未熟児網膜症の発病機構の全容を疾患モデルマウスを用いて解明

未熟児網膜症の発病機構の全容を疾患モデルマウスを用いて解明

国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院動物生命科学部門・松田浩珍教授らの研究グループは、疾患モデルマウスを駆使して、これまでに知られていなかった未熟児網膜症の発病機構の全容を明らかにしました。また、患者の血液中には高いレベルで発病誘導因子が存在することを証明しました。この成果により、今後、本疾病の早期診断法及び、新奇の予防法や治療法の開発が期待されます。

本研究成果は、Journal of Clinical Investigationに11月号の代表論文となるJCI This Month研究として掲載されます(電子版掲載10月9日付:日本時間10月10日午前5時)。
報道解禁日:10月10日の午前5時以降

現状 :早期出産などに伴う低出生体重児は、分娩時には低酸素状態に陥っていることが多く、出生直後から新生児特定集中治療室(NICU)において集中的に管理・治療を受けます。NICUの内部は、低酸素や循環不全への対応のため、高い酸素濃度が保たれています。つまり低出生体重児では、分娩時からその後の集中治療において、大きな酸素濃度の変化にさらされることとなります。出生時の体重が特に少ない超低出生体重児では、このような集中治療の間に網膜症を発症することがありますが、これは酸素誘導性未熟児網膜症と呼ばれ、重症化した場合に患者が盲目となるため、社会的に問題の大きい疾病のひとつです。また、中枢神経障害や呼吸器障害など重篤な障害も多く併発します。我が国においても低出生体重児の出生数は増加しており、集中治療中に起こる様々な疾患に対する迅速な対策が急務となっています。その発病機構を解明すべく、現在までに、国内外を含め多くの研究がなされてきましたが、発病機構の全容は解明されていませんでした。そのため、早期診断法や予防法も開発されていません。さらに現行の治療法の効果は、極めて限定的となっています。

研究体制 :以下の国内外5研究グループにより研究を遂行しました。
1) 松田浩珍教授ら東京農工大学大学院農学研究院研究グループ(実験の立案実施を含め研究を主導)
2) 近藤昌敏医師ら東京都立小児総合医療センター研究グループ(未熟児網膜症患者の血液を提供)
3) Peter D. Arkwright教授英国マンチェスター大学小児科研究グループ(研究遂行のメインアドバイザー)
4) 森泰生教授ら京都大学大学院工学研究科研究グループ(疾患モデル動物実験を分担)
5) 樗木俊聡教授ら東京医科歯科大学難治疾患研究所研究グループ(疾患モデル動物実験を分担)

研究成果 :マスト細胞は、アレルギー疾患を誘導する細胞として知られていますが、寄生虫などの感染に対しては生体防除的に働くこともあります。他方、近年の研究では、血管新生を誘導し、組織のリモデリングや慢性炎症、さらに発ガンにも関与することが明らかとなっています。今回、我々の研究グループは、酸素誘導性未熟児網膜症(OIR)における異常な血管の新生を伴う病態の形成に、マスト細胞の活性化が必須であることをマウスモデルによって初めて証明しました。研究成果は以下の通りです。OIRモデルは、超低出生体重児が分娩直後から集中治療を受ける間に大きな酸素濃度の変化にさらされることを模したモデルで、出生直後のマウスを通常酸素(20%)環境と高酸素(75%)環境で交互に飼育することによって、大きな酸素濃度の変化が生体に及ぼす影響を調べることのできるマウスモデル系です。マスト細胞欠損マウスでは相対的低酸素飼育環境においてもOIRを発症しませんが、マスト細胞を前もって移植しておくとOIRを発症するようになりました。これはOIR発症に、酸素濃度の変化だけではなくマスト細胞の存在が必須であることを示しています。また我々は、酸素濃度の大きな変化、特に相対的な低酸素状態に置かれることでマスト細胞が活性化されること、マスト細胞に発現するtransient receptor potential ankyrin 1チャネルがマスト細胞の酸素濃度変化のセンサーとして機能していることを証明しました。続いて、活性化マスト細胞から放出されたトリプターゼが網膜血管内皮細胞を刺激し、monocyte chemotactic protein-1 (MCP-1)を産生させ、このMCP-1により網膜血管の新生が促進されることを明らかにしました。そして、MCP-1の阻害剤やトリプターゼの中和抗体の投与によってOIRの発症が完全に抑制されました。さらに、未熟児網膜症患者(8症例)の血液中に高い濃度のトリプターゼが検出されました。OIRモデルを用いたこれらの新知見は、未熟児網膜症の病態発現機構の解明につながるものです。また、マスト細胞由来の因子に着目した診断技術や、マスト細胞を標的とした新奇治療薬開発の可能性を示しています(図1)。
 
今後の展開 :未熟児網膜症とトリプターゼの関連性を立証するため、東京都立病院、東京バイオマーカー・イノベーション技術研究組合及び日本革新創薬(株)と協力し、大規模な分析研究を立案し、現在実施中です。また、この成果に基づき、国内では東京都立病院、国外では英国マンチェスター大学にて、マスト細胞を標的とする薬剤を用いた介入試験を計画中です。

図1

図1

◆研究に関する問い合わせ◆
 東京農工大学大学院農学研究院
 動物生命科学部門 教授
     松田 浩珍(まつだ ひろし)
      TEL:042-367-5784  FAX:042-367-5916
    E-mail:hiro(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

プレスリリース(PDF:361KB)

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