二つの電流値を持つ人工イオンチャネルの合成に成功 —多面体分子でイオンの流れを切り替える—

二つの電流値を持つ人工イオンチャネルの合成に成功
—多面体分子でイオンの流れを切り替える—

東京農工大学の川野竜司(かわの・りゅうじ)特任准教授と京都大学 物質−細胞統合システム拠点(iCeMS = アイセムス)の古川修平(ふるかわ・しゅうへい)准教授、北川進(きたがわ・すすむ)拠点長/教授らの研究グループ、神奈川科学技術アカデミーの竹内昌治(たけうち・しょうじ)教授らの研究グループは共同で、二つの電流値を持つ人工イオンチャネルの合成に世界で初めて成功しました。二孔チャネル(TPC)と呼ばれる、細胞膜中に存在するイオンチャネル膜タンパク質の人工的な合成に近づく成果です。

細胞膜中に存在するイオンチャネルは、細胞膜を挟んで細胞の中と外を行き来するイオンの流れ(膜電流)を制御することで、生体内でのエネルギー活動の本質を担う重要な膜タンパク質です。一方で、非常に複雑なイオンチャネルの構造や機能を人工的に合成した化合物で再現し、細胞活動を制御しようとする研究は、細胞生物学と化学の間にある大きな境界領域であり、複雑な化合物を合成する化学者にとっては大きな夢でもあります。

今回の研究では、生体内にも存在する「TPC」と呼ばれる二つの孔で電流を制御するイオンチャネル(一般的なイオンチャネルはイオンが通る孔は一つ)の機能再現に成功しました。具体的には、立方八面体という正三角形8つと正方形6つの入り口があり中心に大きな孔を有する多面体構造を持つ分子を合成しました。これをマイクロデバイス中に再現した人工細胞膜の中に埋め込み、単一分子レベルでのチャネル電流計測を16個並列に可能な「ハイスループット計測」により評価したところ、正三角形の入口、正方形の入り口をイオンが通るとそれぞれ別の電流値を示すことが明らかになりました。すなわち、二つの入り口を切り替えることで、二つの異なるチャネル電流を示すTPCのような人工イオンチャネルの合成に成功しました。

TPCは様々な疾患や感染症に関与していることが最近になり明らかになっています。将来的に、本成果による人工的に合成した分子を実際の細胞膜に応用し、イオンの流れを自在に切り替えることで、感染症等のメカニズム解明へとつながることが期待されます。

本成果は米国東部時間2017年3月9日正午(日本時間10日午前2時)に、米出版社Cell Pressの新しい化学雑誌である「Chem(ケム)」で公開されました。

 

1. 背景
 細胞膜中に存在するタンパク質であるイオンチャネルは、その構造内にイオンを通過させる「孔」を有しており、細胞膜の内外におけるナトリウム、カルシウムといった様々なイオンの流れ(チャネル電流)を制御することで、生体内における重要なエネルギー活動の一旦を担っています。これらイオンチャネルは一般的に非常に複雑な構造をしており、その分子レベルの構造を決定し、構造—機能の相関を解明することは未だ困難な課題であり、多くの生物学者が盛んに研究を行っています。一方で、1980年代より、この複雑なイオンチャネル機能を「合成化合物(化学者が新しく合成した分子)」で再現しようとする試みが行われてきました。これはバイオミメティクス(生体模倣)と呼ばれ、新しい構造や機能をもつ分子を合成する化学者にとって、大きなターゲットとなっており、最近では実際に、DNAナノチューブや、カーボンナノチューブといった、「孔」を有する分子や分子集合体を積極的に用いた研究にも発展しています。また、単純にイオンチャネルのような分子を合成するのみならず、実際に細胞膜中に埋め込み細胞機能を制御する研究が行われるようになり、細胞生物学と化学の領域を超えた学際領域研究として注目されています。
 様々な膜チャネルの中でも、近年になり二孔チャネル(TPC = Two-Pore Channel)と呼ばれる、二つの孔を用いて膜電流を制御するイオンチャネルの研究に注目が集まっています。TPCは、最近になりエボラウイルスの感染経路に関与していることも明らかにされています。この機能を人工的に再現することは、生体内での二孔チャネルの機能解明のみならず、将来的にはこれらウイルス感染の予防法の開発に応用されることが期待されます。しかしながら、この複雑な構造、機能を持つ分子を人工的に合成する研究は全く報告されていませんでした。本研究では、そのような機能の人工的な再現に向けて、まず一つの分子で二つの異なる電流値を示す全く新しい人工イオンチャネルの合成を行うことを目的としました。


