金属錯体とグラフェンを用いたセンサにより極微量二酸化窒素の定量検出に成功

金属錯体とグラフェンを用いたセンサにより極微量二酸化窒素の定量検出に成功

 国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院先端物理工学部門の生田昂助教、前橋兼三教授と東京大学大学院総合文化研究科の玉木孝特任助教(現京都大学博士研究員)、正井宏助教、寺尾潤教授は、半導体微細化技術で作製した小型グラフェン電界効果トランジスタ上に金属錯体分子を修飾したガスセンサを開発し、従来のガスセンサでは困難であった室温での極微量の二酸化窒素に対し高い定量性と選択制を有したセンサの開発に成功しました。この成果により、スマートフォンの中に組み込めるような小型センサデバイスによる簡易な二酸化窒素等の有害物質検出実現が可能となり、誰もが簡単に二酸化窒素を検出でき、簡便に大気環境をモニタリングすることが可能になると期待されます。

本研究成果は、Nanoscale Advances誌の掲載に先立ち7月29日にWEB上で掲載されました。
論文名:Electrical Detection of ppb Region NO2 using Mg-porphyrin-modified Graphene Field-effect Transistors
URL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2021/na/d1na00519g


現状
 窒素酸化物の一種である二酸化窒素は、工場や車からの排気ガスに含まれる有害物質として知られており、微量であっても呼吸器疾患等の健康被害や酸性雨・光化学スモッグ等の環境問題を引き起こす物質として知られています。そのため、二酸化窒素に対しては、わが国でも40 ppb(parts-per billion:体積比率で10億分の1)という厳格かつ非常に微量な環境基準が定められていますが、ppbレベルでの二酸化窒素の検出には専門機関による濃縮等の前処理や高価な大型装置を利用しなければならず、健康被害が起きうるようなその時・その場での濃度判定が困難でした。その様な事情から、容易な環境計測を実現するために、ppbレベルの二酸化窒素を高感度に検出可能な小型センサデバイスの開発が求められていました。近年、小型ガスセンサでは、半導体を使用する方式の研究が盛んに行われています。しかしながら、酸性ガスに対しての応答性や選択性が小さく、ヒーターなどの外部過熱機構が必要となり二酸化窒素の微量検出には不向きでした。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院工学研究院先端物理工学部門の生田昂助教、前橋兼三教授と同大学大学院工学府物理システム工学専攻博士前期課程学生の中西竜大(当時)、遠藤喜太郎(当時)、および東京大学大学院総合文化研究科の玉木孝特任助教(現京都大学博士研究員)、正井宏助教、寺尾潤教授によって実施されました。本研究は (独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20185R02)、JSPS 科研費基盤研究 B(JP19H02582、JP20H02159)および挑戦的研究(萌芽)( JP19K21963)、八洲環境技術振興財団、JST未来社会創造事業(JPMJMI19D2)、上原記念財団の助成を受けて実施されました。

研究成果
 本研究では、小型で高感度な二酸化窒素センサを実現するために、グラフェンと金属錯体に注目しました。グラフェンは炭素原子のみからなる二次元材料で次世代の電子デバイス材料、特に表面状態変化に鋭敏に応答する特徴からセンサへの応用が期待されています。一方、今回使用した金属錯体は金属ポルフィリンと呼ばれる分子で、赤血球中に含まれるヘムや、植物の光合成に利用されるクロロフィルなどを構成する分子の一種であるため、無機の酸性ガスである二酸化窒素に対し高い応答性があると期待されていました。そこで本研究では、グラフェンと金属錯体を利用した高感度センサの実現を目指しました。
 まず、グラフェン電界効果トランジスタを半導体作製プロセスにより微細アレイ(図1)を作製した後に、金属錯体をグラフェン上に固定化し、室温において窒素雰囲気下で極微量の二酸化窒素に暴露するという測定を行いました。その結果、ppbレベルでの極微量にもかかわらず伝達特性が大きくシフトしていることが分かり(図2)、二酸化窒素の極微量検出に成功していることが分かりました。この検出できる濃度領域は二酸化窒素の環境基準値である40 ppb前後で定量よく検出できており、環境計測で要求されている極微量の二酸化窒素をしっかりと検出できるものとなっています。さらに、他のガス種との応答性を検討したところ二酸化窒素に対して高い応答性を示しており、二酸化窒素に対する選択制を有していることも分かりました。また、大気環境下においても同様の二酸化窒素の検出実験を行ったところ、窒素雰囲気下で行った二酸化窒素の応答性と同様に、環境基準値近傍の極微量領域において高い応答性が得られました。
 これらのことから本研究で作製した二酸化窒素センサは、窒素雰囲気下という実験室レベルでの動作だけでなく実環境と同様の測定環境においても極微量の二酸化窒素検出が可能であるということが分かりました。
 
今後の展開
 本研究で得られた結果は、従来、困難であった有害物質の微量検出を小型電子デバイスで実現するための先駆的研究となります。今後は金属錯体を最適化することにより他の有害物質センサの実現を目指します。更にそれらをアレイ化することによって多種多様な有害物質を同時に検出するセンサデバイスの実現し、安全安心な環境かどうかを常時モニタリングできるデバイスを開発が可能となっていくと考えられます。

図1作製したグラフェンFETアレイの光学顕微鏡像. 1×1 cm²に400個のグラフェンFETが集積化され、グラフェンセンサの一つのチャネルの大きさは5 mm×15 mm程度となります。
図2 極微量二酸化窒素(0~800 ppb)に対するセンサの応答性. (左図)出力電流値が二酸化窒素の濃度に応じて右方向にシフトしていることから、二酸化窒素の検出に成功していることが分かります。(右図)左図で得られた右方向への電圧シフトはラングミュア吸着等温式でフィッティングされており、1~1000 ppbでの濃度領域において高い定量性を有していることが分かりました。

◆研究に関する問い合わせ◆

東京農工大学大学院工学研究院
先端物理工学部門 助教
生田 昂(いくた たかし)
TEL/FAX:042-388-7221
E-mail:ikuta(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

先端物理工学部門 教授
前橋 兼三(まえはし けんぞう)
TEL/FAX:042-388-7231
E-mail:maehashi(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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