プリンターで創る高屈折率・無反射なスーパー材料-未来の情報通信や熱マネジメントに向けて-

プリンターで創る高屈折率・無反射なスーパー材料
-未来の情報通信や熱マネジメントに向けて-

 国立大学法人東京農工大学 朝田晴美氏(博士課程1年、独立行政法人日本学術振興会特別研究員)、遠藤孝太氏(2021年3月修士課程修了)、鈴木健仁准教授(工学研究院)は、テラヘルツ電磁波で動作する高屈折率・無反射な新材料を実現しました。本研究グループが独自に開発した人工構造材料(メタサーフェス 注1)の特許技術(日本特許第6596748号, 米国特許第10686255号, 他)を応用し、電波法で電波として定義される最上限の3テラヘルツの周波数で実現しました。高屈折率・無反射なメタサーフェスの作製には、スーパーインクジェットプリンタ(株式会社SIJテクノロジ)と呼ばれる微細な構造を描ける印刷技術を用いました。高屈折率・無反射なメタサーフェスは、電磁波を自在に操る平面で極薄なレンズに応用でき、6G(Beyond 5G)以降も見据えた未来の情報通信機器での展開が期待されます。また、高屈折率・無反射なメタサーフェスをさらに数10テラヘルツ以上まで高周波化できれば、製鋼スラブなどから排出される熱放射を特定方向に集中させるなど熱マネジメントへの応用も期待されます。

本研究成果は、米国光学会Optics Express(2021年4月29日付)に掲載されました。
URL:https://www.osapublishing.org/oe/fulltext.cfm?uri=oe-29-10-14513&id=450551

研究背景
 現在、5Gの次の世代の6G(Beyond 5G)に向けて、これまで使われている電波よりも周波数の高いテラヘルツ電磁波の利用が期待されています。また、高温の熱源から捨て続けられている熱放射も赤外域に位置するテラヘルツ電磁波です。空中に放射されたテラヘルツ電磁波の方向や形を変えるなど、自在に操ることができるようになれば、未来の情報通信や熱マネジメントに大きく貢献できます。これまでテラヘルツ電磁波を制御するためのレンズなどには、自然界の材料がよく用いられてきています。しかしながら、「自然界の材料は、屈折率などの材料の性質が限られている」という原理的な問題がありました。そこで、「材料の屈折率を、人工的に極限まで高くできないか?」という発想で、本研究を開始しました。高屈折率・無反射な材料を実現できれば、従来から使われているドーム状の厚みを持ったレンズを、平面で極薄なレンズに置き換え(フラットオプティクス 注2)、電磁波を自在に操るなどの産業応用にも強く結びつきます。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院工学府電子情報工学専攻の朝田晴美氏(博士課程1年、独立行政法人日本学術振興会特別研究員)、同大学院工学府電気電子工学専攻の遠藤孝太氏(2021年3月修士課程修了)、同大学院工学研究院先端電気電子部門の鈴木健仁准教授により行われました。また、本研究の一部は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「熱輸送のスペクトル学的理解と機能的制御」(研究総括: 花村克悟)における研究課題「極限屈折率材料の深化と熱輻射アクティブ制御デバイスの開拓」(JPMJPR18I5)、文部科学省科学研究費補助金基盤研究(C)(18K04970)、公益財団法人稲盛財団、公益財団法人加藤科学振興会、公益財団法人池谷科学技術振興財団、公益財団法人東電記念財団、公益財団法人GMOインターネット財団、公益財団法人野口研究所の支援により行われました。

