秋のドングリがクマの一年を支える~エネルギー収支から見たツキノワグマの食いだめ戦略~

 秋のドングリがクマの一年を支える
~エネルギー収支から見たツキノワグマの食いだめ戦略~

ポイント
・ツキノワグマのエネルギー収支を推定したところ、秋はプラスであったが、春から夏にかけてはマイナスであった。
・ツキノワグマは秋に大量のドングリを採食することで、その後の冬眠中だけではなく、翌年の春から夏にかけて必要なエネルギーも蓄えている。
・野生のツキノワグマの1年を通じたエネルギーの収支を推定することで、ツキノワグマの人里への出没等の要因を検証することが可能になり、ツキノワグマの科学的な保護管理に役立つ。
 

本研究成果は、米国の生態学誌(英語:Ecosphere(略称:Ecosphere))オンライン版(10月11日付)に掲載されました。
掲載誌:Ecosphere
論文名:Estimating the seasonal energy balance in Asian black bears and associated factors
著者名:Shino Furusaka, Kahoko Tochigi, Koji Yamazaki, Tomoko Naganuma, Akino Inagaki and Shinsuke Koike
URL:https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ecs2.2891

概要
 国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院自然環境保全学部門の小池伸介准教授、東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科の山﨑晃司教授らの研究チームは、ツキノワグマ(以下、クマ)のエネルギーの摂取と消費の収支(以下、エネルギー収支)は、季節によって大きく変動し、春から夏にかけてはマイナスで、秋には大きくプラスになることを明らかにしました。この結果から、野生のクマは、秋に大量の食べ物を採食することで、残りの期間に必要なエネルギーの多くを蓄えているという新たな知見が得られました。

研究背景
 人間をはじめとする動物は食べることで得られる摂取エネルギーと、身体を動かすことで使われる消費エネルギーのエネルギー収支を健全に保つことで身体を維持しています。つまり、エネルギー摂取量がエネルギー消費量を上回ると体重は増え、逆の場合は体重が減少するため、エネルギー収支を明らかにすることで、栄養状態を評価することができます。そこで本研究では、クマのエネルギー収支の季節変化とクマの食生活にとって大切な季節を明らかにすることを目的に、クマのエネルギー収支に影響を及ぼす要因として、クマにとって秋の主食であるブナ科の果実(いわゆる、ドングリ)の結実豊凶(注1)に着目し、エネルギー収支とドングリの結実豊凶との関係を調べました。
 2005年から2014年にかけて、栃木県・群馬県にまたがる足尾・日光山地で追跡調査を行ってきた計34頭の成獣に、日々の活動状態を計測できる機能を内蔵したGPS受信機を装着し、1日あたりのエネルギー消費量を計算しました。また、山の中で採取した1247個の糞からクマの食べ物を特定するとともに、野生のクマが採食を行っている映像(計113時間)から、クマが食べるそれぞれの食べ物の量を計算し、それぞれの食べ物のエネルギー量を掛け合わせることで、1日あたりのエネルギー摂取量を計算しました。そして、エネルギー摂取量からエネルギー消費量を差し引くことで、1日あたりのエネルギー収支を算出し、季節間のエネルギー収支や、ドングリの豊作年と凶作年のエネルギー収支の比較を行いました。

研究成果
 いずれの個体においても、春から夏にかけてのエネルギー収支はマイナスであったものの、秋には大きくプラスになることがわかりました(図1)。また、ドングリの凶作年では、メスはエネルギー摂取量が減少することで、秋のエネルギー収支が低下することがわかりました。
 クマは春から夏にかけてアリやキイチゴの果実などを食べます。これらはサイズも小さく、森の中に散らばって存在するため、クマは効率的にエネルギーを摂取することができません。一方、秋のクマは、木に登り、木の上にまとまって結実するドングリを食べるため、効率的にエネルギーを摂取することができます。しかし、ドングリの凶作年では、オスに比べて行動圏(注2)が小さいメスは十分な量の食べ物を得ることができないため、エネルギー収支が低下したと考えられます。

今後の展望
 本結果より、クマのエネルギー収支は季節間で大きく変化し、秋のドングリで1年間に摂取するエネルギーの約80%を摂取、つまり食いだめを行っていることが明らかになりました。このことは、これまで不明であった野生のクマの栄養状態に関する様々な情報を得られることにつながります。また、秋のクマの人里への出没にはドングリの凶作が影響していることは知られていましたが、他の季節の人里への出没にも前年のドングリの凶作が関係している可能性があり、クマの科学的な保護管理に大きく貢献することが期待されます。
 なお、本研究はJSPS科研費 JP16H04932、JP16H04939、JP17H05971、JP17H00797、JP19H02990および環境省国立公害等防止プロジェクト「ツキノワグマの出没メカニズムの解明と出没予測手法の解明」の助成を受けたものです。

用語説明
注1)野生の樹木の多くは、果実(種子)の生産量が大きく年変動するとともに、ブナ科の樹木では広範囲の個体間で生産量の年変動が同調する傾向が強い。
注2)動物が生活し、移動する場所のこと。

 

図1:ツキノワグマのエネルギー収支の季節変化。左はオス、右はメスを示し、灰色の線は春から夏にかけて、オレンジ色と緑色の線は秋のエネルギー収支の平均値を示す。オレンジ色の線はブナ科堅果(ドングリ)の豊作年、緑色の線は凶作年を、影の部分は95%の信頼区間を示す。雌雄ともにエネルギー収支は、春から夏にかけて低下し、夏にはマイナスになり、秋には大きくプラスになることがわかります。また、メスはドングリが凶作の年には、豊作の年に比べてエネルギー収支が低下することがわかります。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
自然環境保全学部門 准教授
小池 伸介(こいけ しんすけ)
E-mail:koikes(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

学校法人東京農業大学 戦略室
矢木 伸平(やぎ しんぺい)
堀 詩以奈(ほり しいな)
TEL:03-5477-2300
E-mail:koho(ここに@を入れてください)nodai.ac.jp

 

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