メスの野生ツキノワグマの一生を探る ~個体群レベルの繁殖と死亡を定量的に評価~

メスの野生ツキノワグマの一生を探る
~個体群レベルの繁殖と死亡を定量的に評価~

ポイント

  • メスの野生ツキノワグマの繁殖と死亡に関わる情報を明らかにしました。
  • 初めて子育てに成功する年齢は5.44歳、子育ての成功は2.38年間隔であることがわかりました。
  • 一度に産む子の数は平均1.58頭で、2歳から出産が可能と推定されました。
  • 1歳以上の年間自然死亡率は10.8%であったのに対し、生後半年までの死亡率は高く、23.5%と推定されました。
本研究成果は、日本の哺乳類学誌(英語:Mammal Study(略称:Mamm. Stud.))オンライン版(7 月 21 日付)に掲載されました(オープンアクセス)。
掲載誌:Mammal Study
論文名: Demographic Parameters of Asian Black Bears in Central Japan
著者名:Kahoko Tochigi, Sam M.J.G. Steyaert, Keita Fukasawa, Misako Kuroe,
Tomoko Anezaki, Tomoko Naganuma, Chinatsu Kozakai, Akino Inagaki, Koji Yamazaki, Shinsuke Koike
URL:https://doi.org/10.3106/ms2022-0034 


概要

 国立大学法人東京農工大学大学院連合農学研究科の栃木香帆子大学院生(博士課程3年)、同大学院グローバルイノベーション研究院の小池伸介教授(兼任 東京農工大学農学部付属野生動物管理教育センター)、ノルウェーのノード大学のSam Steyaert准教授(兼任 東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院・特任准教授)、国立研究開発法人国立環境研究所の深澤圭太主任研究員、長野県環境保全研究所の黒江美紗子研究員、群馬県立自然史博物館の姉崎智子主幹(学芸員)、東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科の山﨑晃司教授らの国際共同研究チームは、日本の本州中部に生息するツキノワグマ個体群の繁殖と死亡に関する情報のうち、初めて5つの情報(初育児成功年齢、育児成功間隔、自然死亡率、人為死亡率、0歳の子の死亡率)を定量的に明らかにしました。特に、死亡率はこれまで未知の情報であったことから、個体群の動向の予測などに応用されることで、ツキノワグマ個体群の保全や管理においても重要な知見となることが期待されます。

研究背景
 野生動物の生活史(注1)パラメータとは、ある動物が繁殖する頻度、一度や生涯に産む子の数、繁殖が可能な年齢、死亡率、寿命などの、動物が生まれてから死ぬまでの様々なライフイベントを定量的に示す数値です。生活史パラメータは、野生動物の生息数やその変動を推定する際の重要な根拠となります。そのため、絶滅の危機に瀕していたり、人間社会との軋轢が存在する野生動物を保全し、管理する政策を決定していく上で非常に重要な情報となります。また、同じ種の動物であっても生息する地域によって環境条件が異なるため、生活史パラメータも異なる可能性があり、各地域で各動物種の生活史パラメータを算出する必要があります。
 日本に生息するツキノワグマ(以下、クマ)は森林に生息するため直接観察することが難しく、繁殖に関する情報については断片的な報告があるのみでした。また、クマは寿命が長く、ある個体の生活史パラメータ(特に死亡に関する情報)を把握するには長い時間を要します。そのため、これまでクマの個体群(注2)単位の生活史パラメータについては明らかにされていませんでした(図1)。一方、日本の多くの地域ではクマの分布域が拡大しており、市街地への出没が増加し、人間社会との軋轢が問題になっています。今後のクマの保全や管理の方針を決めていくうえでも、個体群レベルの生活史パラメータ情報は不可欠となります。
 そこで本研究では、日本の本州中部に生息するクマの越後・三国個体群(図2)に着目し、生活史パラメータを明らかにしました。具体的には、繁殖情報を5つ(初育児成功年齢、育児成功間隔、産子数、出産できる最低年齢と最高年齢)と、死亡情報を3つ(自然死亡率、人為死亡率、0歳の子の死亡率)の推定を行いました。

研究成果
1.繁殖に関する情報
 2005年から2019年にかけて、群馬県・栃木県・長野県において有害駆除などで捕殺され、各県の試験研究機関が回収したメスのクマの歯(132個体)と子宮(88個体)の標本を材料として用いました。歯の年輪幅(注3)から、各個体が生まれてから死ぬまでの間に育児に成功した年齢を推定し、その間隔を測定しました。また、子宮の胎盤痕(注4)から一度に出産した子の数(産子数)を推定するとともに、胎盤痕が確認された個体の年齢から出産した最低年齢と最高年齢を求めました。
 解析の結果(表1)、初めて育児に成功した年齢は平均で5.44歳、育児が成功する年の間隔は2.38年でした。また、出産1回当たりの産子数は1.58頭で、出産は2歳から20歳の間で確認されました。
 初育児成功年齢は、多くの個体が性成熟すると考えられている年齢(4歳)と近い数値を示しており、性成熟後間もなく子を産む母親でも育児に成功する確率が高いことを意味しています。さらに、育児に成功する年の間隔は、一般的に母親と子の一緒にいる期間が1.5年と言われているものの、それよりも1年長く推定されました。つまり、母親は子別れしてもすぐに繁殖に成功するとは限らない可能性が考えられます。また、出産1回当たりの産子数(1.58頭)は他の地域での先行研究と近い値を示し、1回の出産でおおよそ1頭ないし2頭を出産していることが明らかになりました。
 また、先行研究では2歳で性成熟する個体も非常に少ないものの確認されており、18歳で子を連れていた個体の観察例もあります。そのため、2歳で出産する個体も存在し、その後20歳近くまでは出産が可能であるとされる本結果は、先行研究とも矛盾していません。

