フェムト秒レーザーで操られた電子の集団振動現象を観測することに成功~レーザー光を用いた新しい微細加工技術実現への可能性~

フェムト秒レーザーで操られた電子の集団振動現象を観測することに成功
~レーザー光を用いた新しい微細加工技術実現への可能性~

 

[ポイント]

  • 高強度のフェムト秒レーザーパルスをシリコン表面に照射することにより、電子の集団振動現象が起きたときに現れる特有の信号を捉えることに世界で初めて成功した。
  • 集団振動する電子の周囲には強力な電場が発生するため、これを利用すると10ナノメートルのサイズで物質表面を直接削り出すことが可能となる。
  • レーザー光を使った加工は産業分野で広く使われているが、現状ではマイクロメートルサイズが最小限界であり、ナノメートルサイズへの微細化が望まれている。本成果によって、これまでにないレーザー「ナノ」加工技術の実現が期待できる。

 東京農工大学 大学院工学研究院の宮地 悟代 准教授は、同大学大学院生(当時)の萩谷 将人 氏と、宮崎 健創 京都大学名誉教授とともに、電子デバイスに広く用いられている半導体材料である「シリコン」表面に、高強度のフェムト秒レーザーパルス[注1]を照射することによって、光と結合した電子の集団振動現象 ~ 表面プラズモンポラリトン[注2] ~ が発生することを、世界で初めて観測することに成功しました。この現象をうまく利用すると、レーザー光を照射するだけでナノメートルサイズの微細な溝や穴を直接削り出すことができるため、薬剤等が不要な新しい微細加工技術の実現が期待されます。

 

本研究成果は、米国物理学会が発行する学術雑誌「Physical Review B」に掲載されました。
掲載誌:Physical Review B
出版日:2017年7月17日付:日本時間7月18日午前1時(電子版)
論文名:Excitation of surface plasmon polaritons on silicon with an intense femtosecond laser pulse
著者名:Godai Miyaji, Masato Hagiya, and Kenzo Miyazaki
DOI :10.1103/PhysRevB.96.045122
URL: https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevB.96.045122(別ウィンドウで開きます)

図1 表面プラズモンポラリトンの概要。

背景と経緯 :金属中には自由電子が存在するため、光を照射することによって、表面に「表面プラズモンポラリトン[注2]」(以降SPPとよぶ)という電子の集団振動現象を発生できることはよく知られています(図1参照)。SPPの波長は、励起に必要な光の波長よりも短く、電子の周囲に強力な電場が発生するため、最近では高感度光検出器や高効率太陽電池、高感度ガス・バイオセンサー、高効率LEDなど様々な応用に利用されています。
 一方、絶縁体や半導体には自由電子が存在しないため、SPPは発生できないというのが定説でした。1980年代に高強度のレーザー光を照射すると固体表面が金属化してSPPを発生できる条件があると理論的に予測されたものの、観測が難しくこれまで実証はされませんでした。
 レーザー光は大気中でも液体中でも通ることができ、また取り扱いが容易であるため、加工のような産業用途にも広く使用されています。しかし、現在の技術ではマイクロメートルサイズ以下の微小な加工はできないため、半導体デバイス製造のようにナノメートルサイズの加工が必要な場合には、他の技術と組み合わせた、複雑な工程が行われています。
強いレーザー光によってさまざまな固体表面にSPPを発生できれば、電子の周囲に発生する強力な電場によって固体表面を直接削り取ることができるので、レーザー加工の特徴を持った簡便なナノ加工技術の実現が期待されていました。

研究体制 :本研究は、東京農工大学 大学院工学研究院の宮地 悟代 准教授、同大学 大学院工学府 博士前期課程大学院生(当時)の萩谷 将人 氏、宮崎 健創 京都大学名誉教授が共同で実施しました。

研究成果 :私たちはフェムト秒レーザーパルスの照射でシリコン表面にSPPが発生できるように、シリコン製の回折格子[注3]を設計し、精密に作製されたものを準備しました。その表面に入射角度を変えながらレーザーパルスを照射し、光検出器によって測定した反射光の強さから表面反射率を求めました(図2参照)。その結果、回折格子の溝に水平な方向の偏光(s偏光)では入射角度を変えても反射率は単調に変化するだけでしたが、回折格子の溝に垂直な方向の偏光(p偏光)では特定の入射角度で反射率の急激な減少を観測しました(図3参照)。これは、金属でのSPP発生の発見の基となった観測結果[R. W. Wood, Philos. Mag. 4, 396 (1902)]と酷似しており、この反射率の減少からシリコンと大気の境界面でSPPが発生していることを明らかにしました。

図2 実験方法の概要。
図3 シリコンの表面反射率の変化。

今後の展開 :今回初めて捉えた現象を利用すると、半導体や誘電体、金属など様々な物質にフェムト秒レーザーパルスを照射するだけで数10nmから数100nmの溝や穴を掘ることができるため、複雑なプロセスや薬剤が不要な微細加工技術の実現が期待されます。また、レーザー光を照射する位置を変えるだけで加工部分を移動できるため、加工材料の大きさに制限がなく、メートルサイズの領域へのナノ加工も容易です。このような大面積領域にナノメートルサイズの微細加工を行える技術は他にはなく、例えば、メタマテリアル表面形成、ナノインプリント用造形用金型作製、ナノ工具製造、MEMS用表面加工、広帯域の無反射表面形成、照明光源の指向性表面形成、X線用光学素子作製などへの汎用性の高い技術応用も期待されます。なお、本研究成果と今後の展開につきまして、平成29年8月31日~9月1日に東京ビッグサイトで開催されます「イノベーション・ジャパン2017」において、「ナノサイズの周期構造を形成できるレーザー加工技術(ブース番号N-12)」として出展いたします。
※イノベーション・ジャパン2017への出展については、こちらをご覧ください。(別ウィンドウで開きます)


用語解説
注1: フェムト秒レーザーパルス
1フェムト秒以上1ピコ秒未満の間にのみ存在するレーザー光のこと。1フェムト秒とは10の(-15)乗秒で、1ピコ秒とは10の(-12)乗秒。レーザー技術の進歩によって、近年容易に利用できるようなった。
注2: 表面プラズモンポラリトン(図1参照)
電子の粗密振動波。2つの物質の境界面に存在し、電磁波と結びついている。波長は2つの物質の誘電率に依存するため、レーザー光の波長よりも短くすることができる。
注3: 回折格子
直線状の凹凸がマイクロメートルサイズの周期で平行に並んで作られているもの。この凹凸によって光は回折し干渉するため、光の波長ごとに進行方向が異なる。この性質によって、様々な用途に利用されている。

謝辞
本研究の一部は科研費(24686011)、平成27年度村田学術振興財団研究助成、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム(S-15-MS-3004)の支援を受けて実施されました。

◆ 研究に関する問い合わせ ◆
 国立大学法人 東京農工大学大学院工学研究院 先端物理工学部門 准教授
  宮地 悟代(みやじ ごだい)
 TEL:042-388-7153
 E-mail:gmiyaji(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

◆ 報道担当 ◆
 国立大学法人 東京農工大学 広報・基金室
  TEL:042-367-5930
 E-mail:koho2(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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