光の極薄シートでナノ加工~微細加工技術開発の新展開に光~

光の極薄シートでナノ加工
~微細加工技術開発の新展開に光~

ポイント

  • 厚さ2 μmのシート状の近赤外レーザー光をダイヤモンド状炭素薄膜表面に照射すると,周期が60 nmの微細構造体を直接形成できる。
  • この加工現象の原因が、この光の極薄シートによって固体表面に発生した極薄の電子層の集団振動であることをつきとめた。
  • 厚さが数μmのレーザー光を使うことにより、今後、少ない工程数・作業時間で数nm~数10 nmのナノ構造体を製作できる新しい微細加工技術へと発展することが期待される。

 国立大学法人東京農工大学 大学院工学研究院の宮地 悟代 准教授は、同大学大学院生の飯田 悠斗 氏と二階堂 誓哉 氏(当時)とともに、硬質セラミックスの一種であるダイヤモンド状炭素薄膜表面に、光の持続時間が7フェムト秒(厚さにして2 μm)のレーザー光[注1]を照射するだけで、周期が60 nmのナノ構造体を表面から直接削り出せる現象の原因が、極薄の電子層に発生した短距離伝搬型表面プラズモン・ポラリトン[注2]であることをつきとめました。この現象をうまく利用することにより、近赤外のレーザー光でも周期サイズを数nmから数10 nmで制御できる新しい微細加工技術へと発展することが期待されます。

掲載誌:Journal of Applied Physics
出版日:2021年11月8日付(電子版)
論文名:Sub-100-nm periodic nanostructure formation induced by short-range surface plasmon polaritons excited with few-cycle laser pulses
著者名:Yuto Iida, Seiya Nikaido, and Godai Miyaji
DOI :10.1063/5.0069301

研究背景
 レーザー光は大気中でも液体中でも通ること、取り扱いが容易であること、様々な材料を加工できることから汎用性の高い加工ツールとして産業用途に広く使用されています。多くのレーザー装置はレーザー発振のしやすさから、紫外から近赤外または赤外の波長(300 nm~1 μm程度または10 μm)のレーザー光を発生させますが、レーザー光を集光しても原理的な制約によって波長よりも小さなサイズの加工はできないことがよく知られています。そのため、半導体デバイス製造などで必要とされるナノメートルサイズの加工を行う場合には、フォトリソグラフィや電子ビームリソグラフィとエッチング加工を組み合わせた複雑な工程が行われてきました。
 一方、フェムト秒レーザー光[注1]で生成された電子の集団振動(表面プラズモン・ポラリトン[注2])を利用することにより、固体表面にナノメートルサイズの周期構造体を直接形成する技術はありましたが、数10 nmの大きさの構造体を作るには、波長を紫外域よりも短くする必要があり、微細化に限界がありました。
 2018年に宮地准教授を中心とする研究グループは、パルス幅が7フェムト秒(fs)の近赤外レーザー光(=7×(10の-15乗)秒、光が存在する長さは2 μm)を、硬質セラミックスの一種でありハードディスク、切削工具の保護膜、ペットボトルのガスバリアなどに広く用いられているダイヤモンド状炭素薄膜表面に照射すると、周期が60 nmの微細構造体が直接形成されることを発見しましたが、その物理メカニズムは不明でした(Seiya Nikaido, Takumi Natori, Ryo Saito, and Godai Miyaji: “Nanostructure Formation on Diamond-Like Carbon Films Induced with Few-Cycle Laser Pulses at Low Fluence from a Ti:Sapphire Laser Oscillator”, nanomaterials 8, 535 (2018))。

研究体制
 本研究は、国立大学法人東京農工大学 大学院工学研究院の宮地 悟代 准教授、同大学大学院生の飯田 悠斗 氏と二階堂 誓哉氏(当時)が共同で実施しました。

研究成果
 本研究グループは、レーザー装置から出力される波長650~1000nm、持続時間7fsのレーザー光をダイヤモンド状炭素薄膜表面に集光照射しました(図1参照)。その結果、集光スポット中心付近全体に周期が60 nmのナノ構造体が直接形成されることを観測しました(図2左参照)。持続時間が100 fsのレーザー光を照射したとき(図2右参照)と比べると、約1/3のサイズの微細構造体が形成されます。顕微ラマン分光装置と走査型透過電子顕微鏡により、この加工部分表面の結合構造変化を観測したところ、7 fsのレーザー光を照射した後の結合構造変化は厚さが10 nm以下であったことから、レーザー光によって励起された高密度の電子の層の厚みは数nmであることがわかりました。さらに、理論計算により、この非常に薄い電子層には、短距離伝搬型の表面プラズモン・ポラリトンが励起され、それに付随して生じる高強度の光近接場によって固体表面が直接削り取られることを明らかにしました。

図1 レーザーナノ加工システムとレーザー光強度の概要。
図2 ダイヤモンド状炭素薄膜表面に形成されたナノ構造体の電子顕微鏡画像。左は今回物理メカニズムを特定できた構造体、右は従来法により作製したもの。

今後の展開
 今回発見した現象を利用すると、固体表面にフェムト秒レーザー光を照射するだけで数nmから数10 nmの溝や穴を掘ることができるため、複雑なプロセスや薬剤が不要な微細加工技術の実現が期待されます。また、レーザー光を照射する位置を変えるだけで加工部分を移動できるため、加工材料の大きさに制限がなく、メートルサイズの領域へのナノ加工も容易です。このような大面積領域にナノメートルサイズの微細加工を行える技術は他にはなく、例えば、メタマテリアル表面形成、構造色表面加工、MEMS用表面加工、広帯域の無反射表面形成、照明光源の指向性表面形成、X線用光学素子作製、構造化光発生用素子作製などへの応用も期待されます。

用語解説
注1: フェムト秒レーザー光
1フェムト秒以上1ピコ秒未満の間にのみ存在するレーザー光のこと。1フェムト秒とは10の(-15)乗(千兆分の一)秒で、1ピコ秒とは10の(-12)乗(一兆分の一)秒。レーザー技術の進歩によって、近年容易に利用できるようなった。
注2: 表面プラズモン・ポラリトン
電子の粗密振動波。2つの物質の境界面に存在し、電磁波と結びついている。波長は2つの物質の誘電率に依存するため、レーザー光の波長よりも短くすることができる。

謝辞
本研究の一部はJSPS科研費 基盤研究B(18H01894)、京都大学エネルギー理工学研究所ゼロエミッションエネルギー研究拠点 共同利用・共同研究、天田財団研究助成、池谷科学技術振興財団研究助成の支援を受けて実施されました。

 

◆研究に関する問い合わせ◆
国立大学法人 東京農工大学大学院工学研究院 先端物理工学部門 准教授
 宮地 悟代(みやじ ごだい)
  TEL:042-388-7153
  E-mail:gmiyaji(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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