固体粒子で覆った油滴は硬い?軟らかい?水中のイオン濃度が油滴の安定性に与える影響を解明

固体粒子で覆った油滴は硬い?軟らかい?
水中のイオン濃度が油滴の安定性に与える影響を解明

 国立大学法人東京農工大学大学院生物システム応用科学府の安倍紘平(博士後期課程3年)と工学研究院応用化学部門の稲澤晋准教授は、混ざり合わない水と油の液体同士の境目(界面)を固体粒子で被覆すると、水に溶けているイオン濃度の大小に応じて界面の硬さが大きく変わることを突き止めました。この成果により、水中の油滴を安定に保つ技術開発や、その逆に油滴同士の合一(*)を促し好ましくない油を水中から効率的に分離・回収する技術開発につながることが期待されます。

本研究成果は、Colloids and Surfaces A: Physicochemical Engineering Aspectsに10月28日に掲載されました。
論文名:Deformation and coalescence of particle-stabilized oil droplets in drying aqueous NaCl solutions
著者名:Kohei Abe, Susumu Inasawa
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S092777572101685X

現状
 大量の油の細かい滴が水相に存在する状態では、水と油滴との界面に適切な物質が吸着しない限り、時間が経つと油滴同士の合一がおこり、元の大きな油の塊に戻ります。例えば、ドレッシングを振った後の変化がこれに相当します。油滴を安定に存在させるには、水と油の両方に馴染みがよい「分子」を加えますが、特定の条件を満たした「固体粒子」も油滴を安定に存在させる作用があります。一方で、この固体粒子が水中で一個一個ばらけた状態であるか、複数個集まった凝集状態であるかは、水中のイオン濃度に大きく影響を受けることが知られています。このことから、固体粒子で被覆された液滴の安定性にもイオン濃度が影響を与えると予想されますが、実際にどの程度影響をするのかについては検討が十分になされていませんでした。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院生物システム応用科学府の安倍紘平氏(博士後期課程3年)と大学院工学研究院の稲澤晋准教授によって実施されました。なお、本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP21J10968およびJP21K18843)の助成を受けて実施されました。

研究成果
 水にも油にも適度になじむシリカ(SiO₂)粒子(直径15 nm程度)と食塩(NaCl)を水中に加え撹拌した後、不揮発性のシリコーン油をさらに加えて撹拌して、シリカ粒子で被覆された多数の油滴を水中に作製しました。この溶液を0.1 mmのスペーサーで隔てた二枚のガラス板の間に流し込み、水を自然に蒸発させます。水が蒸発するに伴って、水中に存在する油滴が圧縮され、油滴の変形と合一が起こります(図1)。イオン濃度を変えて同様の実験を行い、その様子を光学顕微鏡で観察しました。その結果、以下のことがわかりました(図1, 図2)。
・イオン濃度低:油滴は多角形に変形するが、合一は起こりにくい。水と油の界面は「軟らかい」。
・イオン濃度高:油滴はあまり変形しないが、合一が頻繁に起こる。水と油の界面は「硬い」。
・粒子被覆した油滴の作製後に、水溶液中のイオン濃度を変化させても上記と同様の現象が起こる。
イオン濃度が高いと水溶液中に分散する固体粒子は凝集しますが、水と油の界面でも吸着した粒子が凝集を起こし、それが固体のように「硬い」界面の振る舞いをもたらしていると考えられます。油滴の作製条件にかかわらず、水溶液中のイオン濃度を制御すれば水と油の界面性質をコントロールできることを示す結果です。

今後の展開
 本研究で検討した、混ざり合わない二種類の液体のうち一方の液滴が他方の液中に分散する溶液はエマルションと呼ばれます。エマルションは、化粧品や食品で広く用いられており、こうした商品には水中に様々なイオンが溶解している場合がほとんどです。また、水を用いた石油の増進回収では、砂や土などの粒子で安定化された油滴が生成する場合があります。石油回収の面からは、こうした細かい油滴の生成は好ましくなく、効率的に合一をうながし油の分離・回収をしやすくする手法が必要です。本研究は、イオン濃度を用いれば水と油の界面の硬さだけではなく、油滴の合一のしやすさも制御できることを示しており、油滴の安定性増加、あるいは不安定性の増加を意図的に行う手法の開発につながると期待されます。

用語解説
*)合一
二つ以上の液滴が一つの大きな液滴にまとまること。

図1 水の蒸発に伴う油滴の圧縮。水中のイオン濃度が低い(上段)と油滴は多角形に圧縮され、合一は起こりにくい。イオン濃度が高い(下段)と油滴は多角形に変形しないが、合一が起こりやすい。また、液滴は球状ではなく楕円状のいびつな形になる。
スケールバー(右端の写真):200 μm。
四隅の写真右上の挿入図は、油滴の拡大像。スケールバー: 50 μm。
図2 水中のNaClイオン濃度と油滴合一の起こりやすさ。あるイオン濃度を境に急激に油滴同士の合一が起こりやすくなる。

◆研究に関する問い合わせ◆
 東京農工大学大学院工学研究院
 応用化学部門 准教授
  稲澤 晋(いなさわ すすむ)
  E-mail:inasawa(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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