ウマ HRG 遺伝子多型の発見 サラブレッドにおける血漿糖タンパク質 HRGの多様性

ウマ HRG 遺伝子多型の発見
サラブレッドにおける血漿糖タンパク質 HRGの多様性

 国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院動物生命科学部門の田中あかね教授と同大学グローバルイノベーション研究院の向亮特任助教らのグループは、日本中央競馬会、社台スタリオンステーション、Equine Veterinary Medical Center、Jeju National Universityの獣医師グループらとともにサラブレレッド種のウマ1,700頭の検体から、血液凝固や免疫細胞の機能調節に関係する血漿糖タンパク質histidine-rich glycoprotein(HRG)遺伝子の解析を行い、野生型と2種類の欠失型の配列の組み合わせからなる5つの遺伝子型を同定しました。この遺伝子多型はウマ以外の動物では見つかっておらず、今後、この遺伝子型の違いによる影響を調べることで、なぜウマHRGの遺伝子多型が多様化したのかという謎を解明するとともに、HRGの機能解明への貢献が期待されます。

本研究成果は、Scientific Reports(1月6日付)に掲載されました。
論文タイトル:Unique insertion/deletion polymorphisms within histidine-rich region of histidine-rich glycoprotein in Thoroughbred horses
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-023-27374-0

現状
 Histidine-rich glycoprotein (HRG)は名前の通りヒスチジンを多く含み、肝臓で合成される血漿糖タンパク質です。HRGは相互作用分子の解析から、免疫応答や血液凝固、血管新生など関与するとされています。また、HRG は全身性炎症反応症候群 (SIRS)や敗血症の病態形成に関わることが報告されており、それらの疾患のバイオマーカーや新規治療法への応用が期待されています。ウマにおいても外傷や感染症などから敗血症、エンドトキセミア、SIRSといった致死率の高い重篤な疾患が起こりますが、これらに対する効果的な治療法開発には至っていません。本研究では、HRGを用いたウマSIRSの診断および治療法の開発を最終的な目的として、ウマHRG遺伝子の多検体解析を実施しました。

研究体制
 以下の国内外研究グループおよび共同研究者により研究を遂行しました。
1) 田中あかね教授ら東京農工大学大学院の研究グループ(実験の立案実施を含め研究を主導)
2) 村中雅則栗東トレーニングセンター診療科長、浦山俊太郎獣医師ら日本中央競馬会の研究グループ (ウマ血液サンプルの提供)
3) 登石裕子獣医師ら社台スタリオンステーションの研究グループ(ウマ血液サンプルの提供)
4) 及川正明獣医師らカタール国Equine Veterinary Medical Center (EVMC)の研究グループ (研究遂行のアドバイザー)
5) Taekyun Shin 教授らJeju National Universityの研究グループ (研究遂行のアドバイザー)
 なお、本研究は、競走馬生産育成研究助成事業(日本競走馬協会)、および科学研究費助成事業(日本学術振興会)などの助成を受けて実施しています。

研究成果
 本研究チームではこれまでに、ウマHRGにはヒスチジン残基を多く含むhistidine-rich region (HRR)ドメイン内に欠失が存在することを見出していました。そこで研究チームはまず、サラブレッドの血液からゲノムDNAを抽出し、HRR の配列をPCRによって調べました。すると、野生型 (insertion, I)の配列に加えて2種類の欠失型が存在し、これら 3 種類の配列の組み合わせによって 5 種類の遺伝子型が存在することがわかりました (図1左)。さらに、この欠失型の遺伝子配列を調べたところ、HRRドメイン内に45 bp (欠失型 1: deletion 1, D1)および 90 bp (欠失型 2: deletion 2, D2)の欠失が見つかりました。そこで、この5つの遺伝子多型の分布を調べるためにサラブレッド1,700頭の血液サンプルを使用して遺伝子型判定を行いました。その結果、野生型と欠失型 1 のヘテロ接合 (ID1)が約半数を占めており、次いで野生型および欠失型のホモ接合 (II, D1D1) が約20%、欠失型 2 のヘテロ接合 (ID2, D1D2)はそれぞれ約4%含まれていました (表1)。加えて、遺伝子多型が血中タンパク質の表現型を反映しているかを調べるために、各遺伝子型の血漿を使用して、ウマHRGタンパク質を検出したところ、それぞれの遺伝子型に対応した大きさのタンパク質が検出され、ウマHRG遺伝子型がタンパク質の表現型に反映していることがわかりました (図1右)。HRGは生体内で様々な役割を持つタンパク質です。今回発見された欠失はHRGの活性にとって重要なHRRドメインに含まれているため、ウマHRG遺伝子多型は、競走馬として活躍するサラブレッド種の運動能力や繁殖効率、感染症への感受性に関与する可能性があります。
 
今後の展開
 ウマはヒトによって家畜化され、品種改良によって世界中で様々な品種が生み出されました。家畜化やそれに伴う品種改良とウマHRG遺伝子多型は関与している可能性がありますが、この関係を調べるためには現存する複数の品種を使用して研究を行う必要があります。しかし、国内で飼育されているウマの多くはサラブレッド種であり、本研究のすべてのサンプルがサラブレッド種のものです。そこで現在、EVMCやJeju National Universityとの共同研究によって、様々な品種のウマHRG遺伝子解析を実施中です。さらに今後、野生型と欠失型ウマHRGの機能比較、遺伝子型とレース成績・病歴の関係性を調べることによって、ウマHRG遺伝子多型の生物学的意義の解明を目指します。

図1:PCRを用いた遺伝子解析 (左図) および 遺伝子産物(タンパク質)解析(右図) によるウマ HRG の検出結果
表1:ウマ HRG 遺伝子多型の分布

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
動物生命科学部門 教授
田中 あかね(たなか あかね)
TEL:042-367-5925
E-mail:akane(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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