2つの異なるホウ素置換基を導入した非共役ジエンの選択的合成に成功:細胞死制御分子も形式合成

2つの異なるホウ素置換基を導入した非共役ジエンの選択的合成に成功:細胞死制御分子も形式合成

 国立大学法人東京農工大学大学院工学府応用化学専攻 岡崎汐音(博士前期課程1年)、島田恵太(修了生)同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教ならびに同大学院工学研究院応用化学部門 平野雅文教授の研究チームは、生理活性物質に多くみられる非共役ジエン構造とよばれる共通構造に目印として2つの異なるホウ素置換基を持つ化合物を効率的に合成する触媒反応を開発しました。これにより反応性の異なる2つのホウ素を目印として、非共役ジエンの両端に異なる置換基を位置選択的に導入することが可能となりました。この成果により分子標的薬などの医薬品の効率的な合成が期待されます。実際にこの共通構造を持つことが知られている細胞死制御分子であるボンクレキン酸の形式合成にも成功しました。

本研究成果は、アメリカ化学会専門誌Organometallics誌(2月9日付電子版)に掲載されました。
論文名:Ru(0)-Catalyzed Regioselective Synthesis of Borylated-1,4- and -1,5-Diene Building Blocks
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.organomet.1c00615

現状
 医薬品や生理活性物質に多く見られる共通構造の1つに、炭素骨格の離れた位置に2つの二重結合がある非共役ジエン構造があります。しかし、従来の合成方法では非共役ジエンの二重結合の位置や立体を制御することが難しく、異性化(原子の組成は同じだが異なる構造の分子となる)なども簡単に進行するため、現在も多くの研究者がその合成に挑戦しています。このような構造を持つ化合物の合成には、細菌による生合成なども活用されていますが、安価に大量に合成する方法が模索されていました。

研究体制
 本研究は、東京農工大学工学府応用化学専攻 岡崎汐音(博士前期課程1年)、島田恵太(修了生)、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教、および同大学院工学研究院応用化学部門 平野雅文教授により行われました。この研究は、JSPS科学研究費補助金 基盤研究(B) (17H03051)や北興化学工業株式会社との共同研究などにより行われ、この技術は科学技術振興機構(JST)の支援により国際特許出願と各国移行支援を受けました。また、本研究では東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門 ウレット レンゴロ教授から「テンペ」に関する情報提供を受けました。

研究成果
 本研究では、炭素骨格の離れた位置に2つの二重結合がある非共役ジエン構造の選択的な合成に挑戦しました。しかし、非対称な非共役ジエンの場合には、それぞれの末端を識別して選択的に異なる置換基を導入できなければ、この構造を持つ複雑な分子を合成することができません。そこで本研究では、ルテニウム錯体を触媒としてホウ素を置換基とするブタジエンの誘導体と、異なるホウ素置換基を持つアルケンを選択的にカップリングさせることで、両端に異なるホウ素置換基を有する非共役ジエンを選択的に合成することに成功しました。
 これらホウ素置換基にはマスクと呼ばれる異なる置換基が導入されており、一方のホウ素置換基は、例えばパラジウム錯体を触媒とした鈴木・宮浦クロスカップリングとよばれる方法により、ホウ素を目印として位置および立体選択的に有機基を結合することができます。しかし、もう一方のホウ素には反応性を低下させるマスクが結合されており、この段階では反応しません。次に、残されたホウ素置換基からマスクを除去して2回目の鈴木・宮浦クロスカップリングを行い、異なる置換基を導入することに成功しました。この方法は反復的クロスカップリングと呼ばれる手法の1つですが、本研究により、異なる二種類のホウ素置換基を両端に有する非共役ジエンを簡単に合成できる方法が開発されたことから、非共役ジエンに対する位置選択的な有機基の導入法として期待されます。特に非共役ジエンの構造は医薬品や生理活性物質によく見られる構造であるため、これらの安価で効率的な合成に繋がります。
 実際に、今回の研究で合成された2つの異なるホウ素置換基を有する1,5-ジエンを用いてボンクレキン酸とよばれる生理活性物質の合成を行いました。ボンクレキン酸は、大豆やココナッツなどから作られるインドネシアの発酵食品「テンペ」の製造過程におけるバクテリアの混入により生成することが知られており、その全合成はアメリカのE. J. Coreyらによって行われ 1 、その後新藤 充らにより効率的合成法が報告されています 2 。ボンクレキン酸は発酵食品の原因毒素から発見されましたが、細胞死の制御に関わるANT阻害とよばれる生理活性を示すため、この物質を起点としたがん細胞特異的な分子標的薬の開発が進められています。ボンクレキン酸は細胞死に関わる生理活性機能を持つ分子であるため、本研究では全合成における前駆体の中間体までの合成を行う形式合成を実施しました。

今後の展開
 非共役ジエン構造は、医薬品や農薬をはじめ天然物に多くみられる共通構造であり、本技術により、これらの共通構造を持つ生理活性物質の合成の短工程化と高効率化により安価な供給に貢献すると考えられます。

図1. 2つの異なるホウ素置換基をもつ非共役ジエンの合成を利用したボンクレキン酸の形式合成。写真の背景は大豆からつくられたインドネシアの発酵食品「テンペ」。自然界ではボンクレキン酸は原料にココナッツを含む「テンペ」への細菌の混入により生成。
図2.  非共役ジエンへの位置選択的な有機基導入法。R1およびR2は置換基、Xはハロゲン元素を表している。1段階目では選択的に異なる分子間で位置および立体選択的に反応し、同じ分子どうしが反応することのない反応です。2つのホウ素にはマスクとよばれる異なる置換基が導入されており、それぞれの反応性が異なっています。2段階目の反応では、より反応しやすいホウ素とのみ反応が選択的に進行します。3段階目の反応では2つ目のホウ素のマスクを除去して有機基を導入します。

参考文献
(1)E. J. Corey, A. Tramontano, J. Am. Chem. Soc., 106, 462 (1984).
(2)M. Kanematsu, M. Shindo, M. Yoshida, K. Shishido, Synthesis, 2893 (2009).

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
応用化学部門 教授
 平野 雅文(ひらの まさふみ)
 TEL/FAX:042-388-7044
 E-mail:hrc(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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