2. 研究内容と成果
 一つの分子で二つの異なる電流値を示す分子を合成するにあたり、我々研究チームが注目したのが、金属有機多面体(MOP = Metal-Organic Polyhedra)と呼ばれる内部に空間を有する分子です。この多面体分子は、金属イオンと有機化合物からなる金属錯体と呼ばれる分子群の一種であり、その結合を制御することで様々な多面体構造を合成することができます。我々はその中でも、立方八面体と呼ばれる、正三角形8つ、正方形6つからなる多面体に注目しました(図1)。この多面体は、立方体の各辺の中点を近接の中点同士で結び、その線にそって切り落とすことで作成することができます。出来上がった立方八面体では、正三角形同士、正方形同士で平行に向き合っています。

図1.立方八面体の多面体構造を持つMOPの分子構造。正三角形の入り口からながめた図(左)と正方形の入り口からながめた図(右)。

なぜ、この構造に注目したかというと、膜中で正三角形の孔が上を向いたとき、正方形の孔が上を向いたときには、それぞれ別の入り口として機能し、同じ空間を共有していたとしても異なる大きさの電流値を示すことが考えられるからです。

 実際に、金属イオンとしてロジウムを用いて、約1 nmのサイズをもつ立方八面体のMOPの合成を行いました(図1)。X線構造解析の結果から、正三角形の入り口は約0.45 nm、正方形の入り口は約0.66 nmであることがわかっています。さらに、膜を形成する分子(リン脂質分子という)との親和性をもたせ、脂質膜中に埋め込むために、立方八面体MOPの外側にアルキル鎖を導入しました。このアルキル鎖の長さを調整することで脂質膜中での立方八面体MOPの動きを変化させることができます。
 実際に、細胞膜と同様の構造をもつ人工細胞膜(平面脂質二分子膜)の中にMOPを導入し、MOP分子一つがどのようにイオンを透過させ電流値を示すかを調べました。この分子は毎回綺麗な電流値を示すわけではなく、また測定自体が難しいことから、正三角形の入り口を流れてきたのか、正方形の入り口を流れてきたのかを判断するには非常に沢山の測定を行い、統計的に処理する必要があります。そこで、我々の研究グループがマイクロ加工技術(MEMS技術)により開発した、平面脂質二分子膜を用いた16チャネル同時測定技術(ハイスループット電流測定システムと呼ぶ、図2参照)を用いて、大量のデータを短い時間で得ることで信頼性のあるデータを得ることに成功しましました。

図2.ハイスループット電流計測システムを用いて、人工細胞膜の中に埋め込まれたMOP分子を介したイオンの流れを測定する。

その結果、一つの分子を測定しているにも関わらず、二つの異なった電流が有る比率を持って出現することがわかりました。大きな電流値と小さな電流値を用いて、入り口の大きさを見積もったところ約0.58 nmと0.39 nmであり、X線構造解析の結果とほぼ一致していることから、それぞれの入り口を介した電流値であることがわかります。その比率(大きい電流値/小さい電流値)は0.63であり、正方形/正三角形の比率(6/8 = 0.75)と近い値を示すことから、一つの分子からこの電流値を示していることがわかりました。さらに、アルキル鎖の長さを変えて実験したところ、短い鎖のときは電流値の入れ替わりが激しいことがわかりました。これは、アルキル鎖が短いときは脂質膜中での分子回転運動が高く、正三角形と正方形の入り口が激しく入れ替わっていることを示しています(図3)。

図3.MOP分子を介した典型的なイオン電流値。正方形の入り口を通ると大きな電流値、正三角形の入り口を通ると小さな電流値を与える。

以上のように、分子合成化学と最先端電流測定技術を組み合わせることで、二つの異なる電流値を示す人工イオンチャネルの合成と詳細な機能評価に世界で初めて成功しました。

3. 今後の展開
 多面体構造を利用することで、異なる二つの電流値を与える人工イオンチャネルの合成に成功しました。現状で、この電流値の入れ替えはランダムにおこります。今後は、電流の入れ替え、電流のON/OFFを外部からのインプットにより制御する分子を合成することで、イオンの流れを自在に制御できるようになると考えられます。また、人工の脂質膜だけではなく、実際の細胞膜に埋め込むことで、生物の機能を制御できるようになると考えられます。最終的な目標としては、チャネロパチーと呼ばれる、イオンチャネルが関与する様々な疾患を調べるシステムまたは治療薬としての応用も期待されます。


