森の中のシカ死体、だれが最初に見つけて食べている?~動物によるシカ死体の発見と消失のパターンを解明~

森の中のシカ死体、だれが最初に見つけて食べている?
~動物によるシカ死体の発見と消失のパターンを解明~

ポイント

  • 森の中のシカ死体は鳥類よりも哺乳類によって先に発見されることが多い。
  • シカ死体は約1週間で消失し、海外と比較しても消失にかかる時間は大きく違わなかった。
  • 気温が高くなるほどシカ死体が発見されるのは早くなるとともに、無脊椎動物も活発になることで、シカ死体はより早く消失した。

本研究成果は、英国の自然科学誌「Scientific Reports」オンライン版(9月30日付)に掲載されました。
論文名:Carcass detection and consumption by facultative scavengers in forest ecosystem highlights the value of their ecosystem services
著者名:Akino Inagaki, Maximilian L. Allen, Tetsuya Maruyama, Koji Yamazaki, Kahoko Tochigi, Tomoko Naganuma, Shinsuke Koike
URL:https://doi.org/10.1038/s41598-022-20465-4

概要
 国立大学法人東京農工大学大学院連合農学研究科の稲垣亜希乃大学院生(博士課程2年)、同大学院グローバルイノベーション研究院の小池伸介教授、米国イリノイ大学(兼任 東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院・特任准教授)のMaximilian L. Allen准教授らの国際共同研究チームは、森林内におけるニホンジカ(以下、シカ)死体を漁る死肉食動物(以下、スカベンジャー:注1)による、シカ死体の設置から死体を発見するまでの時間(以下、発見時間)および死体の消失時間(以下、消失時間)を定量化し、それらに影響を及ぼす要因を検証しました。
 その結果、森林内に置かれたシカ死体は、哺乳類が最初に発見することが多く、特にタヌキが最も早くシカ死体を見つけていました。また、死体の発見能力に優れたハゲワシが生息する地域では、ハゲワシの存在が他のスカベンジャー種に死体の在り処を知らせることで、死体の消失が早まることが知られていますが、ハゲワシが生息しない日本の森林ではシカ死体は設置から約1週間で消失し、この消失時間はハゲワシが生息する生態系などと比較しても大きな違いはありませんでした。さらに、気温が高くなるほど、哺乳類によるシカ死体の発見時間は早くなり、消失時間も短くなりました。これは、気温が高くなるほど腐敗が進行することで腐敗臭が広がり、嗅覚の鋭い哺乳類による死体の発見時間が早くなるとともに、無脊椎動物(注2)による死体分解が進行することで、消失時間が早くなったと考えられます。これらの結果から、日本の森林生態系におけるシカ死体の分解においては、嗅覚に優れた哺乳類が死体の発見と消費の主要な役割を発揮することで、有害な病原菌の発生源となる死体を生態系から迅速に取り除く役割に寄与していることが分かりました。

研究背景
 スカベンジャーは、動物由来感染症などの有害な病原菌の発生源となる動物死体を生態系から迅速に除去することによって、生態系において重要な役割を果たしています。スカベンジャーのなかでも死肉の採食に特化したハゲワシは、その優れた死体発見能力と死肉消費能力から、最も早く死体を発見・消費する主要なスカベンジャーであるだけでなく、死体の上空を舞い、死体に集まることで、他のスカベンジャー種が動物死体を発見することを促進することが知られています。一方で、ハゲワシが生息せず、機会があれば動物死体を食べ物として利用するスカベンジャーのみが生息する日本のような地域では、動物死体がどのような動物種に発見・消費され、どの程度の時間で消失するのかといったことはあまりわかっていません。
 そこで本研究では、日本の森林生態系において、シカ死体が設置からどのくらいの時間で、どの脊椎動物によって発見され、どの程度の時間で消失するのかを調べるとともに、どのような要因が脊椎動物によるシカ死体の発見時間や消失時間に影響を及ぼしているのかを検証しました。

