カモシカはとってもグルメ?食物の選り好みを直接観察により解明

カモシカはとってもグルメ?
食物の選り好みを直接観察により解明

ポイント

  • 個体識別したニホンカモシカの採食行動を直接観察して食べ物の好みを検討しました。
  • カモシカは多様な植物を採食しましたが、その採食割合は個体ごとに異なっていました。
  • ただし、各個体の生活範囲に存在する植物の量から食べ物の好みを算出したところ、どの個体も消化しやすく高栄養な落葉広葉樹(葉・果実・冬芽)や広葉草本(葉・花)を好み、消化しにくいササやイネ科、針葉樹を嫌っていることがわかりました。
  • カモシカが良質な食物を選り好みして採食することと、個体ごとの食べ物の違いは生活範囲に生える植物の供給状況によって左右されることが示唆されました。
     

本研究成果は、日本の哺乳類学雑誌「Mammal Study」オンライン版に掲載(2月16日付)されました。
論文名:Diet selection of a solitary forest-dwelling ungulate, the Japanese serow (Capricornis crispus), in cool temperate forest
著者名:Hayato Takada*, Keita Nakamura, Masato Minami
URL:https://doi.org/10.3106/ms2023-0035


概要
 国立大学法人東京農工大学 農学部附属野生動物管理教育研究センターの髙田隼人特任准教授(当時 山梨県富士山科学研究所)と山梨県富士山科学研究所の中村圭太氏、麻布大学の南正人氏らの共同研究チームは長野県浅間山においてニホンカモシカ(以下、カモシカ)を対象に識別した個体の直接観察による食性(注1)の評価と環境中の食物供給量(注2)の評価をおこない、個体レベルでの食物の選り好みを解明しました。具体的には、カモシカは環境中の多様な食物を採食しましたが、その食性は個体ごとに異なりました。また、各個体の行動圏(注3)内に存在する植物の量や割合も異なりました。食物供給に対する食性から食物の選り好みを評価したところ、どの個体も消化しやすく高栄養な落葉広葉樹(葉・果実・冬芽)や広葉草本(葉・花)を好み、消化しにくいササやイネ科、針葉樹を嫌っていることがわかりました。また冬季にはシダの葉も好んで採食していることがわかりました。これらのことから、カモシカが良質な食物を好んで採食することと、個体ごとの食べ物の違いは行動圏内に生育する植物の供給状況に左右されることが示唆されました。

研究背景
 動物が生息環境の中からどのような食物を好むかは、その個体の生存や繁殖に直結するだけでなく、種の形態や社会システム、生活史の進化にも影響するため、生態学においてとても重要な研究トピックです。有蹄類(注4)では、生息環境に応じて異なる食物の好みが進化してきたと考えられています。草原など開放的な環境に群れで暮らす大型の種はイネ科草本などの消化しにくいものの豊富に存在する食物を選り好みせず大量に採食する傾向があるのに対し、森林などに単独で暮らす小型の種は消化しやすく高栄養な木本や草本を選り好みして採食する傾向にあると考えられています。ただし、森林に生息する単独性種はその観察の難しさから野外での食物の好みに関する研究がほとんど進んでいません。食物の選り好みを明らかにするためには、その動物が生息する環境中にどのくらいの食べ物が存在して(食物供給量)、そのうちのどの食物をどのくらい食べるのかを評価する必要があります。
 カモシカは日本の落葉広葉樹林帯を主な生息環境とする、典型的な単独性の有蹄類です。その食性については糞や胃内容物の顕微鏡分析により、落葉広葉樹などの木本が主食であることが示されてきました。ただし、糞や胃内容物は消化後もしくは消化途中のものであるため、これらを用いた評価は必ずしも実際の食性と一致しませんし、大まかな分類でしか食物を特定できません。さらに、個体ごとの食性の違いの評価も難しいです。一方、採食行動を直接観察して行う食性評価はデータの取得に多大な労力と時間がかかるものの、個体ごとのより詳細な食性の評価が可能です。そこで、本研究は個体識別したカモシカを対象に直接観察を行い、個体レベルでの食性を評価しました。加えて、各個体の行動圏内の食物供給量を調査し、個体レベルでの食物の好みを検討しました。

