非破壊に鋼材残留応力の定量評価・画像化に成功!

非破壊に鋼材残留応力の定量評価・画像化に成功!

 国立大学法人東京農工大学大学院の生嶋健司教授の研究グループと株式会社IHI検査計測の鈴木優平氏(同大学院工学府電子情報工学専攻 社会人ドクター)は、音響誘起電磁法を用いて、鋼材に内在する残留応力を非破壊に定量評価し、さらに超音波走査により残留応力分布を画像化することに成功しました。この成果により、今後、EVモーターコアやベアリング等の鉄鋼に関わる製品の品質管理や橋梁等のインフラ保全に貢献することが期待されます。

本研究成果は、米国電気電子学会(IEEE)誌『IEEE Transactions on Ultrasonics, Ferroelectrics, and Frequency Control』の掲載に先立ち、Early Access版がオンライン公開されています。
論文タイトル:Evaluation of Tensile Residual Stress in Welded Steel Plates Using Acoustically Stimulated Electromagnetic Response
URL:https://ieeexplore.ieee.org/document/9705624


現状
 物体は、変形や変化を受けた後、外力を除去しても内部に力(応力)が残留していることがあります。この物体に内在している残留応力は、材料の破壊強度を評価する上で重要な因子であり、橋梁、ビル、自動車、航空機などの土木インフラや工業用鋼材の構造健全性に影響します。溶接、鋳造、曲げなどの加工後も残留応力は残っています。引張残留応力は、対象物にクラックを発生させるため、有害となる傾向があり、引張残留応力と使用荷重が重なりますと、工学部品の疲労破壊を引き起こし、損傷や破壊に至ることがあります。そのため、対象物の引張残留応力の大きさや空間分布を把握することは、破損のリスクを予測し、設計構造や製作プロセスを改善するために重要です。残留応力は通常、破壊・微破壊によるひずみ緩和を測定することで得られます。一方、X線、超音波や磁気を利用した残留応力の非破壊検査の研究開発が数多く推進されていますが、定量性や画像化の点でまだ多くの課題が残されています。

研究体制
 本研究は、東京農工大学の生嶋健司(大学院工学研究院 教授)の研究グループとIHI検査計測との共同研究で実施しました。

研究成果
 超音波は、人間の耳には聞こえない高い周波数で振動する音です。本研究グループでは、この超音波照射により磁気特性を調べる音響誘起電磁法(注1)を開発してきました。この音響誘起電磁法を用いて、これまで磁気ヒステリシス特性や磁気イメージングが可能であることを示してきました。一般に、磁性体の磁気特性は応力に非常に敏感です。したがって、磁気特性パラメータから応力への変換係数がわかれば、磁気特性から残留応力を評価することが可能です。今回、本研究グループは、溶接により意図的に引張残留応力を入れた鋼材試験体を用いて、音響誘起電磁法で得られた磁気特性パラメータの一つである保磁力(注2)から、以前に測定した応力への変換係数を用いて残留応力を評価しました。微破壊検査の方法と比較することにより、定量的に正しく残留応力が評価されていることを確認しました。また、残留磁化信号(注3)を用いて、残留応力の空間分布をマッピングし、塑性域まで到達した部位を予めスクリーニング可能であることを実証しました(図1)。

今後の展開
 超音波を利用する計測技術であるため、比較的コンパクトで簡便な装置となります。本技術は幅広い種類の鋼材に適用可能であり、鉄鋼以外の様々な磁性材料への活用も期待されます。残留応力の非破壊検査は、EVモーターコアやベアリング等の鉄鋼に関わる製品の品質管理や橋梁等のインフラ保全に貢献することが期待されます。


注1)音響誘起電磁法(ASEM法)
超音波によって誘起される電波を検出・画像化する方法。圧磁性や圧電性を有する物質に超音波を照射すると、磁気分極や電気分極が発生し、周辺に微弱な電波が放射される。この電波を検出し、超音波ビーム走査により物質の磁性や圧電性を画像化する方法。工業分野では、鉄鋼等の非破壊検査への応用が期待され、医療分野では、生体線維の非侵襲センシングへの応用が期待されている。

注2)保磁力
磁性体に外部から磁場を印加し、磁化されていない状態に戻すために必要な反対向きの外部磁場の大きさのこと。永久磁石の材料としては保磁力が大きいことがのぞましく、モーターコアなどの用途に用いられている材料では保磁力が小さいことがのぞましい。

注2)残留磁化信号
磁性体に外部から磁場を印加し、その外部磁場をゼロに戻したときに残留する磁化(残留磁化)に対して、超音波により磁化を変調させたときに得られる信号のこと。

図1:音響誘起電磁法により得られた残留応力分布の画像。(a) 溶接試験体の写真(溶接部の裏面)。(b) 通常のエコー像。(c)音響誘起電磁法による残留応力分布。黒~赤の部分:大きな残留応力が存在している箇所。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
先端物理工学部門 教授
 生嶋 健司(いくしま けんじ)
 TEL/FAX:042-388-7120
 E-mail:ikushima(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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