2014年11月10日 (最新研究の紹介)燃料電池の発電効率向上に向けて

最新研究紹介
「燃料電池の発電効率向上に向けて~水素イオンの高速移動経路の創成~」 研究者:工学研究院生命機能化学部門 助教 一川尚広

国立大学法人東京農工大学で行われる最新の研究をご紹介します。

大学院工学研究院生命機能科学部門の一川尚広 助教は、分子の集合挙動を巧みに制御することにより『水素イオンが高速に移動できる立体的・連続的な経路』を創成する研究を行っています。三次元周期的な面構造であるため、欠陥や断絶部分を迂回して移動することが可能であり、電解質内の電気抵抗の低減が期待でき、将来的には既存の燃料電池電解質に代わる材料として期待できます。
なお、この研究は、平成26年9月、独立行政法人科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(さきがけ)に採択されました。

◆一川助教のこれまでの研究
分子構造を巧みに設計することで、その自発的な集合挙動を制御し、多彩なナノ周期構造を創成してきた。中でも、三次元的周期的に連続して広がる界面(注1)構造を生み出す自己組織性(注2)材料の開発に成功し、更に、この『界面』が物質を輸送する『場』として高い可能性を秘めていることを見出した。
◆採択課題等について
独立行政法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「超空間制御と革新的機能創成」研究領域(2014 年~)
◆研究キーワード
ジャイロイド界面、自己組織性材料、イオン液体、水素イオン
◆その他一川助教について
東京農工大学研究者プロフィール(別リンクで開きます)をご覧ください

図1 鞍型構造の形成メカニズム

図2 ジャイロイド界面を有する立方構造

現状:自動車や携帯電子機器などへの応用で注目されている固体高分子形燃料電池(PEFC)において、発電能を左右する重要な中枢部分は電解質の性能です。現在、パーフルオロスルホン酸ポリマー系電解質膜が広く用いられていますが、フッ素系高分子がベースであるため材料設計の際に適応できる合成反応が限られ、水素イオン伝導能の向上や耐劣化性の改善を目指した改良は容易ではありません。近年、新規電解質の開発を目指し、芳香族主鎖型ポリマーの利用・ブロックポリマー設計・自己組織性分子を駆使した材料設計などが注目を集め始めています。

研究体制:東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の一川尚広助教が、さきがけ研究課題「三次元Gyroid極小界面を用いたプロトン伝導性空間の創成」を今年10月から推進し、既存の材料に代わる新しい燃料電池電解質の構築を目指します。

研究実績:ある平らな板状構造の上面と下面が、直交した方向に収縮すると鞍型の構造を形成します(図1)。このような現象は、例えばポテトチップスでも見られ、これは板状のジャガイモを油で揚げることで表面が収縮することによりこのような鞍型構造を形成します。この鞍型構造を三次元的に連結していくと、"ジャイロイド(Gyroid)界面(図2)"という数学的にも興味深い周期曲面構造を得ることができます。一川尚広助教は、分子設計技術を駆使して分子集合体レベルでこのような界面構造を創成できれば、新たな機能材料開発の礎となりうると考え、研究を推進中です。これまでの研究で、自己組織性の双性イオン(1分子内に正電荷と負電荷の両方を持つ分子)を設計・合成し、それらの分子集合挙動を調べてきました。これらの検討の中で、イオン液体(注3)様のイオンペアを形成すると共に自発的に精緻な集合構造を形成する分子を設計することに成功しました。X線測定等を用いて構造解析したところ、ジャイロイド界面を有する立方構造(一辺が8 ~10 nmレベルの極小サイズ)であることがわかりました。更に、この界面は水素イオンなどの物質伝導場として大きな可能性を有していることを世界に先駆けて報告してきました。これはジャイロイド界面が三次元空間的に連続して広がる周期極小曲面であり、曲面上の任意の点において平均曲率がゼロの連続した鞍型曲面から形成されているためだと考えられます。

研究内容と将来展望:ジャイロイド界面は魅力的な界面構造であるが、この界面を生み出す自己組織性分子を設計することは容易ではありません。この界面構造をナノレベルの周期性で自在に創り出す方法論を確立することができれば、ナノテクノロジーの発展の一助となることが期待されます。1945年にノーベル物理学賞を受賞したパウリ博士の "God made solids, but surfaces were the work of the Devil"(固体は神の産物であるが、界面は悪魔が創った)という言葉の通り、界面にはまだまだ未知の要素が多く、無限の可能性が期待されています。本研究は、ジャイロイド界面を物質輸送場として積極的に利用しようというものであり、また、"イオン液体"という未だに謎の多い材料を用いて特異な界面を生み出そうというものであり、機能界面科学に大きなブレイクスル―をもたらすことが期待されます。また、水素イオンを高速に輸送する空間を生み出し電流の流れやすい燃料電池電解質として応用しようというものであり、将来的には次世代エネルギーデバイスの開発における小型化・軽量化・耐久性向上など多彩な改善の実現に貢献することが期待されます。

注1)界面
固体、液体または気体からなる相が他の相と接しているときにおける境界。
注2)自己組織性
ある種の分子がイオンや溶媒の助けを経て、自発的に精緻な秩序構造を形成すること。
注3)イオン液体
100℃以下の温度で液体として存在する有機塩(えん)

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