犬の肺オルガノイドの作出に成功~がんや感染症研究への活用に期待~

犬の肺オルガノイドの作出に成功
~がんや感染症研究への活用に期待~

 国立大学法人東京農工大学大学院農学府共同獣医学専攻の塩田(佐藤)よもぎ氏(博士課程三年)、同大学大学院農学研究院のモハメド・エルバダウィー訪問研究員、佐々木一昭准教授、臼井達哉准教授らは、犬の肺がん組織と正常な肺組織から三次元培養を行い、肺オルガノイドの作出に成功しました。今後、犬の肺がん研究のみならずウイルス性の呼吸器疾患などに対する新規実験モデルとしての活用も期待されます。さらに、肺がんと正常肺のオルガノイドを用いた遺伝子発現解析から、犬の肺がん治療に有効と思われる分子標的薬を見出し、実際にがんサイズを縮小させる効果があることを明らかにしました。

本研究成果は「Biomedicine & Pharmacotherapy」に2023年7月4日にオンライン掲載されました。
論文名:Derivation of a new model of lung adenocarcinoma using canine lung cancer organoids for translational research in pulmonary medicine
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0753332223008703

現状
 肺がんは、肺で発生した原発性肺がんと、体の別の場所で発生したがんが肺へ転移したことで起こる二次性肺がん(転移性肺がん)に分けられます。人の原発性の肺がん罹患率は世界的にも多く、肺がん患者の5年生存率は依然として20~30%(WHO調べ)と低いことから、さらなる研究が求められています。
 一方、犬の肺がんは、1万頭あたりに1.4~4.2頭が発症するといわれています。病態初期には目立った症状を示さないことが多く、早期発見が難しいため診断時には転移などが認められる進行がんになっている場合も少なくありません。犬の肺がん治療の方法としては、外科的に肺を切除する「肺葉切除術」が第一に選択されますが、完全切除が難しい場合や、すでに転移が見られている場合などは抗がん剤などを併用する内科療法が実施されます。しかし現時点で有効性が確立されている抗がん剤はなく、手術後に薬剤投与を行っても延命治療にはつながらないという研究も報告されています。新たな内科治療に使用可能な薬剤の同定には、犬の肺がんに対する基礎研究を向上させる適切な実験モデルが必要ですが、利用可能な犬の肺がん細胞株はほとんどありません。
オルガノイド培養法は、従来の二次元に増殖する平面培養とは異なり、特殊なゲルや培養液を用いることで三次元的に細胞を増殖し、生体内組織の特性が維持可能な培養法として近年注目を集めています。当研究室では、これまでに犬の膀胱がん、前立腺がん、中皮腫などさまざまながん罹患犬由来の三次元オルガノイド培養モデルを開発し、オーダーメイド獣医療の実現に向けた研究を進めてきました(本学2019年7月24日、2023年4月12日プレスリリース)。そこで本研究では、肺がん罹患犬のがん部と正常部の組織を用いてオルガノイド培養を行い、犬の肺がんモデル細胞の作出を試みました。

研究体制
 東京農工大学、山口大学、北里大学の共同研究として実施されました。

著者
塩田(佐藤)よもぎ₁、モハメド・エルバダウィー₁、鈴木和彦₁、恒富亮一₂、永野浩昭₂、石原勇介₁、山本晴₁、呰上大吾₁、打出毅₁、福島隆治₁、田中綾₁、吉田智彦₁、森拓也₄、アミラ・アブゴマー₁、金田正弘₁、山脇英之₃、篠原祐太₁、臼井達哉₁、佐々木一昭₁
₁東京農工大学、₂山口大学、₃北里大学、₄近畿動物医療研修センター

研究成果
 手術によって肺葉切除術を受けた犬から肺がん組織と近接している正常の肺組織を摘出し、それぞれ三次元オルガノイド培養を行いました。作製した肺がんオルガノイドと正常肺オルガノイドは球状から突起状の複雑な立体構造を示し、元の組織と類似した上皮構造やマーカー発現を維持していることが観察されました。さらに肺がんオルガノイドに対して抗がん剤を処置すると、患者犬や抗がん剤の種類によってその感受性が異なることが分かりました。また、肺がんと正常肺のオルガノイドを用いてRNAシークエンス解析を実施し、発現している遺伝子を調べた結果、肺がんオルガノイドではがん増殖を促す細胞内情報伝達経路の一つであるMEK経路が活性化していることが分かりました。さらに、その経路を阻害するトラメチニブという薬剤を肺がんオルガノイドに処置した結果、MEK経路の下流のシグナルであるERKの活性化やc-Mycの遺伝子発現を抑制して細胞増殖を抑制することが明らかになりました。また肺がんオルガノイドを背部皮下に移植した免疫不全マウスにトラメチニブを長期投与したところ、トラメチニブを投与していない群のマウスと比べて腫瘍サイズの顕著な縮小が認められました。これらの結果から、犬の肺がんに対する新たな治療薬剤としてトラメチニブが有効である可能性が示されました(図)。

今後の展望
 本研究チームが作出した犬の肺がんオルガノイドは、さらなる治療薬候補の探索や、犬肺がんの発症メカニズムの研究などへの応用が期待できます。また、正常肺オルガノイドは、ジステンパーウイルスなどの犬呼吸器疾患の感染実験モデルとしても活用可能です。犬と人のがんには共通項が多く、一部のがんでは実験動物であるマウスモデルよりも犬の方がより人の病態に近いといわれています。加えて、研究レベルの治療薬も人に比べて臨床試験が比較的行いやすいことから、犬の研究が人のさまざまな疾患に応用されることが増えてきました。したがって、今回の犬肺がんモデルも将来的に人の肺がん研究の一助となる可能性が期待できます。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院 動物生命科学部門 准教授
臼井 達哉(うすい たつや)
TEL:042-367-5770
E-mail: fu7085(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp / ウェブサイトhttp://vet-pharmacol.com/

◆参考情報◆
■東京農工大学2019年7月24日プレスリリース
「膀胱がん罹患犬の尿から膀胱がん組織の再現に成功」
https://www.tuat.ac.jp/outline/disclosure/pressrelease/2019/20190724_01.html

■東京農工大学2023年4月12日プレスリリース
「胸水を利用した犬の悪性中皮腫オルガノイドの作出に成功」
https://www.tuat.ac.jp/outline/disclosure/pressrelease/2023/20230412_02.html

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