果実を食べる哺乳類はどこにタネを運んでいる?~季節によって変わる種子の運び手の役割~

果実を食べる哺乳類はどこにタネを運んでいる?
~季節によって変わる種子の運び手の役割~

ポイント

  • 果実を食べる哺乳類が運ぶ種子の量や、種子が運ばれる場所の環境は、哺乳類の種によって異なっていました。
  • 同じ哺乳類種でも、季節によって種子を運ぶ場所の環境は異なりました。
  • 果実を食べる複数の哺乳類種が共存することで、植物の種子は様々な環境の場所に散布されることがわかりました。

本研究成果は、自然科学系のオープンアクセス誌「Global Ecology and Conservation」オンライン版(2022年11月17日付)に掲載されました。
論文名:Differentiation and seasonality in suitable microsites of seed dispersal by an assemblage of omnivorous mammals
著者名:Kahoko Tochigi, Sam M.J.G. Steyaert, Tomoko Naganuma, Koji Yamazaki, Shinsuke Koike
URL:https://doi.org/10.1016/j.gecco.2022.e02335


概要
 国立大学法人東京農工大学大学院連合農学研究科の栃木香帆子大学院生(博士課程3年)、同大学院グローバルイノベーション研究院の小池伸介教授、長沼知子特任助教(当時、現 農研機構)、ノルウェーのノード大学のSam Steyaert准教授、東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科の山﨑晃司教授らの国際共同研究チームは、日本に生息し果実を食べることで被食型種子散布(注1;図1)を行う哺乳類5種の間で、その種子散布者としての役割がどのように異なるのかを検証しました。
 その結果、種子が発芽や成長に適した環境に散布されるか否かは、運び手となる哺乳類の種や季節によって異なることがわかりました。また、一度に散布される種子の数は哺乳類の種によって異なるものの、共通して秋に多くなる傾向が見られました。さらに、種子が散布される場所の特徴も、哺乳類の種によって異なる傾向がありました。たとえば、夏にはツキノワグマは高木が多い環境に、ニホンザルは明るく開けた環境に、多く種子を散布する傾向がありました。これらのことから、哺乳類5種は同じ樹種の果実を食べたとしても、それぞれが異なる環境の場所に種子を散布するので、種子散布者として異なる役割を果たしていることが分かりました。また、果実の種子の運び手として異なる役割をもつ複数の哺乳類種が同じ場所に生息することは、植物にとっては様々な環境条件の場所に種子を散布される機会が確保されることにもつながります。

研究背景
 種子が母樹(注2)から離れて別の場所に移動する種子散布という現象は、動けない植物にとって子孫を残すだけでなく、数少ない移動の機会でもあります。そのため、樹木の配置を決定することで将来の森の姿にも大きく影響することからも、種子散布は植物の個体だけでなく、森林の存続を考えるうえでも重要な現象です。さらに、散布された種子が発芽し、成長することができるかどうかは、どの程度の種子が(散布される種子の数など)、どういった場所に(種子の散布場所の環境条件など)、散布されるかによって決まります。
 種子散布のなかでも、種子の運び手として動物を利用する様式を動物散布といい、中でも動物が果実を食べることで、種子が運ばれる様式を、被食型種子散布といいます。被食型種子散布では、主に種子の入った果実を食べる動物種の生態(行動や食べ物)の違いによって、それぞれの動物が種子散布者として異なる役割を担っていると考えられます。しかし、これまでの研究では、どの程度の種子が、どういった動物種に散布されるかといった視点(=量的評価)が多く、動物各種がどういった場所に種子を散布しているのかといった視点(=質的評価)はあまり着目されていませんでした。
 そこで、本研究では、日本の温帯林に生息する哺乳類5種(ツキノワグマ、ニホンザル、テン、タヌキ、アナグマ)のフンを採取し、フンの中の種子の有無やその樹種、数を特定するとともに、フンの採取場所の環境(図2)を記録することで、動物と種子散布の関係を質・量の両方から評価しました。

