「流動速度が増すと液体の境界面がより不安定になる」という常識を覆す!~数値シミュレーションにより有効界面張力との関係を解明~

「流動速度が増すと液体の境界面がより不安定になる」という常識を覆す!
~数値シミュレーションにより有効界面張力との関係を解明~

 国立大学法人東京農工大学大学院生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻博士前期課程2年の出来優花さん、同大学院工学研究院応用化学部門の長津雄一郎教授、インド工科大学ローパー校数学科のManoranjan Mishra教授、東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院の鈴木龍汰特任助教からなる国際共同研究チームは、二種類の液体が完全に混ざり合うまでの間に生じる弱い界面張力(有効界面張力、※1)が、界面の流体力学的不安定性(※2)、具体的には二流体の粘度の違いにより界面が指状に広がる「粘性フィンガリング(Viscous fingering: VF)」という現象(下図)に与える影響を調査し、「流動の速度が増すと界面の流体力学的不安定性が増加する(指幅が小さくなる)」という従来の常識を覆す結果を数値シミュレーションで得ることに成功し、そのメカニズムを明らかにしました。
 本成果は、界面の流体力学的不安定性を有効界面張力と流動の速度により制御できることを示唆しており、今後、有効界面張力を伴うVFの制御手法に繋がる実験的、数値的、理論的研究の先駆けとなるものです。さらに本成果は、CO₂を地中に貯留するプロセスや地層からの石油回収プロセスにおけるミシブル攻法(※3)において重要な発見であり、本研究はそれらのプロセスの新たな制御法の創出に寄与することが期待されます。

図 石油回収現場で観察されるVF 石油回収では圧入井から水を圧入し、原油を生産井まで押し出し回収するプロセスがある。このとき、多孔質媒質(たくさんの細かい穴のあいた媒体、ここでは地層)内で、高粘性流体(ここでは原油)が低粘性流体(ここでは水)に押されるときに、その境界面は流体力学的に不安定になり、指状となる現象Viscous fingering (VF)が発生する。VFの指幅が大きいことは石油回収効率がよいことを意味する。

本研究成果は、流体力学に関する専門学術誌であるJournal of Fluid Mechanics(電子版2023年6月20日付)に掲載されました。
掲載場所: https://doi.org/10.1017/jfm.2023.405
論文名: Numerical study on the effect of Péclet number on miscible viscous fingering with effective interfacial tension
著者:Yuka F. Deki, Yuichiro Nagatsu, Manoranajan Mishra, and Ryuta X. Suzuki

現状
 多孔質媒質内で粘性の高い流体が粘性の低い流体に押しのけられるとき、二流体の界面が指のようなパターンを形成する現象は、粘性フィンガリング(VF)と呼ばれ、古典的な界面流体力学問題の一つとして1950年代から研究されています。その特性は、二流体が混和(最終的に一つの相になる系)であるか、非混和(二つの相の状態であり続ける系)であるかで大別されるのが通説です。非混和系では二流体間の界面張力が、混和系では二流体間の拡散が、界面の流体力学的不安定性を減少させ、指幅を大きくするように作用し、また両方の系で、流動の速度が大きくなると界面の流体力学的不安定性が増加し、指幅が小さくなることが常識として知られています。
 ところで近年、混和である二液体界面領域において、その混和過程が遅い場合には、界面張力のような力が作用することが提唱されており、これは有効界面張力と呼ばれています(有効界面張力は二液体界面にしか働かない)。VFに及ぼす有効界面張力の影響については、これまで主として数値シミュレーションにより研究され*1、有効界面張力は非混和系の界面張力と同様に指幅を大きくするよう作用することが報告されていました。最近、本チームの鈴木特任助教らは、二液体の粘度差は同じだが、有効界面張力だけが異なる混和溶液系の構築に成功し、有効界面張力は指幅を大きくすることを実験的に示しました*2。またこの実験研究では、有効界面張力を伴うVFでは流動の速度が大きくなると指幅が大きくなる、というこれまでのVFの常識を覆す結果が報告されていました。この実験研究では、これは有効界面張力の作用によることを提示していましたが、実験で使用した溶液の非ニュートン性(※4)による可能性もありました。このメカニズムの完全解明には、溶液の非ニュートン性を考慮しない有効界面張力を伴うVFの数理モデルによる数値シミュレーションにより、流動の速度が大きくなると指幅が大きくなる、という実験結果を再現できるかが課題となっていました。
*1例えば本チームのMishra教授らの研究:S. Pramanik and M. Mishra, “Nonlinear simulations of miscible viscous fingering with gradient stresses in porous media”, Chem. Eng. Sci., 122, 523 (2015)
*2 R. X. Suzuki, F. W. Quah, T. Ban, M. Mishra, and Y. Nagatsu, “Experimental study of miscible viscous fingering with different effective interfacial tension”, AIP Avd., 10, 115219 (2020)

