2015年1月9日 細胞壁リグニンの分子構造を変える新しい方法を開発

細胞壁リグニンの分子構造を変える新しい方法を開発

★ポイント
木材などのバイオマス資源を利用する際のリグニンの分解や除去には、大量のエネルギーや化学薬品が使われている。
細菌の遺伝子を利用し、分解しやすいリグニンをシロイヌナズナへ導入することに成功した。
格段の分解性を備えた植物バイオマス創成へ向けた第一歩になると期待される。

JST 戦略的創造研究推進事業において、東京農工大学の梶田 真也 准教授らは、植物の細胞壁に多量に蓄積するリグニン 注1) を、より分解しやすい構造に改変するための新しい技術を開発しました。
リグニンは、植物の細胞壁に含まれる複雑な構造をした高分子(芳香族ポリマー)です。木材などからパルプや化成品原料になるセルロースなどを取り出す際、リグニンを部分的に分解して取り除く必要があります。現在の高温高圧条件下でアルカリや酸を使う処理方法では莫大なエネルギーを消費します。また、リグニンを取り出しやすくする遺伝子工学技術が研究されてきましたが、リグニンを改変した植物が正常に育たないという問題がありました。そのため、生育に影響を及ぼさない新しいリグニン改変技術の開発が望まれていました。
本研究グループは、リグニンを分解するバクテリアSphingobium(スフィンゴビウム)sp.SYK-6株を単離し、分解反応に関わる遺伝子を網羅的に解析しました。その結果、このバクテリアには、植物がリグニンを合成するために持っている代謝経路を改変するために有効な遺伝子がいくつも存在することが明らかになりました。今回、そのうちの1つであるLigD遺伝子を植物に導入し、植物の生育に影響を及ぼすことなく、リグニン分子に特徴的なβ-O-4型構造 注2) の一部を改変することに成功しました。これにより、アルカリ反応液中でリグニンの分解性が向上することが期待されます。
この技術をさらに発展させ、分解性の高いリグニンを植物に蓄積させることができると、リグニンの除去に必要なエネルギーや薬品の消費を格段に減少させることで、植物からバイオ燃料やバイオプラスチックを作る際に大気中へ排出される二酸化炭素の大幅な抑制が期待されます。
本研究は、長岡技術科学大学 政井 英司 教授、森林総合研究所 菱山 正二郎 主任研究員、理化学研究所 菊地 淳 チームリーダーらをはじめとして、国内外の複数の研究機関に所属する研究者と共同で行ったものです。

本研究成果は、2015年1月9日(日本時間)に英国科学誌「Plant Biotechnology Journal」のオンラインに公開されます。

図1 植物細胞壁の構造
植物の細胞壁は、中間層を含む薄い一次壁とその内側に生成する厚い二次壁に大別されます。二次壁には多糖類であるセルロースやヘミセルロースに加え、リグニンが沈着し、植物の体制維持、水分の通導、病虫害に対する耐性などに重要な役割を果たしています。

図2 低分子のリグニンを分解することができるバクテリアSphingobium sp.SYK-6株とリグニン分解に働く酵素LigD
SYK-6株は、多様な低分子リグニンを分解して生育することができる、極めてユニークな性質を持つバクテリアです。研究クループの政井らはこのバクテリアの全ゲノムを解析し、リグニン分解に関与する遺伝子を既に40個以上単離しています。今回は、その中の1つLigD遺伝子を植物へ導入しました。

図3 LigDによるリグニン改変の原理とその効果
LigDは、リグニンに含まれる結合様式の中で最も多く存在するβ-O-4型構造を認識し、そのベンジル位を酸化する酵素です(Aで青く色を付けたエーテル結合をβ-O-4型結合と呼びます)。LigDを発現する植物では、リグニンのベンジル位が酸化され、部分的にケト型構造が作られます(B)。ケト構造を持つリグニンのβ-O-4結合は、アルカリ性の反応液中で分解されやすく、結果としてリグニンの分解性が向上します(CとD)。分解性の向上は、リグニン分離工程に必要なエネルギーや薬品の消費を抑制することにつながります。また、リグニンの分解性を高めることで、反応温度や反応に使うアルカリの濃度を下げることができるため、結果として多糖の過度な分解を防ぐことにつながり、セルロースなどの回収率が向上します。

<用語解説>
注1)リグニン
植物の細胞壁の主要な構成成分であり、細胞壁を固く丈夫な構造に保つためのポリマー。

注2)β-O-4型構造
リグニン分子内の全結合様式の50~70%を占めるエーテル結合。植物細胞におけるリグニンの重合過程では、モノマーの側鎖β位と隣接するモノマーの芳香核4位の間が連続的に連結して高分子化する。

CONTACT