研究成果
 調査は2003年から2004年にかけて、夏(6月~8月)と秋(9月~11月)に東京都の奥多摩地域で行いました。解析の結果、種子がその後の成長に適すると考えられる環境の場所に散布される確率とその種子の数は、散布する哺乳類の種と季節によって異なっていました(図3)。たとえば、夏はツキノワグマが、秋はニホンザルとテンが、最も高い確率で種子を適した環境の場所に散布していました。また、体の大きなツキノワグマは、一度に最も多くの種子を運んでいました。一方で、哺乳類の種に関係なく、夏よりも秋のほうが多くの種子が適した環境の場所に散布されていました。
 さらに、種子が散布される場所の特徴も、哺乳類の種や季節によって異なることがわかりました。たとえば、ツキノワグマは夏には森林内(図2a)に種子を多く散布していましたが、秋には森林内だけでなく、林縁部(図2c)のような明るい環境にも種子を散布していました。こういった季節間の違いは、ツキノワグマが季節によって異なる環境の場所を生息場所としていることによると考えられます。一方、ニホンザルとテンは季節に関係なく様々な環境条件の場所に種子を散布していました。また、タヌキとアナグマはためフン(注3)の習性があることから、森林のなかでも、地面が硬く、斜面が緩やかで植物に囲まれた環境の場所に種子を散布していました。これらの結果から、哺乳類5種すべてが種子を似たような環境にまんべんなく散布しているのではなく、それぞれが異なる環境の場所に種子を散布することで、結果的にそれぞれの樹種の種子散布に貢献していることが示唆されました。

今後の展望
 本研究で対象とした5種の哺乳類は、様々な種類の果実を食べて生活をしています。食べている果実の種類だけで見ると、種間でかなり重複していますが、好んで食べる果実の種類や、食べる量は種によって異なっています。さらに果実以外の食べ物の種類や、主に生活している場所も森林の中でも少しずつ異なります。こうした生態の違いが哺乳類各種の種子散布者としての役割の違いをもたらしていると考えられます。
 種子散布者として異なる役割を持つ複数の哺乳類種が、同じ森林に生息していることは、植物の種子が様々な環境の場所に運ばれることを可能にします。一方で、種間でも似た環境の場所にも種子を運ぶこともあります。つまり、哺乳類各種が種子散布者として重複した機能を持ちつつも、お互いが持たない機能を補うといった関係を持つことは、生態系の生物多様性を維持し、その安定性を高めるうえで重要な現象であるといえます。
 本研究はとうきゅう環境浄化財団(現 東急財団)、JSPS科研費197287、17H00797、21J20185からの助成を受けたものです。

用語説明
注1)動物の採食行動によって種子を散布させる種子散布の様式。これらの様式で種子を散布する植物は、種子の周りに高栄養な果肉が存在し、動物が果実を食べた際に、種子をフンとともに排出したり、口から吐き出したりすることで種子が散布される。
注2)果実(とその中に含まれる種子)を実らせる木。
注3)フン場と言われる同じ場所で繰り返しフンをする習性のこと。

図1:哺乳類によって被食種子散布が行われる模式図。
図2:哺乳類によって種子が散布された環境。
(a)森林内。(b)倒木によって樹冠に隙間(ギャップ)ができ、太陽光が林床まで届いている環境(ギャップ環境)。(c)森林とそれ以外の環境の境目(林縁部)。(d)森林外の、林道や樹木が伐採されて開けている環境。
図3:(a)哺乳類によって樹木の種子が、その後の発芽や成長に適すると考えられる環境の場所に散布される確率。夏はツキノワグマが最も高い確率で種子を散布していました。一方で、秋になるとニホンザルとテンの確率が高くなり、ツキノワグマの確率は低下しました。また、タヌキとアナグマはあまり適した環境の場所には散布していませんでした。点は推定平均値、線は95%信頼区間を示しています。
(b)その後の発芽や成長に適すると考えられる環境の場所に散布される種子の数。夏よりも秋のほうが、多くの種子が適した環境の場所に散布されていました。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学
大学院グローバルイノベーション研究院 教授
小池 伸介(こいけ しんすけ)
E-mail:koikes(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

◆報道に関する問い合わせ◆
東京農工大学
総務部 企画課 広報係
E-mail:koho2(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
TEL:042-367-5930

学校法人東京農業大学 経営企画部
E-mail:koho(ここに@を入れてください)nodai.ac.jp

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•東京農工大学 小池伸介教授 研究者プロフィール
•東京農工大学 小池伸介教授 研究室ウェブサイト
•小池伸介教授が所属する 東京農工大学農学部地域生態システム学科

 

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