シカとカモシカの食物の分けあいと取りあい競争~生息環境によって変わる種間関係~

シカとカモシカの食物の分けあいと取りあい競争
~生息環境によって変わる種間関係~

ポイント

  • 富士山の針葉樹林と火山荒原に生息するシカとカモシカの食性を糞分析により調査し、食物をめぐる種間関係を検討しました。
  • 食物資源としてササ類と針葉樹が供給される針葉樹林では、シカがササ類を、カモシカが針葉樹を主に採食することによって2種の食性が異なりました。
  • 一方、食物資源が広葉草本に偏って供給される火山荒原では2種共に広葉草本を主に採食したため、食性が大きく重複していました。
  • 食物資源の多様性が低い環境では食物資源をめぐる競争が起きやすいことが示されました。
  • 食物資源量が非常に乏しい火山荒原では種間競争が生じている可能性が高いことが示されました。

 

本研究成果は、本研究成果はポーランドの哺乳類学雑誌「Mammal Research(略称:Mamm Res)」オンライン版に掲載(3月30日付)されました。
論文名:Dietary partitioning and competition between sika deer and Japanese serows in high elevation habitats
著者名:Mitsuko Hiruma, Hayato Takada*, Akane Washida, Shinsuke Koike
URL:https://link.springer.com/article/10.1007/s13364-023-00683-5


概要
 国立大学法人東京農工大学大学院農学府 修士課程学生 比留間光子(当時、現 岐阜県庁)、同大学農学部附属野生動物管理教育研究センターの髙田隼人特任准教授(当時 山梨県富士山科学研究所)、同大学院グローバルイノベーション研究院の小池伸介教授、山梨県富士山科学研究所研究部自然環境科 鷲田茜(当時、現 東京都環境局)らの共同研究チームは山梨県富士山麓の亜高山帯針葉樹林(以下、針葉樹林)および高山帯火山荒原(以下、火山荒原)においてニホンジカ(以下、シカ)とニホンカモシカ(以下、カモシカ)を対象に糞分析(注1)による食性(注2)調査を実施し、2種の食物をめぐる種間関係を解明しました。具体的には、食物資源としてササ類と針葉樹の両方が供給される針葉樹林ではシカがササ類を、カモシカが針葉樹を主に採食することにより、2種は食い分け(注3)をおこなっていました。一方、食物資源が広葉草本に偏る火山荒原では、2種共にこの植物を主に採食したため食性が大きく重複していました。食物資源が多様な生息環境では2種の食物の好みの違いを反映して、食い分けが起きたと考えられました。逆に食物資源が単調な生息環境では食物の好みの異なる種間であっても食性が重複することが示唆されました。また、富士山の火山荒原では2種が共有した食物資源の量が他の生息環境と比較して非常に乏しいことから、食物をめぐる種間競争(注4)が起きていることが示唆されました。

研究背景
 似たような行動や生態をもつ複数の動物種がどうやって共存しているのかを理解することは生態学の主要な課題の一つです。共存を可能にする最も一般的な原理は種間で利用する食物や生息地などの資源を微妙に違えることです。反対に、こうした資源の利用が重複すると種間競争が生じ、どちらかの種が減少すると考えられます。有蹄類(注5)では、体サイズや消化器官などの形態的な違いに応じて食物の好みが種間で異なり、このことが複数種の共存を可能にすることが知られています。ただし、食物の好みが異なる種間でも食性重複が生じる例もありますが、どのような環境条件が食性の重複を引き起こすのかはよくわかっていません。
 シカとカモシカはともに日本在来の有蹄類であり、体サイズや消化器官の形態的な違いを反映して食物の好みが異なることが知られています(シカはイネ科などの繊維質な植物を、カモシカは広葉樹など消化しやすい植物を好む)。カモシカは「シカ」が名前に入っていますが、シカよりウシやヤギに近い動物です。近年、シカの増加に伴うカモシカの減少が全国各地で報告されており、種間競争の可能性が指摘されています。カモシカの減少が顕著なのは従来シカが分布していなかった亜高山帯や高山帯などの標高の高い地域であり、こうした環境で資源利用の重複が起きている可能性がありますが、このことは示されていません。そこで、本研究は山梨県富士山麓の亜高山帯針葉樹林と高山帯火山荒原の2地域において、糞分析による食性調査を実施し2種の食物をめぐる種間関係を検討しました。また、生息環境の違いが2種の食物の重複に与える影響を検討するために、食物供給量も同時に調査しました。

