近代製糸技術の伝播過程を知る貴重資料「勧工寮葵町製糸場図面」の再発見と資料公開

近代製糸技術の伝播過程を知る貴重資料
「勧工寮葵町製糸場図面」の再発見と資料公開

 

 国立大学法人東京農工大学科学博物館は同博物館未整理資料から「教師イタリア人勧工寮伝習製糸器械絵図」を発見し、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部日本史学研究室の鈴木淳教授の協力を得て調査した結果、本図面が過去文献に掲載されていた勧工寮葵町製糸場の図版の原資料であることを確認しました。富岡製糸場(フランス式を採用)と同時期に作られ、製糸の工場制工業化の起点となったイタリア式工場のあり方を、初めて具体的に示した重要な史料です。この成果により明治初期、西洋技術がいかに国内に普及していったか、本図面資料を活用した近代産業技術の伝播過程の解明が今後期待されます。

本発表に伴い、東京農工大学科学博物館において、資料を一部公開します。
【期間:2017年10月14日(土)~11月30日(木)】
また、今回の調査における新知見は2017年10月14日政治経済学・経済史学会 秋季学術大会(会場:大阪商業大学 発表者:東京大学鈴木淳教授)にて発表予定です。

◆近代製糸技術の伝播過程を知る貴重資料の発見◆
  国立大学法人東京農工大学科学博物館において、所蔵資料の整理中、東京農工大学名誉教授故鈴木三郎寄贈未整理資料より、勧工寮葵町製糸場図面を発見しました。図面の存在は、同氏の著書『絵で見る製糸法の展開』(日産自動車株式会社繊維機械部、1971 年)内で図版及び資料解説が掲載されていたが、実資料の存在は知られていませんでした。今回2017年3月に東京大学鈴木淳教授らの協力を得て調査を実施した結果、図版と資料が一致し、掲載図版の原資料であることが明らかになりました。資料は、41点(4枚綴、17枚綴、19枚綴各一点含む)の図面で構成され、製糸器械の構造や、器械の配置などが詳細に描かれています。封筒には表に「教師イタリア人勧工寮伝習製糸器械絵図」、裏に「海老原章利」と墨書きされ、図面に海老原の割り印があり、同氏が作図したものと考えられます。

◆図面から見る勧工寮葵町製糸場の特色と新知見◆
日本に伝わった、ヨーロッパからの器械製糸の導入には、前橋製糸場(明治3年)をはじめスイス人ミュラーが指導したイタリアからの技術導入と、富岡製糸場(明治5年)に導入されたフランス人ブリュナによる技術導入の2通りがあります。勧工寮葵町製糸場(明治6年)はイタリア式が採用され、富岡製糸場に次ぐ官営二番目の洋式製糸場でしたが、資料が少なくこれまで詳細が明らかにされていませんでした。図面は、縮尺や寸法が記載され、綴状のものには煉瓦構造物が一段ごとに配置し記されるなど、繰糸設備の全般が理解でき、寸法を元に再現が可能なほど詳細に記録されています。イタリア式が採用され、水車を動力とし、焚火利用の煮繭や繰湯加熱設備が備わっていますが、簡易な設備ではなく、工場として相応の施設規模を持つものであることが明らかになりました。
 富岡製糸場と並んで製糸の工場制工業化の起点となったイタリア式工場のあり方を、初めて具体的に示した重要な史料です。また、鈴木教授は図面の作成者が、小田県(現在の岡山・広島県の一部)から技術伝習の目的で派遣された海老原虎太郎であると推定し、東京から地方に洋式技術が普及した過程を具体的に示す史料としての価値を持つ可能性が高いと指摘しています。


◆東京農工大学科学博物館での資料一部公開◆
 本発表に伴い、「勧工寮葵町製糸場」図面を一部公開します。
<勧工寮葵町製糸場図面資料公開>
期間: 2017年10月14日(土)~11月30日(木) (日・月曜日・祝日休館)
場所: 東京農工大学科学博物館 2階 浮世絵展示内 http://web.tuat.ac.jp/~museum/(別ウィンドウで開きます)

◆本件に関する問い合わせ◆
東京農工大学科学博物館 特任助教
齊藤有里加 (さいとう ゆりか)
TEL:042-388-7161
E-mail :yusaito(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

参考:勧工寮葵町製糸場について
  東京赤坂葵町(溜池)に工部省勧工寮がスイス人ミュラーを雇い入れて建設した、イタリア式器械製糸場(現在の港区大蔵省印刷局付近)。明治6年2月開業、水車動力、繰糸器48台(開所後すぐ96台に増設)。13年には払い下げられて東京府北豊島郡下石神井村に移設。
 明治初期に洋式製糸器械を備えた勧工寮葵町製糸場は、富岡製糸場と同様に各地へ技術を伝承する拠点となりました。
 勧工寮葵町製糸場は開所までの明治5年~6年の間、工部寮に出仕した佐々木長淳が担当しました。佐々木長淳はその後ウィーン万国博覧会へ行き欧州の養蚕製糸技術を得た後、微粒子病の阻止、新町紡績所の建設など近代養蚕・製糸技術の普及に広く貢献します。ウィーンから帰国後、明治7年に佐々木長淳が担当した内藤新宿出張所蚕業試験掛は、東京農工大学工学部の前身東京高等蚕糸学校の創基とされています。


※勧工寮製糸場、勧工寮赤坂葵町製糸場と表記されることもあるが、ここでは勧工寮葵町製糸場としています。
※イタリア式、フランス式はそれを指す両国の技術洋式があるわけではなく、ミュラー、ブリュナそれぞれから日本に導入された技術洋式を国内で呼称する際に用いられる用語です。大きな特徴として、フランス式は動力に蒸気の利用、イタリア式は水車の利用が挙げられます。

写真1 今回確認された図面資料「教師イタリア人勧工寮伝習製糸器械絵図」
写真2 封筒裏墨書「海老原章利」
写真3 製糸器械配置図
写真4 水車十分一之図

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