麴菌をモデルとして糸状菌のタンパク質分泌生産における小胞体ストレス依存的 mRNA 分解機構の存在を証明

麴菌をモデルとして糸状菌のタンパク質分泌生産における
小胞体ストレス依存的 mRNA 分解機構の存在を証明

 国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院応用生命化学部門の田中瑞己准教授と国立大学法人東北大学大学院農学研究科の五味勝也教授、新谷尚弘教授らの研究グループは、麴菌が酵素タンパク質を生産する際の細胞応答機構を解析し、麴菌などの糸状菌において、折り畳みに失敗した異常なタンパク質の蓄積によって引き起こされる小胞体ストレスに依存した mRNA 分解機構が存在することを証明するとともに、この mRNA 分解機構が、人為的でない自然な小胞体ストレス条件下で起きることを真核微生物において初めて明らかにしました。この成果により、今後、麴菌をモデルとして、微生物のタンパク質生産における小胞体ストレス依存的 mRNA 分解機構の重要性が明らかになるとともに、有用なタンパク質の高生産株の育種にもつながることが期待されます。

本研究成果は、 Communications Biology に10月4日付でオープンアクセス公開されました。
論文タイトル:Physiological ER stress caused by amylase production induces regulated Ire1-dependent mRNA decay in Aspergillus oryzae
URL:https://www.nature.com/articles/s42003-023-05386-w
 

背景
 麴菌 Aspergillus oryzae は、日本酒・味噌・醤油などの製造に利用されている糸状菌で、α-アミラーゼなどのデンプン分解酵素やプロテアーゼなどのタンパク質分解酵素を大量に分泌生産するという特徴を持っています。また、これらの醸造上重要な酵素以外にも様々な酵素タンパク質を生産する微生物として産業利用されています。麴菌をはじめとする糸状菌は酵素タンパク質を高分泌生産できるものが多いのですが、なぜ高分泌生産できるのか、その詳細なメカニズムは分かっていませんでした。麴菌を含む真核生物では、タンパク質を組み立てる工場である小胞体を経由して酵素タンパク質が細胞外に分泌されますが、この過程で正しい構造がとれない異常な酵素タンパク質ができてしまうと、小胞体にストレスがかかって細胞に悪影響を及ぼすことが知られています。細胞にはこの異常な酵素タンパク質の蓄積を防ぐための小胞体ストレス応答機構(注1)が備わっています。その1つとして、小胞体ストレスによって誘導される mRNA 分解機構(regulated Ire1-dependent mRNA decay; RIDD)の存在が動植物などの高等真核生物では知られています。麴菌を含めた糸状菌においても、強力な小胞体ストレスが誘導された際には、酵素タンパク質の設計図を伝令する mRNA 量が減少することでストレスを軽減することが報告されていましたが、これは mRNA の分解(RIDD)によるものではなく、糸状菌における独自の mRNA 合成(転写)抑制機構(repression under secretion stress; RESS)によるものであると考えられていました。また、糸状菌や酵母などの真核微生物の RIDD は、一部の酵母において人為的な条件下で起きることが報告されているだけでした。

研究体制
 本研究は、国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院応用生命化学部門の田中瑞己准教授と国立大学法人東北大学大学院農学研究科の五味勝也教授、新谷尚弘教授らの研究グループによって実施されました。
 また、本研究は、JSPS科研費JP09J06211、JP16K15084、JSPS研究拠点形成事業(食の安全性の飛躍的向上を目指した農免疫国際共同研究拠点形成)、野田産業科学研究所研究助成の支援を受けて行われました。

研究成果
 本研究では、麴菌のα-アミラーゼ mRNA をモデルとして、RIDD の存在の検証を行いました。その結果、小胞体ストレスによるα-アミラーゼ mRNA の減少が、主に mRNA の分解によって引き起こされることが示され、糸状菌における RIDD の存在が証明されました。これまでのモデル生物を用いた RIDD についての研究の多くは、化学物質を添加して強制的に小胞体ストレスを誘導する人為的な条件で行われていました。しかし、麴菌では化学物質を添加しなくても、アミラーゼの急激な生産によって起こる自然な小胞体ストレスでα-アミラーゼ mRNA やその発現に必要なマルトース輸送体遺伝子の mRNA の RIDD が誘導されることが明らかになりました。RIDD に関わる因子が欠損すると、アミラーゼの生産を誘導する条件において麴菌の生育が著しく抑制されるため、RIDD は、麴菌が酵素タンパク質を高生産する際に小胞体ストレスを緩和する重要な役割を担っていると考えられます。

今後の展開
 本研究により、麴菌が、自然な小胞体ストレス誘導時における細胞応答機構を解析するための優れたモデルとなり得ることが示されました。これまでの酵母などをモデル生物とした研究では解析が難しかった自然な状態での小胞体ストレスに対する細胞応答機構の理解が進むことが期待されます。また、麴菌は小胞体ストレスに上手く対処しながら酵素タンパク質を高生産していることが示唆されたため、そのメカニズムを明らかにすることで酵素タンパク質の生産能力をさらに引き出すことが可能となるものと考えられます。さらに、麴菌は動植物や他の微生物が生産する有用なタンパク質の生産用宿主としても有望と考えられていますので、本研究成果は将来的にこのような異種タンパク質の分泌高生産株の育種にもつながることが期待されます。

用語解説
注1)小胞体ストレス応答機構
小胞体の中に誤った立体構造のタンパク質が生じた時に、小胞体の恒常性を維持するために働く細胞応答機構。折り畳みに失敗したタンパク質の再折り畳みや分解を行う Unfolded protein response (UPR) が最もよく知られている。

 

図1:麴菌がα-アミラーゼを生産する際に起きている細胞応答機構。α-アミラーゼの生産によって誘導される小胞体ストレスの解消に RIDD が重要な役割を果たしていることが明らかとなった。



 ◆研究に関する問い合わせ◆

 国立大学法人 東京農工大学大学院農学研究院
  応用生命化学部門 准教授
   田中 瑞己(たなか みずき)
   TEL:042-367-5704
   E-mail:mizuki-tanaka(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

 国立大学法人 東北大学大学院農学研究科
  農芸化学専攻 真核微生物機能学分野 教授
   新谷 尚弘(しんたに たかひろ)
   TEL:022-757-4445
   E-mail:takahiro.shintani.d7(ここに@を入れてください)tohoku.ac.jp

 

関連リンク(別ウィンドウで開きます)

 

CONTACT