研究成果
 長野県小諸市に位置する浅間山麓の森林において(標高:1200~1645m、面積:210ha)、2012年10月から2014年5月にかけて毎月5~7日間、調査を実施しました。調査地に生息するカモシカを麻酔銃で捕獲し、VHF発信機を装着しました。発信機から発せられる電波をたよりにカモシカを捜索し、その行動を追跡しました。個体の発見位置と歩いた軌跡から行動圏を算出しました。また、個体の採食行動を観察し、なんの植物を何口食べたか(バイト数)を記録しました。各個体の行動圏内の食物供給量を推定するため、カモシカが食べられる範囲の植物を刈り取り(2㎥×20地点×3季節)、実験室に持ち帰って重量を計測しました。食物供給量に対する採食割合から食物の好みを検討しました。
 その結果、カモシカの採食行動を合計で5910バイト観察しました。カモシカは落葉広葉樹や広葉草本、シダ、ササ、イネ科、カヤツリグサ科、針葉樹など多様な食物を採食しましたが、その採食割合は個体ごとに違いがありました。ただし、食物の選り好みを評価したところ、どの個体も消化しやすく高栄養な落葉広葉樹(葉・果実・冬芽)や広葉草本(葉・花)を好み、消化しにくいササやイネ科草本、針葉樹を嫌っていることがわかりました。また落葉広葉樹や広葉草本が落葉する冬季には、緑のまま葉を維持するシダを好んで採食していることがわかりました。これらのことから、カモシカは生息環境の中から良質な食物を選り好みして採食していることが示唆されました(つまり、とってもグルメ)。また、個体ごとの食性の違いは行動圏の中に生えている植物の供給によって左右されることが示唆されました。
 カモシカが良質な食物を好んで食べていることは以前から指摘されてきましたが、このことを実証するデータは示されてきませんでした。本研究では地道な直接観察を長期的におこなったことにより、このことを野外で初めて実証しました。これは観察のとても難しい森林に生息する単独性有蹄類の食物の選り好みを初めて明らかにした研究です。さらに、個体レベルで食物の選り好みを評価したことにより、食性の個体差を生み出す要因にアプローチすることが出来ました。

今後の展開
 前述のように、個体がどのような食物を食べるかはその個体の生存や繁殖に直結すると考えられます。カモシカの場合は、自分の行動圏に生える植物の供給が食性に強く影響することから、どのような環境に行動圏を構えるかが個体の生存と繁殖の成功に強く影響している可能性があります。今後は食性の個体差が生存や繁殖にどのように影響しているのかを検討していく必要があります。
 一方、近年カモシカの個体数は全国的に減少傾向にあり、一部の地域では絶滅が危惧されています。本研究は年間を通じて落葉広葉樹や広葉草本、冬季にはシダがカモシカの食物として非常に重要であることを示しました。カモシカの好むこれらの植物が健全に生育できる森林環境を守っていくことがカモシカの保全につながると考えられます。

用語解説
注1)動物がどのような食物を食べるかの習性のこと。
注2)動物の生活範囲に存在する食べ物の量やその組成。
注3)動物が普段生活する空間のこと。
注4)蹄を持つ動物群のこと。偶蹄目(牛や羊)と奇蹄目(馬やサイ)が含まれる。

 

図1:浅間山の森林に生息するニホンカモシカたちの個体名(ID)と採食の様子。
図2:浅間山の森林に生息するニホンカモシカの食性。M1-3は個体名を、Averageは3個体の平均を意味する。
図3:浅間山の森林に生息するニホンカモシカの食物の選択性(1以上だと選択、1より低いと忌避)。

 

◆研究に関する問い合わせ◆
 東京農工大学農学部附属野生動物管理教育研究センター
  特任准教授
  髙田 隼人(たかだ はやと)
    TEL:042-367-5826
    E-mail:takadah(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

 

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