車に踏まれても潰れない虫 頑強なボディの構造と組成を解明

車に踏まれても潰れない虫 頑強なボディの構造と組成を解明

研究成果のポイント:
・甲虫外骨格の頑強性の要因が、接合部の構造、内部のミクロな層状構造、構成物質によることを明らかにしました。
・外骨格接合部の構造を模倣した材料を作製し、部材を強固に接合できることを実証しました。
・頑強かつ軽量な部材のデザインとして、材料開発分野での応用が期待されます。

 カリフォルニア大学アーバイン校のDavid Kisailus教授 (東京農工大学グローバルイノベーション研究院・教授(兼任))、同Jesus Rivera博士、東京農工大学工学研究院の新垣篤史准教授、同大学院の村田智志氏らの研究グループは、飛ばない甲虫の一種Phloeodes diabolicusのボディ (外骨格) の詳細な解析を行いました。この甲虫は、自動車に踏まれても潰れないほどの頑強な外骨格を持つことから、別名「Ironclad beetle(鋼鉄で武装した甲虫)」と呼ばれています。鳥や爬虫類などの捕食者から身を守るため、進化の過程で頑強な外骨格を獲得したと考えられています。今回、Phloeodes diabolicusの外骨格の構造、組成と機械特性の詳細な解析を行い、今まで知られていない特殊な構造の存在と、そこから生まれる頑強性の機構を明らかにしました。本研究の成果は、今後、頑強かつ軽量な材料の開発や異種材料の接合部分のデザイン設計等への応用が期待されます。

本研究成果は、Nature(10月21日付)に掲載されました。
URL:https://www.nature.com/articles/s41586-020-2813-8 

背景
 自動車や航空機等の利用に向けた材料開発においては、省エネに繋がる軽量で頑強な新素材とデザインが求められており、生物から材料のデザインを学ぶ生体模倣 (バイオミメティックス) 技術の分野が近年注目されています。甲虫は地球上に35万種以上が存在し、自然界の厳しい環境に適応するため、進化の過程で多様な構造や物性を持つ外骨格 注1 を発達させており、新しい材料デザインの宝庫として着目されています。本研究グループは、甲虫の一種Phloeodes diabolicus (図1A) 注2 に着目しました。この甲虫は、頑強な外骨格を持つことから別名「Ironclad beetle」と呼ばれ、捕食者から逃れるための翅を持たない代わりに、頑強な外骨格を獲得したと考えられています。しかしながら、外骨格の頑強さの要因は明らかにされていませんでした。

研究体制
 本研究は、カリフォルニア大学アーバイン校のDavid Kisailus教授 (東京農工大学グローバル研究院・教授(兼任))、Jesus Rivera博士、パデュー大学のPablo Zavattieri教授、Maryam Sadat Hosseini博士、東京農工大学の新垣篤史准教授、同大学院の村田智志氏、ローレンスバークレー国立研究所のDilworth Y. Parkinson博士、Harold S. Barnard博士、テキサス大学サンアントニオ校のDavid Restrepo博士のメンバーで構成される国際研究チームによって実施されました。

研究成果
 本研究では、P. diabolicusの外骨格の強度を金属などの材料の機械特性 注3 の評価に用いられる試験系を用いて調べました。その結果、P. diabolicusは自重のおよそ39,000倍である、133±16 ニュートン(N)もの荷重に耐えうることが明らかとなりました。これは近縁種の甲虫と比較して、2倍以上の荷重に耐えることを示しています。さらに本試験における外骨格の破壊の様子を観察したところ、外骨格を構成する層状の構造が頑強性に重要な役割を果たすことがわかりました。
 そこで外骨格のミクロ構造と構成成分の詳細な解析を行いました。一般に甲虫の表皮は、キチン 注4 とタンパク質を主成分としており、これらから構成される繊維の束が積み重なることで、規則的な層状構造を形成します (図1B)。P. diabolicus の外骨格の走査型電子顕微鏡 注5 及びCT scan 注6 を用いた観察により、外骨格の接合部においてパズルのピースのようにかみ合った凹凸構造が見つかりました。このような凹凸構造は、他の甲虫種では1対見られるのに対し、P. diabolicusは2対持つことが明らかになりました (図1C、D)。
 外骨格に含まれる有機物の組成の解析を行ったところ、異種の甲虫 (ニホンカブトムシ:Trypoxylus dichotomus)と比べ、タンパク質の割合が約10%多く含まれていることがわかり、この組成が外骨格の頑強性を与えていることが考えられました。また、本研究で明らかとなった特殊な構造の形成にもタンパク質が関与することが考えられました。P. diabolicusは、自然界の厳しい環境の中で進化する過程で、このような特殊な構造や組成を持つ外骨格を発達させてきたことが考えられます。
 さらに本研究では、カーボンシートを用いてP. diabolicusの外骨格接合部に存在する2対の凹凸構造を模したバイオミメティック構造体を作製し、2つの部材の接合における有効性を評価しました。その結果、現行の航空材料の接合に用いられる様式と比較しても、強固に接合できることを実証しました。

今後の展開
 本研究で見出された甲虫の外骨格の構造は、自動車や航空機などの様々な分野での高強度・軽量材料のデザイン設計に応用することができると考えられます。本研究では外骨格の強度に関わる構造のみならず、乾燥環境下での水分の輸送・蓄積やエネルギー吸収に関わると考えられる微細構造を発見しました。今後、ミクロ構造のさらなる解析を進めることで、P. diabolicusの生態の解明や多機能性材料への応用が考えられます。また、外骨格の主要構成成分であるタンパク質の解析を進めることで、外骨格の形成機構の解明に繋がることが期待されます。

本研究に関連する動画リンク:
Compression Resistant Ironclad Beetle
Ironclad Beetle Medial Suture


注1)外骨格は、甲虫の骨格構造で表皮やクチクラとも呼ばれる。
注2) Phloeodes diabolicusは、南カリフォルニアの乾燥した地域に生息する飛翔性を持たない小型 (体長約3 cm) の甲虫。
注3)機械特性とは、材料が外からの力に対してどの程度の耐久性を持つかなど、力学的特性の総称。
注4)キチンは多糖の一種であり、地球上において2番目に多く存在する生体高分子。
注5)走査型電子顕微鏡とは、波長の短い電子線を利用した顕微鏡で、数nmの物体の表面構造が観察
可能 (1 nmは1 mmの100万分の1)。
注6)CT scanは、X線を用いることで物体の内部構造 (断面)を画像化する技術。

図1 A) 頑強な外骨格を持つP. diabolicusの写真。B) 外骨格断面の走査型電子顕微鏡画像。多数の層が積み重なった層状構造をなしている様子が観察される。C) 外骨格接合部断面の光学顕微鏡画像。黄線は接合している2つの外骨格間の境界線を表しており、2対の凹凸構造が見られる。D) 近縁の甲虫種の外骨格接合部。1対の凹凸構造が見られる。Se:毛状構造、Ep:外表皮、Ex:外原表皮、En:内原表皮、Tr:外骨格内部を支える支柱構造、HS:血リンパの通路。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
生命機能科学部門 准教授
新垣 篤史(あらかき あつし)
 TEL/FAX:042-388-7021/042-385-7713
 E-mail:arakakia(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp 

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