ノイズを味方に分子の電子状態変化を探る~電子デバイスノイズを利用した分子評価技術の確立へ~

ノイズを味方に分子の電子状態変化を探る
~電子デバイスノイズを利用した分子評価技術の確立へ~

国立大学法人東京農工大学大学院工学府物理システム工学専攻大学院生の桶田知宏、工学研究院先端物理工学部門の生田昂助教、前橋兼三教授、東京大学総合文化研究科・教養学部の正井宏助教、寺尾潤教授と京都大学大学院工学研究科合成・生物化学専攻の玉木孝博士研究員は、通常電子デバイスにおいて邪魔者となるノイズを積極的に利用することで、従来は検出できなかった、分子の電子状態変化を捉えることに成功しました。この成果は、電子デバイスを利用した新たな分子評価技術の確立に繋がる研究成果となっています。将来的に手のひらサイズの小型分子計測装置の開発を目指します。

本研究成果は、Applied Physics Express誌の掲載に先立ち3月9日にWEB上で掲載されました。
論文名:Effect of changing electronic states of molecules on frequency domain of graphene FETs
URL:https://doi.org/10.35848/1882-0786/ac564d
Citation:Tomohiro Oketa et al. Appl. Phys. Express 15 (2022) 045001

現状
分子には電荷・分子内ダイポール・分子軌道等、様々な分子固有の情報を持っています。従来、このような分子の情報を得る方法としては質量分析・核磁気共鳴・X線光電子分光等に代表される、大型かつ高価な分析装置が利用されていました。我々の研究グループでは、大型な分析装置に匹敵する分析能力を持つ小型電子デバイスを実現するべく、電子デバイスを利用した分子検出技術の研究を行ってきました(2021年8月6日本学プレスリリース、2021年9月9日本学プレスリリース)。
通常、電子デバイスを利用した分子検出(センサ)においては、高感度な検出(高信号雑音比:高S/N比)を実現するために、いかに信号強度を大きくするか、あるいは、いかにノイズを小さくするかが重要視されてきました。すなわち、ノイズとは信号を劣化させる邪魔者であり、デバイスからノイズをいかに除去するかが、デバイス設計において重要でした。しかし近年、そのような電子デバイスの邪魔者であったはずのノイズを積極的に活用することで、ノイズを新しい情報源として扱う手法が提案されるなど、ノイズに対する価値観が変わりつつあります。本研究では、分子と分子の相互作用が電子デバイスに対して引き起こすノイズ変化に注目し、従来のデバイスでは検出できず、紫外線光電子分光等の大型装置を利用しなければ検出できなかった、分子の電子状態変化の検出を目指しました。

研究体制
本研究は、東京農工大学大学院工学府物理システム工学専攻博士前期課程学生の桶田知宏と同大学大学院工学研究院先端物理工学部門の生田昂助教、前橋兼三教授、東京大学総合文化研究科の正井宏助教、寺尾潤教授、及び京都大学大学院工学研究院玉木孝博士研究員によって実施されました。
本研究はJSPS 科研費 (JP19H02696, JP20H02159, JP21K05181, JP21K18714, JP21H00018)の助成を受けて実施されました。

研究成果
本研究では、分子由来のノイズを取得するための電子デバイスとしてグラフェン電界効果トランジスタ(FET)を利用しました。グラフェンは炭素原子が6角形ハチの巣状に平面的に並んだ材料であり、表面上の状態変化に敏感で、グラフェン自体から出るノイズが小さいことから、外部からのノイズの検出に有望な材料です。今回、グラフェンFET上に有機分子の一種である金属錯体をのせ、酸化作用の高いラジカル性分子である二酸化窒素と非ラジカル性である二酸化硫黄にさらしました。これにより、金属錯体の電子状態の変化を起こした後、グラフェンFETのノイズ特性評価を行いました。その結果、ラジカル性の二酸化窒素を導入した場合のみに、特定の周波数をもつノイズ(周波数ノイズ)の変化が見られました(図1)。これは、ラジカル性分子の二酸化窒素が金属錯体に吸着することにより、金属錯体の電子状態(HOMO/LUMO準位)が大きく変化したことに由来していると考えられます。また、この実験結果からグラフェン上の金属錯体の電子状態変化を周波数ノイズにより確認することに成功しました。これは、従来の直流(DC)測定では得られない分子の情報を取得しており、新たな分子評価技術の確立に繋がる研究成果となります。

今後の展開
本研究で得られた結果は、従来の電子デバイスのDC測定で取得可能であった分子の電荷や分子内静電ポテンシャルに対し、周波数ノイズの計測により、更に分子の電子状態という情報を取得できる結果となっています。このことから、本成果と従来の計測方法を融合することにより、電子デバイスを利用した、大型分析装置に匹敵する分子の評価技術の開拓を目指します。

用語説明
周波数ノイズ:ノイズの中でも特に周波数成分を持ったノイズ。例としては1/fノイズや バースト(ポップコン)ノイズが挙げられます。

図1 (左)ラジカル性分子である二酸化窒素を導入した時のノイズの周波数依存性、(右)非ラジカル性分子である二酸化硫黄を導入した時のノイズの周波数依存性。縦軸のパワースペクトラム密度はグラフェンFET中のノイズの量を表します。ラジカル性の二酸化窒素を導入した場合のみ金属錯体分子の電子状態が変化し、100~10000 Hzで周波数ノイズが増加しています。一方で、非ラジカル性の二酸化硫黄を導入した場合では金属錯体の電子状態が変化せず、ノイズの増加は観察されませんでした。

参考情報
◆2021年9月9日プレスリリース
グラフェン上での化学反応を基軸とした新奇検出原理で電気的な超微量化学物質検出の実証に成功

◆2021年8月6日プレスリリース
金属錯体とグラフェンを用いたセンサにより極微量二酸化窒素の定量検出に成功

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
先端物理工学部門 助教
生田 昂(いくた たかし)
TEL/FAX:042-388-7221
E-mail:ikuta(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

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