ナノポアを形成する新規ベータシートペプチドを無細胞合成しオリゴペプチドの検出と識別に成功~1分子をラベルフリーに検出可能なバイオセンシング技術への応用に期待~

ナノポアを形成する新規ベータシートペプチドを無細胞合成し
オリゴペプチドの検出と識別に成功
~1分子をラベルフリーに検出可能なバイオセンシング技術への応用に期待~

 国立大学法人東京農工大学大学院工学府大学院生 藤田祥子(卓越大学院生)、同大学大学院工学研究院生命機能科学部門の川野竜司教授と国立大学法人横浜国立大学の川村出准教授らのグループは再構成型無細胞合成系(注1)を用いて、人工設計したナノポア(注2)を形成するベータシートペプチド(注3・4)を合成し、オリゴペプチド(注5)の検出に成功しました。本技術は、1分子をラベルフリー(非標識)で検出可能なバイオセンシング技術であるナノポアセンシングへの応用が期待されます。

本研究成果は、American Chemical Societyが発行するACS Nanoに2月3日に掲載されました。
DOI: https://doi.org/10.1021/acsnano.2c07970
論文名: Cell-Free Expression of De Novo Designed Peptides That Form β-Barrel Nanopores.
著 者: Shoko Fujita, Izuru Kawamura, and Ryuji Kawano


現状
 ナノポアセンシングは、ナノポアを通過した分子を1分子レベルで電気的に検出し、分子のサイズ等によってラベルフリーに識別する技術として注目されています。ナノポア計測を用いてDNAの配列を解読するDNAナノポアシーケンサーが実用化され、次のターゲットとしてナノポアを用いたペプチドやタンパク質のアミノ酸配列の解読が期待されています。アミノ酸の複雑な構造のシーケンシングに適したナノポアを自在設計するため、当グループはナノポアを形成するベータシートペプチドSVG28の新規設計を報告しました(注6)。しかし、このSVG28は疎水性が高いため複雑かつ時間のかかる化学合成法(注7)を用いる必要があり、SVG28配列の改善を行っていく上で課題となっていました。

研究プロジェクトについて
 本研究はJST CREST原子・分子の自在配列・配向技術と分子システム機能JPMJCR21B2、JSPS科研費学術変革領域研究(A)「超越分子システム」21H05229、基盤(A)19H00901、の助成を受けたものです。

研究成果
 本研究では、化学合成法より簡単で時間のかからない合成方法として再構成型無細胞合成系に着目しました。大腸菌そのものを使うより膜ペプチドを発現しやすく、また大腸菌破砕液を用いた無細胞合成系と比較して収量が多いという特徴を持っています。ただし、この合成系ではSVG28のような疎水性が高い配列の液相合成は困難でした。
 そこでナノポア形成能を維持したまま無細胞合成可能となるよう、ナノポア形成に重要な膜貫通部位を避けて親水性変異を導入した親水性改変体(図1)を設計することで、SVG28の無細胞合成に成功しました。さらに、親水性改変体が変異導入後も安定にナノポアを形成することを確認し、この親水性改変体ナノポアを用いて8残基のオリゴペプチドを検出することに成功しました。
 またナノポア計測で得られる、オリゴペプチドの通過を示すシグナルの阻害電流量と電流阻害時間を解析することで、オリゴペプチド中の1アミノ酸の違いを識別することに成功し、ペプチドシーケンシングへの応用展開の可能性を示しました。
 
今後の展開
 本研究では、ナノポアを形成するベータシートペプチドSVG28の無細胞合成およびこれを用いたオリゴペプチドの検出に成功しました。本成果はナノポアセンシングにおいて、ターゲット分子に対するナノポアのアミノ酸配列の最適化や、変異導入によるナノポア配列の進化工学を行う上で重要な技術となります。今後は、無細胞合成が可能なSVG28配列を基に新たな改変体の設計やスクリーニングを行うことを目指しています。

注1)再構成型無細胞合成系
大腸菌における転写・翻訳に関与するタンパク質を個別に抽出し、これを用いてペプチドやタンパク質を試験管内で合成する手法。

注2)ナノポア
膜タンパク質やイオンチャネルによって、脂質二分子膜中に形成されるナノメートル(1ミリメートルの100万分の1)サイズの微細な孔(ポア)。

注3)ベータシート(構造)
タンパク質の二次構造の一つ。アミノ酸の主鎖の水素結合により形成されたシート状の構造。

注4)ペプチド
アミノ酸100残基以下の短鎖のタンパク質。

注5)オリゴペプチド
アミノ酸10残基以下の短鎖のペプチド。

注6)K. Shimizu, B. Mijiddorj, M. Usami, I. Mizoguchi, S. Yoshida, S. Akayama, Y. Hamada, A. Ohyama, K. Usui, I. Kawamura, R. Kawano
De novo design of a nanopore for single-molecule detection that incorporates a β-hairpin peptide.
Nature Nanotechnology 2022, 17, 67-75, DOI: 10.1038/s41565-021-01008-w

注7)化学合成
化学反応により試験管内でアミノ酸を連結し、ペプチドやタンパク質を合成する手法。これまで疎水性の高いペプチドを合成するためにO-アシルイソペプチド法を用いていた。

図1 本研究の概要。ナノポア形成ベータシートペプチドSVG28の親水性改変体を設計して無細胞合成を行い、親水性改変体がナノポアを形成することを確認しました。親水性改変体のナノポア計測にオリゴペプチドR7GおよびR7Wを添加すると、通過するオリゴペプチドに由来する電流値の減少が観測され、これらの識別に成功しました。

 また、本論文がACS Nano誌のsupplementary coverに採用されました。

◆ 研究に関する問い合わせ ◆
東京農工大学大学院工学研究院
生命機能科学部門 教授
川野 竜司(かわの りゅうじ)
TEL/FAX:042-388-7187
E-mail:rjkawano(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

◆報道に関する問い合わせ ◆
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