研究成果
 本研究は、高屈折率・無反射な新材料(図1)を、電波法で電波として定義される最上限の3テラヘルツで実現しました。この新材料は電磁波の波長に対して微小なサイズの構造体のメタアトム(注3)を、原子や分子に見立てて配列することで、自然界には存在しない屈折率などの材料の性質を実現した人工構造材料(メタサーフェス)です。スーパーインクジェットプリンタ(株式会社SIJテクノロジ)と呼ばれる微細な構造を描ける印刷技術を用いて、厚さ5マイクロメートル(1マイクロメートル=1000分の1ミリメートル)のポリイミドフィルムの6ミリ角範囲の表と裏の両面に、80,036対のカット金属ワイヤーからなるメタアトムを銀ペーストインクで作製しました。作製した高屈折率・無反射なメタサーフェス(図2)をテラヘルツ時間領域分光法(注4)で測定し、3テラヘルツの電磁波を照射した際に、屈折率5.9、反射1.3パーセントで振舞うことを確認しました。ポリイミドフィルムの表と裏の両面のメタアトムにより、メタサーフェスの比誘電率(注5)と比透磁率(注6)が同じ周波数で高い値となるため、高屈折率でありながら無反射な性質の材料を実現しています。さらに、金や銅などの導電率(注7)の実部が10の7乗オーダーの金属に比べ、導電率の実部が2桁低い銀ペーストインクを用いても、高屈折率・無反射な材料の性質を実現できることを明らかにしました。他にも本研究は、メタアトムの寸法の制御だけでなく、金属の導電率の実部と虚部の値を調整することで、高屈折率・無反射な材料の性質を設計できることも示唆しています。

今後の展開
 電波法で電波として定義される最上限の3テラヘルツで高屈折率・無反射なメタサーフェスを実現したことで、6G(Beyond 5G)以降も見据えた未来の情報通信のスマートフォンやタブレットに用いられる材料や光学部品としての応用が期待できます。さらに、今回の高屈折率・無反射なメタサーフェスを、厚さ100ナノメートルオーダーの基板で作製し、数10テラヘルツ以上まで高周波化できれば、製鋼スラブなどから排出される熱放射を特定の方向に集中させることで、熱エネルギーを回収しやすいようにするなど熱マネジメントへの応用も期待されます。

図1 独自に実現した高屈折率・無反射なメタサーフェスの(a)全体図と(b)拡大図
図2 作製した高屈折率・無反射なメタサーフェスの(a)全体写真図と(b)拡大写真図

用語説明
注1 メタサーフェス
原子より大きいが電磁波の波長に対しては微小なサイズの構造体を原子や分子に見立てて配列することで、自然界には存在しない電磁的性質(誘電率、透磁率)を実現できるスーパー材料(メタは“超”の意味)のこと。

注2 フラットオプティクス
メタサーフェスなどの人工構造材料を用いて、平面で極薄な光学素子を実現していく概念のこと。

注3 メタアトム
メタサーフェスを構成する、電磁波の波長に対して微小なサイズの構造体のこと。

注4 テラヘルツ時間領域分光法
材料にテラヘルツ電磁波を入射し、透過した波や反射した波の形から、屈折率などの材料の性質を求める測定方法のこと。

注5 比誘電率
材料と真空との誘電率の比を表す。誘電率は材料の誘電性を表しており、電界にどのくらい反応するかを表す指標。

注6 比透磁率
材料と真空との透磁率の比を表す。透磁率は材料の磁性を表しており、磁界にどのくらい反応するかを表す指標。

注7 導電率
主に金属での電流の流れやすさを表す指標。高周波では実部と虚部を有する複素数表示の導電率を用いる。


◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学 大学院工学研究院
先端電気電子部門 准教授
鈴木 健仁
TEL/FAX: 042-388-7108
E-mail: takehito(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp


◆JST事業に関する問い合わせ◆
科学技術振興機構 戦略研究推進部
グリーンイノベーショングループ
嶋林 ゆう子
TEL: 03-3512-3526 FAX: 03-3222-2066
E-mail: presto(ここに@を入れてください)jst.go.jp

 

関連リンク(別ウィンドウで開きます)

・東京農工大学 鈴木健仁准教授 研究者プロフィール
・東京農工大学 鈴木健仁准教授 研究室WEBサイト
・鈴木健仁准教授が所属する 東京農工大学工学部知能情報システム工学科

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