〔2016年7月22日リリース〕昆虫はストレスを上手にかわす

昆虫はストレスを上手にかわす
~昆虫が持つ新しいストレス応答機構を発見~


国立大学法人東京農工大学大学院 農学研究院 生物生産部門の天竺桂 弘子 講師と、カンザス州立大学Michael R Kanost教授を中心とする研究グループは、コクヌストモドキ(注1の抗酸化酵素の働きをRNA干渉(注2という手法で抑制したところ、体表のメラニン化という別の抗ストレス応答が起こることを新たに発見した。この成果はこれまで報告されていたストレス応答の分子メカニズムの解明に役立つだけでなく、昆虫が様々な環境下で生存できる能力を獲得できた理由の解明にも繋がることが期待される。

本研究成果は、英国の科学雑誌Scientific Reportsオンライン版7月8日に掲載されました。
http://www.nature.com/articles/srep29583

現状:昆虫は環境変化に素早く適応できる能力をその体構造や生理代謝機構において進化させた結果、地球上で大繁栄できたと考えられている。その適応システムのひとつとして、ストレスを受けた際に発生する多量の活性酸素を素早く処理できる能力がある。昆虫はヒトなど他の生物と同様の活性酸素処理システムも持つが、その詳細についてはよく分かっていなかった。昆虫がストレス因子をどのようにかわすのか、生体内のいずれの分子群を利用しているのかを明らかにすることができれば、昆虫の環境適応戦略の仕組みの一端に迫ることができる。

研究体制:本研究は国際共同研究として東京農工大学およびアメリカ・カンザス州立大学で実施された。

研究成果:カンザス州立大学が保有するモデル昆虫の1種であるコクヌストモドキ(Tribolium castaneum) GA-I系統を用い、ミトコンドリアにおいて活性酸素を除去する働きのある酵素、スーパーオキシドジスムターゼ2(SOD2)に着目し、その働きをRNA干渉という手法で抑制した。コクヌストモドキSOD2抑制個体は、抑制していない個体と比較して酸化ストレスに脆弱になるばかりでなく運動能力が低下し、短命になった。ただし、その短命化は他の生物の場合と比較して緩やかであった。さらに成虫羽化したSOD2抑制個体では、体色が黒化し(図1)、メラニン合成に関与する遺伝子の発現が上昇した。メラニンには活性酸素を除去する働きがあることが報告されていたが、生体内においてストレスが増加した場合にその合成が誘導されることはこれまで知られていなかった。コクヌストモドキの体色の黒化はメラニンによるものと予測され、研究チームはこれまで知られていなかったストレスに対峙した場合に生体を保護するために働くストレス応答の補完機構を発見した。

今後の展開:研究チームが発見したコクヌストモドキのストレス処理の補完機構は、種を超えて保存されたSOD2の機能の解明に役立つだけでなく、昆虫が様々な環境下で素早く適応できる能力を進化出来た分子メカニズムの解明にも寄与できる。

掲載論文:Hiroko Tabunoki, Maureen J Gorman, Neal T Dittmer, Michael R Kanost. “Superoxide dismutase 2 knockdown leads to defects in locomotor activity, sensitivity to paraquat, and increased cuticle pigmentation in Tribolium castaneum”
Scientific Reports 6:e29583, (2016)

注1:コクヌストモドキは小麦貯穀害虫として知られる昆虫である。近年コクヌストモドキのゲノム情報が解読されたこと、RNA干渉の効果が得られやすいことから、モデル昆虫として広く利用されている。
注2:人工的に合成した二本鎖RNAを生物体内や細胞に注入し、目的とする遺伝子の発現を抑制する方法。

図1コクヌストモドキの表現型
A; 抑制していないコクヌストモドキ, B; SOD2抑制コクヌストモドキ成虫
本研究ではストレスに対峙した場合に生体を保護するために働くストレス処理の補完機構を発見した。

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院・農学研究院
講師 天竺桂 弘子(たぶのき ひろこ)
TEL/FAX:042-367-5613

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