4. 研究プロジェクトについて
本成果に至るまでに、日本学術振興会 科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究 代表 川野竜司、24655072;挑戦的萌芽研究 代表 古川修平、15K13771;若手研究(A)代表 川野竜司、16H06043)、文部科学省 WPIプログラムの支援を受けています。


5. 論文タイトル・著者
“Metal–organic cuboctahedra for synthetic ion channels with multiple conductance states”
(参考訳:金属−有機多面体を用いた複数の電流値を示す人工イオンチャネル)
著者:Ryuji Kawano,* Nao Horike, Yuh Hijikata, Mio Kondo, Arnau Carné-Sánchez, Patrick Larpent, Shuya Ikemura, Toshihisa Osaki, Koki Kamiya, Susumu Kitagawa, Shoji Takeuchi,* Shuhei Furukawa*
Chem|DOI: 10.1016/j.chempr.2017.02.002


6. iCeMSについて
京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)は、文部科学省「世界トップレベル研究拠点(WPI)プログラム」に平成19 年度に採択された拠点です。iCeMSでは、生物学、物理学、化学の分野を超えて新しい学問を作り、その学問を社会に還元することを目標に活動している日本で唯一の研究所です。その新しい学問からは、汚水や空気の浄化といった環境問題の解決、脳の若返りといった医療に役立つ可能性を秘めたとてつもないアイデアが次々と生まれています。

詳しくはウェブサイトをご覧下さい。 http://www.icems.kyoto-u.ac.jp/


7. 世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)について
WPIは、平成19年度から開始された文部科学省の事業です。WPIでは、世界トップレベルの研究に取り組むことはもちろんのこと、従来の大学のシステムでは成しえない研究組織・研究環境・事務体制の国際化を目指しています。これらは短期間で実現できるものではないため、10年という実施期間が設けられており、各拠点はこれまで様々な取り組みを行ってきました。その結果、拠点長のリーダーシップのもと、拠点内の公用語を英語としたり、研究者の外国人比率30%を達成するなど先進的な取り組みを行っているほか、現在までに、採択拠点からノーベル賞受賞者を2名(山中伸弥先生、梶田隆章先生)輩出するなど、高い成果を挙げています。

詳しくはウェブサイトをご覧下さい。 https://www.jsps.go.jp/wpi/

8. グローバルイノベーション研究院について
東京農工大学は、平成26年度、世界水準の教育研究活動を飛躍的に推進する国立大学12大学の一つとして選定され、先端研究のグローバル化に向けた機能強化の取り組みを行っています。農学分野と工学分野における研究力の優位性を活かし、研究大学としての更なる躍進を図って、世界が認知する確固たる国際ブランドを築いて大学改革と研究力強化を推進します。この取組の推進のために、平成26年6月にグローバルイノベーション研究機構を設置し、平成28年4月からは新たな大学院研究組織としてグローバルイノベーション研究院(GIR研究院)に移行いたしました。
GIR研究院では、"世界が直面する食料・エネルギーの課題を解決"をテーマとして掲げ、"食料" "エネルギー" "ライフサイエンス"の3分野を研究重点分野と定め、社会的要請の高い研究課題において先進的な研究成果を創出することを目指して、戦略的研究チームを結成しています。

詳しくはウェブサイトをご覧下さい。 https://www.tuat-global.jp/

問い合わせ先
<研究内容について>
川野 竜司(カワノ リュウジ)
 東京農工大学 グローバルイノベーション研究院テニュアトラック推進機構
(工学研究院 生命機能科学部門) 特任准教授
 電話:042-388-7187|Fax:042-388-7187|Eメール:rjkawano(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

古川 修平(フルカワ シュウヘイ)
 京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)准教授
 電話:075-753-9868|Fax:075-753-9820|Eメール:shuhei.furukawa(ここに@を入れてください)icems.kyoto-u.ac.jp

<京都大学iCeMSについて>
髙宮 泉水(タカミヤ・イズミ)
京都大学 高等研究院等事務部 国際企画・広報掛
電話:075-753-9755|Eメール:ias-oappr(ここに@を入れてください)mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

 

 

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