研究成果
 二つの調査地域において計100地点の調査区(1m×1m)を設定し、2種の食物となる植物の資源量を調査したところ、針葉樹林ではササ類と針葉樹の二つが優占するのに対し、火山荒原では広葉草本のみが優占して存在することが分かりました。また、2地域の食物の総資源量は、これまで2種の食性が調査されてきた他の環境に比べて著しく少ないことがわかりました。
 各調査地域において、シカとカモシカの糞をそれぞれ計80サンプル採取し、顕微鏡を用いてその食物組成を評価しました。その結果、針葉樹林ではシカが主にササ類を、カモシカが主に針葉樹を採食し、2種の食性に有意な差が確認されました。一方、火山荒原ではシカとカモシカがともに双子葉類を主に採食し、2種の食性には差がありませんでした。その結果、食性の重複はすべての季節で針葉樹林に比べて火山荒原で高い値を示しました。
 資源が単調な火山荒原では食物の好みの異なる種間であっても食性が重複することが示されました。また、火山荒原では2種が共有した食物の資源量が他の生息環境と比較して非常に乏しいことから、食物をめぐる種間競争が起きていることが示唆されました。

今後の展開
 シカとカモシカの種間競争の可能性は以前から指摘されてきましたが、このことを示す研究は今までありませんでした。本研究は高標高域におけるシカとカモシカの種間関係を明らかにし、食物資源の量と多様性が低い環境では種間競争が起きる可能性が高いことを初めて示しました。実際、富士山の火山荒原ではカモシカが2017年から2021年にかけて減少しており、シカがカモシカを排除する種間競争が生じていると考えられます。富士山の火山荒原に生息するカモシカ個体群は一般的な森林に生息する個体群と異なる高山帯に適応した独特な行動特性を持つことが知られており(2023年3月29日本学プレスリリース)、学術的な保全価値が高いといえます。富士山のカモシカは孤立個体群であることに加えて個体数が非常に少ないため、このまま減少が続くと地域絶滅が懸念されます。また、全国各地の高標高域におけるカモシカの減少は富士山と同様にシカとの種間競争の結果である可能性が考えられます。カモシカを含めた高山生態系を保全していくためには、シカ個体群を管理し植物の量と多様性を維持・回復させることが強く求められます。
 なお、本研究は山梨県富士山科学研究所からの助成金を受けたものです。

用語解説
注1)糞の内容物を観察して動物の食性を調べる方法のこと。
注2)動物がどのような食物を食べるかの習性のこと。
注3)同じ場所に生息する複数の動物種がそれぞれ異なる食物を利用すること。
注4)ある種の存在がもう一方の種の繁殖や生存を低下させる関係のこと。
注5)蹄を持つ動物群のこと。偶蹄目(牛や羊)と奇蹄目(馬やサイ)が含まれる。

 

図1:富士山に生息するニホンジカのオス(A)とニホンカモシカのオス(B)。
図2:富士山の亜高山帯針葉樹林(A)と高山帯火山荒原(B)の景観。
図3:富士山の亜高山帯針葉樹林におけるニホンジカとニホンカモシカの糞中食物組成割合の季節変化。
図4:富士山の高山帯火山荒原におけるニホンジカとニホンカモシカの糞中食物組成割合の季節変化。(ニホンジカは冬期、季節移動のため不在であったことからサンプルなし)

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学農学部附属野生動物管理教育研究センター
 特任准教授
 髙田 隼人(たかだ はやと)
  TEL:042-367-5826
  E-mail:takadah(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

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