研究成果
 6月~11月にかけてシカ死体44個体を森林内に設置し、自動撮影カメラ(注3)を用いてその消失過程を観察しました(図1)。その結果、設置したシカ死体の88.6%が最初に哺乳類によって発見され、鳥類よりも哺乳類がシカ死体を早く発見することがわかりました。さらに、哺乳類の中でも、シカ死体の40.9%をタヌキが最初に発見していました(平均発見時間=3.3日)。また、哺乳類によるシカ死体の発見時間には、気温が大きく影響しており、気温が高いほど発見時間は短くなりました。このことは、気温が高いほど、腐敗が早く進み、腐敗臭が広がることで、嗅覚の鋭い哺乳類による死体の発見が早められたことを示唆しています。
 さらに、シカ死体は平均7日で消失することも明らかになりました。この消失時間を世界各国の先行研究事例と比較すると26事例中18番目、さらには森林地域の事例に限っても15事例中8番目の消失速度でした。ハゲワシのような死肉の採食に特化したスカベンジャーが存在しないにも関わらず、日本の森林では死体除去の能力が十分に高いことからも、健全な生態系サービス(注4)が提供されていることが示唆されました。また、消失時間も気温が高くなるほど短くなることも判明しました(図2)。この結果は、気温が高いほど変温動物である無脊椎動物(主にウジ虫)の活動も活発になることで、より早く死体が消失することを示唆しています。

今後の展望
 本研究によって、哺乳類を中心に効率的にシカ死体は発見、消費されることで、健全な生態系サービス(生態系からの死体除去)が提供されていることが示唆されました。さらに、生態系における死体の除去能力は、生態系の健全性を測る指標として有効であること可能性も示唆されました。一方で、今回の研究で無脊椎動物による死肉採食も死体の除去に寄与していることが示唆されたものの、実際に無脊椎動物がどの程度シカ死体を消費していたか、までは定量化できなかったことから、今後、脊椎動物と無脊椎動物の死肉消費をめぐる関係性を明らかにしていく必要があることもわかりました。
 動物死体をどのようなスカベンジャーが利用し、どのような生態的役割を果たしているのかといった研究はまだ一部の地域の事例に限られており、動物死体から生じる生物同士の複雑な関係においては、未解決の課題が多く残されています。さまざまな生態系(環境)や動物種でこのような基礎研究を進めることで、健全な生態系の維持に寄与するスカベンジャーの役割の解明につながることが期待されます。
 本研究はJSPS科研費16H04932、No. 16H02555、No. 17H05971、No. 21K19858、No. 21J20185、乾太助記念動物科学研究助成基金、東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院からの助成を受けたものです。

用語説明
注1)動物の死肉を食物資源として採食する動物のこと。腐肉食動物ともいう。
注2)ここでは、死肉を食べる無脊椎動物(主にハエ幼虫やシデムシなど)を指す。
注3)カメラの前に現れた動物の熱を感知して、自動で撮影を行うことが出来るカメラ。
注4)生態系の働きのなかでも、特に人間がその恩恵を受けているもの。

図1.シカ死体を発見し、採食する脊椎動物の様子。上段左から、ツキノワグマ、イノシシ、タヌキ。中段左からキツネ、テン、ハクビシン。下段左からクマタカ、トビ、カラス。
図2.シカ死体の消失時間(日;縦軸)と気温(℃;左図)およびシカ体重(kg;右図)の関係性を予測した図(一般化線形モデルを用いた推定結果を使用)。点は実測値、実線は推定値、影は95%信頼区間を表す。シカ死体消失時間は、気温が高くなるほど有意に短くなった一方で、シカ体重によって消失までの時間に違いは見られなかった。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学
大学院グローバルイノベーション研究院 教授
小池 伸介(こいけ しんすけ)
E-mail:koikes(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

◆報道に関する問い合わせ◆
東京農工大学
総務・経営企画部 企画課 広報係
E-mail:koho2(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
TEL:042-367-5930

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•東京農工大学 小池伸介教授 研究者プロフィール
•東京農工大学 小池伸介教授 研究室ウェブサイト
•小池伸介教授が所属する 東京農工大学農学部地域生態システム学科

 

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