2015年2月12日 電気刺激による生体分子を観察可能な電気化学高速AFM装置を開発

電気刺激による生体分子の動きを直接観察できる電気化学高速AFM装置を開発
~バイオエレクトロニクス研究に光明~

国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の大野弘幸教授、中村暢文教授らのグループは、国立大学法人金沢大学理工研究域数物科学系の内橋貴之准教授、国立大学法人東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻の五十嵐圭日子准教授らのグループとの共同チームにより、電気化学測定を行いながら電極表面の生体分子の動的挙動も同時に観察できる電気化学高速AFM (注1) 装置を開発しました。生体のエネルギー生産に関与するタンパク質であるシトクロムc (注2) が、電極表面に吸着していく一連の過程を、AFM画像及び電気化学応答として本装置により世界で初めて同時観察できました。電気化学高速AFMを用いることで電極基盤上での分子の電気的応答に関する直接的な動態観察が可能となり、バイオセンサー開発などのバイオエレクトニクス研究 (注3) や脳神経科学の信号伝達にかかわる研究などで有用な解析ツールになるものと今後期待されます。また、この装置は、電気刺激に応答して速く動くものを直接観ることができるため、生体分子に限らず、刺激応答性材料の開発などの様々な分野で利用できます。
本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(C)(研究代表者:中村暢文)、科学技術振興機構 先端的低炭素化技術開発(ALCA)(研究代表者:五十嵐圭日子、研究分担者:中村暢文、内橋貴之)の補助を受けたものです。

本研究成果は、米国の科学雑誌 PLOS ONE オンライン版(別リンクで開きます)に掲載されました。

現状:従来の解析手法ではタンパク質の速い動的挙動をAFMで観察することは困難でしたが、金沢大学の安藤教授、内橋准教授らのグループは、生体分子一分子の画像をリアルタイムで撮影できる世界初の高速原子間顕微鏡(HS-AFM)装置を開発しました。一方で東京農工大学の大野教授・中村教授らのグループは東京大学の五十嵐准教授らのグループと共同でタンパク質を電極上に固定したセンサーや電池の開発を行ってきました。このバイオエレクトロニクス研究において、電極上のタンパク質の吸着状態や向き、吸着量、電場をかけた際の生体分子の動的挙動を知ることは、より高性能なデバイスを作製するために非常に重要です。しかしながら、これまでこれらの情報を直接観察するためのツールがありませんでした。そこで、3グループ共同で、HS-AFMの構成を基本とし、電気化学測定装置を組み合わせた電気化学HS-AFM装置の開発に取り組みました。

研究体制:国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門、国立大学法人金沢大学理工研究域数物科学系、国立大学法人東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻の共同研究チーム。

研究成果:電気化学HS-AFMは、HS-AFMの構成を基本に試料ステージを作用電極とし、対極、参照極を設けた三電極系で構成し、電位を正確に制御できるようにしました(図1)。そこで、タンパク質の電子移動の研究で盛んに行われてきたシトクロムcを対象とし、修飾したSAM(自己組織化単分子層) (注4) をコーティングした金電極へのシトクロムc吸着挙動とその電気化学応答について検討しました。AFM像から、シトクロムc分子が電極表面に吸着していく様子がリアルタイムで観察され、それと同調してシトクロムcの酸化還元に由来するピーク電流値の増加がみられました(図2)。470秒付近のAFM像では、急激にシトクロムcが吸着して層となる様子が観察されました。500秒以後はAFM像に大きな変化が見られなくなり、同時に電流値も定常となることから、電極表面にシトクロムcが単層に吸着し、それ以上の吸着は起こらないことがわかりました。この一連のAFM像から吸着量を解析した結果、シトクロムcの吸着過程において正の協同性(分子が一旦吸着すると次の分子はより吸着し易くなること)が働いていることが示唆されました。本現象は、電気化学HS-AFMを用いることで初めて見出されたものです。

今後の展開:電位をかけたときに電極上の生体高分子がどのように動くのかを直接観測でき、また、酸化還元反応が起こった後に誘起されるタンパク質ドメイン間の動きやタンパク質―タンパク質間の動きを観測できます。分子間の電子移動と構造変化に関する詳細な情報が得られ、分子間の電子やシグナルの伝達に関する研究の新しい展開が期待できます。これらの情報を集積することが、より高感度なバイオセンサーや、より高出力のバイオ燃料電池の開発といったバイオエレクトロニクス研究につながります。また、電位をかけた後で膨張や収縮するなど構造が変化する材料について、どのようにどのくらいのスピードで動くのかをリアルタイムに観測するのにも用いることが出来ます。新規材料の評価にも用いることができ、材料開発のための指針を与えられるものと期待されます。

図1-1 AFMヘッド部

図1-2セル構成の模式図
Pt wire:白金線(対極)、Cantilever:カンチレバー、gold/mica substrate:金/マイカ基盤(作用極)
Ag wire:銀線(参照極)、cylindrical glass stage:円柱ガラスステージ

図2 SAM修飾金電極にシトクロムcが吸着していく一連のAFM画像(上図)と、その模式図(上図の下段)。AFM画像で白くなっているところが相対的に高く、シトクロムcが吸着している。
右図は、同時に測定したサイクリックボルタモグラム(特定の電位に対する応答電流をプロットしたもの)で、-0.11 V付近にシトクロムcの酸化還元に由来した電気化学応答が増加していく様子が観察される。

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