2014年3月13日 多孔質粒子を「一段階で簡便に」作製する新技術を開発

多孔質の粒子を「一段階で簡便に」作製する新技術を開発 ~肺から投与する薬物キャリア(薬の運び屋)としての医療応用に期待~

東京農工大学大学院工学研究院応用化学部門の村上義彦准教授と同大学院博士課程在学中の高見拓の研究グループは、「多孔質粒子を一段階で簡便に作製する新しい粒子作製技術」を開発しました。通常、疎水性高分子を溶解した有機溶媒と水を混ぜるだけでは「(粒子の)表面に穴がまったく存在しない」粒子しか得られない、というのが従来の常識でしたが、撹拌条件を最適に制御することにより、表面に穴が多数あいた粒子(多孔質粒子)を形成させることが可能であることを、世界で初めて実証しました。本技術は、従来の方法では二段階の形成プロセスが必要であった多孔質粒子を、「一段階で」「簡便に」得ることができる新技術であり、低コスト・低エネルギーの次世代の機能性粒子作製技術としての展開が期待されます。

本研究成果は、アメリカ化学会のLangmuir電子版(別リンクで開きます)に2014年3月6日に掲載されました。

現状:経肺投与のための薬物送達システム(ドラッグデリバリーシステム、DDS)は、薬物(あるいは薬物の入れ物である薬物キャリア)を吸入して肺へ薬物を送達する手法です。経肺投与DDSは、「表面積が大きく毛細血管が豊富に存在する肺胞を利用するため、薬物の吸収効率が高い」「特に肺疾患に対しては、患部に薬物を直接送達することができるため治療効果が高い」「痛みを伴わない」などの利点から、有望な投薬方法としての発展が期待されています。経肺投与DDSに適した薬物キャリアの条件としては、(1) 粒子径が1~5 μm程度である(1 μm以下:呼気によって排出される、5 μm以上:気道に沈着する)、(2) 粒子密度が低い(吸気の流れに乗りやすい)、(3) 粒子表面の分子修飾が容易である(生体への吸収率向上のために、生体適合性分子や生体と相互作用を示す分子で表面修飾が可能)等を満たす必要があります。しかしながら、これらの条件を満たす粒子の調製は難しく、経肺投与DDSの発展を妨げる大きな一因となっていました。

研究成果:本研究グループでは、「疎水性高分子と高分子乳化剤(注1)を溶解した有機溶媒」と「水」とを混合する簡便なプロセスによる、「表面に高分子が導入された機能性高分子粒子」の製造方法の開発に取り組んできました。その研究過程において、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて粒子を詳細に検討することにより、「多孔質粒子」が「一段階で」「簡便に」得られることを発見しました。この従来の常識を覆す「予想外」の粒子の形成は、o/wエマルション(注2)の油滴の中にw/oエマルションが自発的に形成する「自己乳化」現象に起因すると考えられます。今回得られた多孔質粒子の密度は非常に低いため、肺の気道に送達される薬物キャリアとして極めて適しています。さらに、高分子乳化剤によって粒子表面の分子修飾が容易であることからも、従来の経肺投与DDS用薬物キャリアの問題点を解決することができます。
一般に、「疎水性高分子と乳化剤を溶解した有機溶媒」と「水」を混合しても、「表面が滑らかな粒子」しか形成されません。従来の報告では、粒子を調製する際には、毎分15,000~30,000回転という非常に速い撹拌速度が検討されていました。それらの従来の研究に対して、本研究では毎分8,000回転という比較的遅い撹拌を用いて撹拌を試したところ、粒子の表面に穴が多く生じる現象の発見・解明に至りました。

今後の展開:今回の研究成果によって、多孔質の粒子を「一段階で」「簡便に」形成する技術の開発に成功しました。本技術は、従来の方法よりも機能性粒子を低コスト・低エネルギーで作製する技術としての発展が期待されます。さらに本技術は、粒子を利用する幅広い研究領域(バイオ・医療材料、電子材料、光学・分子デバイス)への波及効果も高いと考えられます。特に医療領域においては、従来は調製が困難であった経肺投与DDSに適した薬物キャリア(粒子径が1~5 μm程度であり、粒子密度が低く、粒子表面の分子修飾が容易である)が簡便に得られるようになります。すべての薬物の投薬ルートとして比較しても、経肺投与DDSは非常に魅力的です。また、強い鎮痛剤を経口投与できない患者にも適応可能な技術として確立できれば、末期癌の痛みの治療や、薬を飲み込むことができない患者への手術前および手術後の鎮痛剤投与なども可能となります。本技術によって、「血中投与・経皮投与・経口投与にはない利点を有するものの、薬物キャリアの設計が困難であった経肺投与DDS」の発展に大きく貢献できます。


注1)乳化剤
水と油のような本来混じり合わないものどうしの境界面で働いて、均一な状態を作る作用を有する物質。
注2)エマルション
互いに混じりあわない液体を混合して、一方が小滴となって他方に分散している状態の液体全体のこと。水滴が油中に分散している液体をw/oエマルション(water-in-oil エマルション)、油滴が水中に分散していいる液体をo/wエマルション(oil-in-waterエマルション)と呼ぶ。

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