アセチレンとブタジエンの誘導体を用いた環化付加生成物の作り分けに成功
アセチレンとブタジエンの誘導体を用いた
環化付加生成物の作り分けに成功
国立大学法人東京農工大学大学院工学府応用化学専攻 富田雄介(博士前期課程1年)、東京農工大学工学部応用分子化学科 原口尚人(卒業生)、同大学大学院工学府 清田小織技術専門職員、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教ならびに平野雅文教授の研究チームは、汎用的な化学原料であるアセチレンとブタジエンの誘導体からシクロヘキサジエン、ビニルシクロブテンおよびビシクロ[3.1.0]ヘキセンの作り分けに成功しました。このような汎用的な原料の分子間反応による環状化合物の作り分けはこれまで困難であり、特に2つの環により構成されたビシクロ化合物が合成できるビシクロ環化付加は世界初の反応です。共通の原料から意図する生成物をつくり分ける反応はダーバージェント反応と呼ばれ、簡単な原料から天然物や医農薬品中間体などの骨格を合成する強力な手段となります。
本研究成果は、アメリカ化学会Organic Letters誌(10月17日付電子版)に掲載されました。
論文名:Cobalt-catalyzed Divergent Cycloadditions of Alkynes with Conjugated Dienes Yielding 3-Vinylcyclobutenes, Bicyclo[3.1.0]hexenes, and Cyclohexa-1,4-dienes
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.orglett.2c03108
現状
アセチレンとブタジエンの誘導体を用いた環化反応としては、例えば[2 + 4]環化付加は最も広く知られているタイプの反応で、ディールス・アルダー反応としても知られています。この反応はアセチレン側に電子求引基、ブタジエン側に電子供与基があるとより簡単に熱でも容易に反応が進行します。2つ目の例は[2 + 2]環化付加と呼ばれるタイプの反応であり、熱では反応が進行しませんが、光照射下では原理的に可能な反応でした。しかし、アセチレンとブタジエンの誘導体の[2 + 2]環化付加生成物である3-ビニルシクロブテンの生成はこれまで知られていませんでした。さらにブタジエン誘導体がねじれた形でアセチレン誘導体と反応しない限り生成しないビシクロ環化付加は、これまで知られていないタイプの環化付加反応でした。
研究体制
本研究は、東京農工大学工学府応用化学専攻 富田雄介(博士前期課程1年)、同工学部応用分子化学科 原口尚人(卒業生)、同工学府 清田小織技術専門職員、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教および平野雅文教授により実施されました。この研究は、卓越大学院WISEプログラムなどにより行われました。なお、単結晶X線構造解析では本学機器分析施設 野口恵一教授の協力を得ました。
研究成果
これまでに当該研究グループでは、0価ルテニウム錯体を触媒としてアセチレンとブタジエンの誘導体を反応させると共役ヘキサトリエンとよばれる鎖状付加生成物が生成することを発見していました¹。今回、0価ルテニウムと等電子構造である1価コバルト錯体を発生するコバルト触媒系でアセチレンとブタジエンの誘導体を用いて反応を行うと、金属中心の違いによりどのような反応が進行するのかに興味を持ちました。その結果、得られる生成物はすべて環化付加生成物であり、同一の原料を用いた場合にも、触媒系に加える配位子により、異なる環化付加生成物を与えることを発見しました。具体的にはdppe配位子を用いると[2 + 4]環化付加生成物であるシクロヘキサジエン、PPh₃配位子を用いると[2 + 2]環化付加生成物である3-ビニルシクロブテン、さらにdppp配位子を用いるとビシクロ環化付加生成物であるビシクロ[3.1.0]ヘキセンを作り分けられることを発見しました。特に[2 + 2]環化付加生成物である3-ビニルシクロブテンをアセチレンとブタジエン誘導体から合成する方法ははじめての方法であり、ビシクロ環化付加は、反応自体がこれまでに知られていませんでした。例えばビシクロ[3.1.0]ヘキセンを合成するためには、従来はカルベンと呼ばれる化学種をシクロヘキサジエンに付加させる反応が知られていましたが、カルベンは不安定で反応性が高いため、各種誘導体を立体選択的に高収率で合成することが課題でした。
このように共通の出発原料から多様な生成物を選択的に作り分ける反応はダイバージェント反応とよばれ、簡単な化合物から天然物や医農薬品などの重要な分子をつくるための強力な手段となります。なお、論文中ではこれらの作り分けの原理についても触れられています。
今後の展開
今回合成できた化合物のうち、特にビシクロ環化付加生成物が1工程で得られる触媒反応は世界初の例です。反応機構の解明によりさらに効率的に合成できる触媒の開発を進めます。また、生成物であるビシクロ[3.1.0]ヘキセン誘導体は、TDO-1阻害剤とよばれる強力な抗がん活性をもつ分子²や生理活性分子³に見られる構造であるため、これらの抗がん剤の効率的な合成につながることが期待されます。今後は不斉配位子を用いたエナンチオ選択的なダイバージェント合成などへの展開を行います。
参考文献
1) (a) Kiyota, S.; In, S.; Saito, R.; Komine, N.; Hirano, M. Organometallics 2016, 35, 4033–4043. (b) Hirano, M. ACS Catal. 2019, 9, 1408–1430.
2) Chiappe, C.; De Rubertis, A. D.; Marioni, F.; Simonetti, A. J. Mol. Catal. B: Enzymatic 2000, 10, 539–544.
3) (a) Pudelek, M.; Catapano, J.; Kochanowski, P.: Mrowiec. K; Janik-Qlchawa, N; Czyz, J.; Ryszawy, D. Fitoterapia 2019, 134, 172–191. (b) Watanabe, M.; Kobayashi, T.; Ito, Y.; Yamada, S.; Shuto, S. Molecules 2020, 25, 3562–3572.
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
応用化学部門 教授
平野 雅文(ひらの まさふみ)
TEL/FAX:042-388-7044
E-mail:hrc(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
関連リンク(別ウィンドウで開きます)