〔2016年6月27日リリース〕いつでもどこでも運動学習能力を測るアプリを開発

いつでもどこでも運動学習能力を測るアプリを開発
-効果的なスポーツトレーニング、リハビリテーションの提案を見据えて-


東京農工大学大学院 工学研究院 先端電気電子部門の瀧山健特任准教授と東京大学 総合文化研究科の進矢正宏助教の研究チームは、スマートフォン・タブレット端末上で運動学習能力を測定するアプリを開発した。これまでの研究では運動学習能力を測定するために巨大で高額な実験機器が用いられており、測定対象者に特定の時間に実験室まで移動する負担を強いていた。これは特にプロスポーツ選手や脳損傷疾患患者を測定対象者とする場合に大きな問題となっている。本研究成果により、手の平サイズのスマートフォンがあれば、いつでもどこでも運動学習を測定することが可能となる。今後プロスポーツ選手・脳損傷疾患患者を対象に、トレーニングやリハビリテーションに伴う運動学習能力の向上・回復を検証することが容易になり、各選手に適した効果的なトレーニング方法の提案、各患者に適した効果的なリハビリテーション方法の提案などが期待される。

本研究成果は、PLOS One(6月27日付)に掲載されます。
報道解禁日:日本時間6月28日午前3時
論文名: Development of Portable Motor Learning Laboratory (PoMLab)
著者名: Ken Takiyama & Masahiro Shinya
論文URL: http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0157588

現状:ボールを投げ、思い描いたボールの軌道よりも左に逸れてしまった際、次は少し右の方向を狙ってボールを投げるであろう。このように、思い描いた運動が実行できなかった際に、運動を修正する過程を運動学習という。運動学習は脳機能の一つであり、100年以上に渡り行動実験が行われているにも関わらず、未だに脳内原理(脳のどの領域が運動学習にどのように寄与しているのか、など)が明らかにされていない。脳内原理を解明するため、脳疾患患者を対象とした運動学習実験が行われてきた。すなわち、ある脳領域が損傷した場合に、運動学習能力がどのように変化するかを検証することで、運動学習の脳内原理の解明が進められてきた。しかしながら、既存の運動学習実験では、巨大で高価な機器(例えばマニピュランダム)を使用しており、被験者に特定の時間に実験室まで移動する負担を強いていた(図1a)。すなわち、脳疾患患者に実験室までの移動という負担を強いており、多数の被験者のデータを得ることができず、運動学習の脳内原理の解明の妨げとなっている。加えて、脳疾患患者はリハビリテーション過程と共に疾患から回復していくため、リハビリテーションに伴う運動学習能力の経時的変化を追うことで運動学習の脳内原理の解明が促進されることが期待される。しかし、前述のように患者に負担を強いるため、脳疾患の回復に伴う運動学習能力の経時変化を検証した研究は存在しない。

研究体制:本研究は、東京農工大学・瀧山健 特任准教授と東京大学・進矢正宏 助教の2名の若手研究者で構成される研究チームにより実施した。

研究成果:
[PoMLab開発とその意義]: 従来用いられてきた巨大で高価な実験機器の代わりに、おおよそ70%の方々が所有しているといわれるスマートデバイス(スマートフォン・タブレット端末)上にて運動学習実験を行うアプリケーション(Portable Motor Learning Laboratory [PoMLab] )を開発した。PoMLabはゲーム開発エンジンUnity3Dにより開発され、被験者はタブレットを傾けてモニター上の仮想物体を操り、標的に当てる課題に取り組む。課題中に突如、思い描いたように仮想物体が動かせなくなるよう設定を変える。そしてプレイヤーが運動を修正していく過程に基づき運動学習能力を測定する。PoMLabはAndroid、iOS、Windows、などOSに依存しないマルチプラットフォームアプリケーションである。すなわち、どのようなスマートデバイスでも動作するよう設計されており、所有しているスマートデバイスを用いて、いつでもどこでも特別な設備や機器を必要とせずに運動学習実験を行うことが可能となった(図1b)。既存の主流な運動学習実験機器を用いる際には、特定の時間に、実験室まで移動し、数百万は下らない実験機器が必要であった(図1a)。PoMLabのこれらの利点を活かすことで、以下のことが可能となり、運動学習の脳内原理の解明という神経科学の発展、効率的に運動が上達する方法の提案に大きく寄与することが期待できる。1. 現在まで取得されていない運動学習のビッグデータを取得、2. 多数の脳疾患患者のデータを取得、3. 患者の体調が優れた時間帯に、リハビリテーション施設にて、リハビリテーションによる回復に伴う運動学習能力の経時変化を追うこと、4. 最も上達速度が速いトレーニング方法の模索(どのような頻度で休憩を挟むか、など)。
[PoMLabの性能評価]: 以下の実験を行った。1. 東京農工大学 瀧山研究室の実験室においてPoMLabを使用した実験、2. PoMLabの時間依存性、場所依存性を検証するため、東京大学 ”スポーツサイエンス” 講義内でPoMLabを使用した実験、3. 複数機種を用いて、機種依存性がないことを確認する実験、4. 先行研究(マニピュランダムを用いた実験)との比較、を行った。結果、時間依存性、場所依存性、タブレット依存性は認められず、PoMLabによりいつでもどこでもどのようなデバイスでも運動学習能力を計測できることが明らかになった。PoMLabとマニピュランダム実験とで、残留誤差(どこまで完全に運動を学習できるかを示す量)に有意差が認められた一方、PoMLabではより実験設定に気づかれず純粋な運動学習能力を測定できることが確認され、PoMLabと既存のマニピュランダム実験系とは互いに相補的な長所と短所を持っていることが確認できた。

今後の展開: PoMLabを用いることで、患者の体調が優れた時間に、リハビリテーション施設にて、リハビリテーションによる運動学習能力の回復を検証することが可能となる。リハビリテーションを行う前には、”各患者がどの程度まで機能回復できるか”という予後予測がなされる。しかしながら、未だに予後予測は経験則に基づいたものが主であり、継続したリハビリテーションにより機能が更に改善することから、既存の予後予測方法は不十分である可能性が多々指摘されている。予後予測は適切なリハビリテーションを計画するためには必要不可欠なものであり、その改善が望まれている。PoMLabの開発により、リハビリテーションによる運動学習能力の回復経過を、患者毎に検証することが初めて可能となった。これにより適切な予後予測方法を確立でき、適切なリハビリテーションへとつながる可能性が期待できる(注1)。

注1)東京農工大学 瀧山健研究室では、運動疾患患者を対象としたリハビリテーションそのものは行っておりません。リハビリテーションのための基礎的な研究を行っています。

図1: (a)従来、巨大で高価な実験機器を用いており、特定の時間、特定の場所のみでしか運動学習能力を計測できなかった。(b): 本研究で開発したPoMLabを用いることで、いつでもどこでも運動学習能力を計測することができるようになった。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
先端電気電子部門 特任准教授
瀧山 健 (たきやま けん)
TEL/FAX:042-388-7444

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