2.死亡に関する情報
 群馬県と栃木県にまたがる足尾・日光山地で実施されている長期研究プロジェクトにおいて、2003年から2021年にかけて研究目的で学術捕獲(注5)されたメスのクマの情報(1歳~21歳の43個体)を用いました。具体的には、捕獲された記録や死亡した記録から年間の自然死亡率と人為死亡率を求めました。さらに、子は産まれた直後の夏までの半年間は、オスによる子殺しによる死亡リスクが高いことを考慮し、観察情報などをもとに、別途生後半年の間の死亡率の推定も行いました。
 解析の結果(表1)、自然死亡率は10.8%、人為死亡率は0.5%と推定され、生後半年までの死亡率は23.5%でした。この結果より、1歳以上の自然死亡率は0歳の子の死亡率よりも低く、生後半年間は死亡リスクが高いことが数値的にも明らかになりました。また、自然死亡率に比べて人為死亡率が著しく低かった理由としては、本調査地の大部分は山間部であり人間の生活圏から離れた場所に位置しているため、人間とクマとの間の軋轢が小さいことを反映した結果であると考えられます。


今後の展望
 本研究では行政によって収集されてきた有害駆除などで捕殺されたクマから得た標本(歯・子宮標本)情報と、野外における長期間の研究プロジェクトの中で蓄積されてきた個体単位の情報を組み合わせることで、これまで明らかにすることのできなかったクマの生活史の一端を垣間見ることができました。本結果は、寿命が長く、広い範囲を行動する大型哺乳類の基礎的な生態情報を把握するためには、長期的かつ計画的なデータの収集とそれらの有効活用、そして行政と研究者との連携や各研究機関の間の連携が鍵となることを示しています。
 しかし、本研究では明らかにできなかった情報もあり、人為死亡率については日本の多くの地域のクマの状況を反映していない可能性があります。例えば今回用いた歯の標本は、自然死亡個体ではなく駆除で捕殺された個体由来であるため、クマが一生のうちでどのくらいの数の子を産むのか、自然寿命はいつか、といった情報については明らかにできませんでした。また、日本のクマの生息地の大部分では、人間活動との軋轢により多くのクマが駆除されています。そのため、それらの地域でのクマの人為死亡率は、今回の結果よりも大幅に高い可能性があります。
 将来的には、野外での長期研究プロジェクトを継続、発展させて他の生活史パラメータを解明し、他の地域においても駆除個体から個体群の実態の把握に有益な情報を収集する体制が整備され、実際の政策決定に活用されていくことで、クマの個体群動態(注6)の解明のみならず、クマの保全や管理に大きく寄与することが期待されます。
 本研究はJSPS科研費20J21115、19H02990からの助成を受けたものです。

用語解説
注1)生物が生まれて成長、繁殖し、死に至るまでの過程。生物が周囲の環境にどのように適応してきたかを反映している。
注2)まとまった空間(地域)に生息する同種の生物の集まり。同じ種であっても地域によって異なる生活環境に適応して生活していることが多いため、各地域個体群では特有の生活史を持っている傾向がある。
注3)歯の歯根部のセメント質に形成された成長線(年輪)は個体の年齢と一致し、その年輪の間の幅は個体の栄養状態によって変化する。ツキノワグマではオスによる子殺しのリスクが低くなる夏以降まで子育てを行うことができた年には、授乳などによりメス自身の栄養状態が低下することで年輪幅が狭くなる。
注4)子宮の胎盤が着床によって形成され、出産とともに胎盤がはがれ落ちることで残る痕。一度に出産した子の数と近い値をとる。
注5)研究プロジェクトでは、行動追跡調査などを目的とした捕獲を行っており、捕獲後はクマの生態・生理情報を取得し、GPS受信機搭載の首輪を装着した後その場で放獣を行っている。
注6)個体群を構成する個体の数の経年変化。

図1.メスのツキノワグマの生活史
オレンジ色は繁殖、灰色は死亡イベントを示す。本研究では、「出産」、「子育て」、「生後半年までの死亡」、「生後半年以降の死亡」のイベントに着目している。
図2.日本におけるツキノワグマの分布域(左の図:灰色)と越後・三国個体群の位置図(右の図:赤色)

 

表1.越後・三国個体群のツキノワグマの生活史パラメータ

  平均値   95%信頼区間 最小値~最大値 
 初育児成功年齢  5.44歳  5.02~5.87  4~11歳
 育児成功間隔  2.38年  1.50~3.37  1~6年
 出産1回あたりの産子数   1.58頭  1.40~1.76  1~3頭
 出産可能な最低年齢/最高年齢   2歳/20歳    
 1年あたりの自然死亡率   10.8%  6.4~17.4  
 1年あたりの人為死亡率    0.5%  0.2~2.1  
 生後半年の間の死亡率   23.5%  8.0~46.5  

 

 

◆研究に関する問い合わせ◆
国立大学法人 東京農工大学
大学院グローバルイノベーション研究院 
教授  小池 伸介(こいけ しんすけ)
E-mail:koikes(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

◆報道に関する問い合わせ◆
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