実りの豊かな木ほど遠くまでタネを散布する~哺乳類の種子散布者としての役割を定量的に評価~

実りの豊かな木ほど遠くまでタネを散布する
~哺乳類の種子散布者としての役割を定量的に評価~

ポイント

  • 動物によって種子(タネ)を散布される植物にとって、どこに、どれだけの種子が散布されるのかは、動物の種類やそれらの行動に大きく左右される。
  • 種子散布を担う5種の哺乳類(ツキノワグマ、ニホンザル、ホンドテン、タヌキ、二ホンアナグマ)のうち、長距離の種子散布を担うのはツキノワグマとホンドテンであった。
  • 各動物種が果実の実った木に訪問した際、1回の訪問当たりに採食する果実量は種間で大きく異なり、ツキノワグマは多くの果実を採食していた。
  • 果実の実りの多い木ほど、多くの果実が動物によって木から持ち去られるとともに、木から遠くに種子が散布される傾向であった。

本研究成果は、日本の森林科学誌「Journal of Forest Research(略称:J For Res)」オンライン版(9月16日付)に掲載されました。
論文名:Are seeds of trees with higher fruit production dispersed farther by frugivorous mammals?.
著者名:Shinsuke Koike, Kahoko Tochigi, Koji Yamazaki,
URL: http://dx.doi.org/10.1080/13416979.2022.2120073


概要
 国立大学法人東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院の小池伸介教授、同大学院連合農学研究科博士課程3年の栃木香帆子、東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科の山﨑晃司教授らの共同研究チームは、植物の種子散布様式(注1)の一つである動物による被食散布(注2)において、哺乳類各種の種子散布者の役割として「種子の散布距離」と「種子の散布量」を初めて同時に評価するとともに、樹木ごとの結実量(注3)と哺乳類によって散布される種子の量と散布距離との関係を検証しました。その結果、各動物種によって種子の散布距離は異なり、主に長距離の種子散布(注4)を担うのはツキノワグマとホンドテンでした。その理由として、従来から言われてきた体の大きさの違いだけでなく、この2種は他の動物種と異なり単独で生活するという生活様式の違いが大きく影響していることが示唆されました。また、動物が果実を実らせた木を訪問した際に、訪問1回当たりに採食する果実量も種間で大きく異なり、ツキノワグマが極めて多かったです。さらに、木ごとにみると結実量が多い木ほど哺乳類によって持ち去られる果実(=散布される種子)は多いだけでなく、特にツキノワグマの木への訪問が多くなることで長距離に散布される種子も多くなる傾向がある、という新しい知見が得られました。

研究背景
 動けない植物にとって種子散布は、子孫を残すとともに、移動することが出来る唯一の機会です。種子散布の中でも動物の採食活動によって種子が散布される被食散布では、種子散布を担う動物種によって、種子の散布距離や種子の散布量が異なることから、種子散布者としての役割が動物種間で異なることが知られています。しかし、各動物種の種子の散布距離と種子の散布量を同時に、定量的に評価されたことはありませんでした。この問題を解決するために、本研究は種子散布を担う哺乳類5種を対象に、種子散布距離と散布種子量の両方を、野外調査と室内実験を組み合わせることで同時に推定し、動物種間で比較するとともに、樹木の個体ごとにおける結実量と長距離に散布される種子の量との関係を検証しました。

研究手法と成果
 本研究では、日本の冷温帯の森林に広く分布する野生のサクラの1種であるカスミザクラ(注5)と、その果実を採食し、種子散布者として機能することが知られる5種の哺乳類(ツキノワグマ、ニホンザル、ホンドテン、タヌキ、二ホンアナグマ)を対象としました。まず、種子の散布距離は野生個体の行動追跡調査と飼育個体を用いた種子の腸内滞留時間(注6)測定調査の両結果から推定しました。また、種子の散布量は野外のカスミザクラ9本を対象に、樹木ごとの結実量、各動物種が果実を食べに木に訪問する回数を自動撮影カメラ(注7)で記録するとともに、野外で採取した各動物種の糞に含まれる種子の量と飼育個体を用いた採食実験から、動物が果実を実らせた木を訪問した際に、訪問1回当たりに採食する果実の量を推定しました。
 その結果、各動物種によって種子の散布距離の分布は異なり(図1)、主に長距離の種子散布を担うのはツキノワグマとホンドテンでした(図2)。また、各動物種の木への訪問1回当たりに採食する果実数も種間で大きく異なり、ツキノワグマが極めて大きいことが判明しました。さらに、観察を行った木ごとにみると、結実量が多い木ほどこれらの哺乳類によって散布されると推定される種子の量は多いだけでなく、長距離に散布される種子の量も多くなる傾向がありました。