研究成果
 本研究チームは本チームのMishra教授らが2015年に発表した、溶液の非ニュートン性を考慮しない有効界面張力を伴うVFの流速の影響を調べることができる数理モデル*3を用い、有効界面張力の大きさと流動の速度を表す無次元数であるペクレ数(Pe、※5)を変化させて数値シミュレーションを実行しました。その結果、有効界面張力が小さい場合はこれまでの報告にあるように、ペクレ数の増加に対して指幅は小さくなりました。一方、有効界面張力が大きい場合、ペクレ数が小さい範囲では、ペクレ数の増加に対して指幅は小さくなりましたが、ペクレ数が大きい範囲では、ペクレ数の増加に対して指幅が大きくなっていくことを数値的に示しました(図1、2)。また、一次元対流拡散方程式を解き、得られた濃度分布(図3(a))とそれから算出される有効界面張力の大きさの結果(図3(b))から、ペクレ数が大きくなると二液体の界面近傍の濃度勾配が急峻となり、濃度勾配の2乗に比例する有効界面張力の大きさが大きくなることで、非混和系で界面張力が指幅を大きくさせるかのごとく、指幅が大きくなる、というメカニズムを明らかにしました。
*3 S. Pramanik, and M. Mishra, “Effect of Péclet number on miscible rectilinear displacement in a Hele-Shaw cell”, Phys. Rev. E, 91, 033006 (2015)

研究体制
 実験流体力学を得意とする東京農工大学大学院長津雄一郎教授、鈴木龍汰特任助教、長津研究室所属の出来優花さん、理論流体力学を得意とするインド工科大学ローパー校・Manoranjan Mishra教授(東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院特任教授兼任)の共同研究が、この有効界面張力を伴うVFに及ぼすペクレ数の影響とそのメカニズムの解明を可能としました。本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)・さきがけ「複雑な流動・輸送現象の解明・予測・制御に向けた新しい流体科学」領域における研究課題「化学熱力学を融合した界面流体力学の創成(JPMJPR22O5)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(22K20402, 22K03900)、東京農工大学グローバルイノベーション研究院の田川義之チーム「動的界面力学国際研究拠点」の援助を受けて行われたものです。また本論文のオープンアクセス化について、東京農工大学・学長裁量経費による支援を受けました。

今後の展開
 本研究により、有効界面張力を伴う混和系では、流動の速度の増加によってVFの指幅が増加することが理論的に実証され、その起源も明らかとなりました。本成果は、VFの指幅が有効界面張力と流動の速度により制御できることを示していることから、今後、本研究で顕在化した有効界面張力を伴うVFの制御手法に関する、さらなる実験的、数値的、理論的研究の先駆けになると考えられます。また、混和系VFが、CO₂貯留や原油増進回収におけるミシブル攻法など、多くの地球物理学的プロセスにおいて発生していることがわかっており、本研究は有効界面張力を利用した、当該プロセスの新たな制御法の創出へ寄与することが期待されます。

語句解説
※1 有効界面張力:水と油のように混ざり合わない二液体の間には界面張力が存在し、水とはちみつのように混ざり合う二液体の間には界面張力は存在しない、というのが常識とされている。ところが、混ざり合う二液体間にも、完全に混ざり合うまでの境界領域が形成されている間は、界面張力のような力がはたらく、と考えられており、これを有効界面張力という。したがって、有効界面張力は時間の経過とともにゼロへ減少してゆく。
※2 二流体界面の流体力学的安定・不安定:流体の界面で生じた微小な乱れが増幅し、それにより界面が変形する現象を流体力学的不安定という。一方、生じた微小な乱れが減衰してゆく場合、流体力学的安定という。
※3 ミシブル攻法:石油回収の方法の一つで、油層内の原油と完全に溶けあう(ミシブル状態を形成する)流体を圧入して、油を押し出す方法のことをミシブル攻法という。
※4 非ニュートン性:流れのせん断応力(物体の面に平行に、すべらせるように作用する力)がせん断速度(ずれる速度)に比例するような性質を持つ流体をニュートン流体といい、その比例定数が粘度である。すなわち、ニュートン流体は粘度がせん断速度に依存しない流体である。ニュートン流体以外の流体を非ニュートン流体という。非ニュートン流体は、せん断速度の増加に応じて粘性が小さくなる“シェアシニング性”、せん断速度に増加に応じて粘性が大きくなる“シェアシックニング性”、持ち上げたときに長く糸状に伸びる“洩糸性”などの性質を持ち、それらのことを非ニュートン性という。
※5 ペクレ数:移流(注入による流れ)と拡散の比を表す無次元数をペクレ数(Péclet数, Pe)という。

図1 有効界面張力存在下のVFシミュレーション結果 Peが(a)500、(b)1000、(c) 2500、(d)3800のときの結果で、上から下に向かって時間が経過している。(b)から(c)にかけて指幅が小さくなっているように観察され、(c)から(d)にかけて指幅が大きくなっているように観察された。

図2 指幅wとPeの関係 有効界面張力の大きさを表すδの値を変えた結果を示している。δの絶対値が小さい、δ=0や−10⁻⁶、−10⁻⁵ のときはPeが増加しても、指幅は単調に減少していく。一方、δ=−2×10⁻⁵ のとき、Peの増加とともにPeが小さいときは指幅が減少しているが、Peが大きいときは指幅が増加している。

図3 界面付近の(a)濃度分布と(b)有効界面張力の大きさ (a)縦軸cは濃度を、横軸は2流体が接触した面からの距離を表している。図から界面の濃度分布はPeが大きいほど急峻になっていることがわかる。 (b)縦軸は有効界面張力の大きさを表している。有効界面張力の大きさは濃度勾配の2乗に比例しており、Peが大きいほど有効界面張力の大きさは大きくなっていることがわかる。

◆研究に関する問い合わせ◆

東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院
特任助教  鈴木 龍汰
TEL/FAX:042-388-7656/042-388-7693
E-mail:rxsuzuki(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門
教授  長津 雄一郎
TEL/FAX:042-388-7656/042-388-7693
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