces B: Biointerfaces電子版(別リンクで開きます)に掲載されました。

現状:現代の医療において、薬物治療の重要性はますます高まっています。しかし、薬物の投与にともなう副作用や、薬物の分解による有効薬物量の減少などが問題となることがあります。そこで注目されているのが、「望みの時間・望みの場所に」薬物を患部に集中的・選択的に送りこむ薬物送達システム(ドラッグデリバリーシステム、DDS)です。治療対象部位ごとに適したDDSを実現するためには、「薬物放出用の材料(内部に薬物を保持して、その薬物を少しずつ放出するための材料)」の適切な選択が重要になります。現在までに、ゲル、粒子、シートなどのさまざまな形態の薬物放出用の材料の開発が検討されています。その中でも、シートは、「患部への接触面積が大きい」「厚みが薄く柔軟性が高いため、分子間力によって生体組織と密着することができる」という他の形態の材料とは異なる優れた特徴を有しています。しかし、「(1) シートの内部に薬物を保持しただけでは薬物がすぐに放出されてしまい、その放出挙動を制御することが困難である」、「(2) 生体適合性が高い高分子(ポリ乳酸やポリカプロラクトンなど)から作製したシートは疎水性であるため、細胞増殖効果や創傷治癒効果が高い親水性の薬物(タンパク質)をシートの内部に保持することができない」、「(3) シート内部における薬物の分散状態を適切に評価することが困難であるため、材料の性能評価が困難である」という問題点がありました。

研究成果:本グループでは、シートの内部に「タンパク質のための入れ物(ブロック共重合体(注1)が形成する高分子ミセル)」を組み込む、という独自の材料設計アプローチ(図1)によって、「タンパク質の保持・放出」を制御できる医療用シート(図2)の開発に初めて成功し、前述の三つの問題点を解決しました。高分子ミセルの組成を適切に選択することによって、タンパク質の保持特性・放出特性を自在に制御することができます。また、高分子ミセルの内部は「親水性の空間」になっているため、疎水性シートの内部に高分子ミセルを分散させることによって、「疎水性シートの内部に親水性の空間を作り出すこと」に成功しています。さらに、タンパク質の入れ物である高分子ミセルの分散状態はシートの性能に大きな影響を及ぼします。そこで、タンパク質(蛍光ラベルで標識している)を入れた高分子ミセルが材料内部に分散したシートを蛍光顕微鏡で撮影し、得られた写真を数個~数十個の領域に分割し、それぞれの分割画像のフラクタル次元(注2)を求め、そのフラクタル次元の数値のばらつき(標準偏差)からタンパク質の分布状態を評価する新しい手法(拡張フラクタル解析(advanced fractal analysis)、図3)の開発にも成功しています。

今後の展開:これまで研究開発がほとんど進んでいなかった材料形態である「シート」に新しい機能を与える研究成果であり、次世代の医療用材料(バイオマテリアル)の研究開発に大きく寄与できるものと考えられます。シートは取り扱いが容易で、保存安定性が極めて高い材料です。「タンパク質を保持したシートを手術室に常に用意しておき、外科手術の際に患部に貼り付けて、細胞増殖効果や創傷治癒効果が高いタンパク質が患部においてのみ放出されて治療効果が高まる」という新しい次世代外科手術が実現する可能性があります。さらに、本研究で提案した発展的フラクタル解析は、医療用シートのみではなく、ゲル・粒子・シートなどのさまざまな形態の材料の内部状態の評価に適用することができるため、幅広い研究領域(バイオ・医療材料、電子材料、光学・分子デバイス)への波及効果も高いと考えられます。

注1)ブロック共重合体
性質が異なる高分子ブロックが連結して形成した高分子のこと。親水性(=水に溶けやすい)ブロックと疎水性(=油に溶けやすい)ブロックを連結した高分子は「両親媒性(=水にも油にも溶ける)ブロック共重合体」と呼ばれる。

注2)フラクタル次元
一般に、点は0次元、直線は1次元、平面は2次元、立体は3次元であるが、複雑な絡み合いをもった一筆書きは、「直線」よりは複雑な形をしているが、「平面」を埋め尽くすほどではない。そのような一筆書きの次元は「1と2の間」であると考えることができる。このような考えに基づく次元の概念がフラクタル次元である。フラクタル次元に基づく解析手法(フラクタル解析)は、物質の分布状態や、物体の表面形態を表現するために用いられることがある。

図1 シートの形成方法

図2 シートの外観(材料内部に、目に見えない親水性の空間が無数に存在する)

図3 拡張フラクタル解析

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