今後の展望
 今回の結果から、生態系における各動物種の種子散布者としての役割を正しく理解するには、植物の種子散布における複数の視点(今回は散布量と散布距離)を同時に評価する必要性が示唆されました。さらに、木ごとの結実量の違いで、果実を食べに訪れる動物相や数は異なったことから(図3)、果実と種子散布者の相互の関係を明らかにするためには、結実量の異なる多くの木を観察することの必要性も示唆されました。
 今回、観察を行ったのはカスミザクラ1種でしたが、これまでは不明な点が多かった植物と動物の種子散布を巡る種間関係の一端を明らかにすることが出来ました。したがって、森の様々な樹種や動物を対象にこのような研究が繰り広げられることで、日本の森の生物多様性が維持されてきた仕組みや、未知の種間関係を明らかにすることにつながるかもしれません。
 なお、本研究はJSPS科研費20880012、25241026、17H00797、21K19858および東急財団の助成を受けたものです。

用語説明
注1)植物の種子散布には、風の力で種子を散布する「風散布」、海流や川の流れで種子を散布する「水散布」、動物によって種子を散布する「動物散布」など、様々な方法で種子を散布する様式が存在する。
注2)「動物散布」の一つで、動物の採食行動によって種子を散布させる様式。これらの果実の種子の周りには高栄養な果肉が存在し、動物が果実を食べた際に、種子を糞とともに排出したり、口から吐き出されることで種子は散布される。
注3)木に実る果実の量。
注4)今回の研究では、果実が実る結実木から1㎞以上遠くに種子が散布される場合を、長距離の種子散布と定義した。
注5)北海道から九州北部の冷温帯に生育する野生のサクラの1種。初夏に直径1~1.5㎝ほどの、熟すと黒い果実が結実し、1つの果実の中に1つの種子が含まれる。
注6)動物が果実を食べてから、種子を含んだ糞が排泄されるまでの時間。
注7)カメラの前に現れた動物の体温を感知して、自動的に撮影を行うことが出来るカメラ。

図1.ツキノワグマ、ホンドテン、ニホンザル、ニホンアナグマ、タヌキによって、果実が結実している木から糞とともに種子が散布される場所までの距離ごとの推定割合の分布。
図2.果実が結実している木から糞とともに種子が散布される場所までの各距離階級(200mごと)のツキノワグマ、ホンドテン、ニホンザル、ニホンアナグマ、タヌキによって散布されると推定される種子のうち、各動物種によって散布される種子の占める割合(%)。
図3.調査対象の木(No.1~No.9)における推定結実量と、そのうちの各動物種によって持ち去られたと推定される果実量(赤色:ツキノワグマ、黄緑色:ホンドテン、水色:二ホンアナグマ、桃色:タヌキ、黄色:ニホンザル)と樹上で鳥によって持ち去られる果実あるいは林床に落下しても5種類の哺乳類によって持ち去られなかったと推定される果実量(白色)。各調査木の左の棒グラフは調査1年目、右の棒グラフは調査2年目を示し、左端のグラフは全調査対象木の平均を示す。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院 教授
小池 伸介(こいけ しんすけ)
E-mail:koikes(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

学校法人東京農業大学 経営企画部
E-mail:koho(ここに@を入れてください)nodai.ac.jp

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•東京農工大学 小池伸介教授 研究者プロフィール
•東京農工大学 小池伸介教授 研究室ウェブサイト
•小池伸介教授が所属する 東京農工大学農学部地域生態システム学科

 

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