人の超稀少疾患をホワイトライオンで発見 - アポC-IIIアミロイドーシスはライオンの老年病か -

人の超稀少疾患をホワイトライオンで発見
- アポC-IIIアミロイドーシスはライオンの老年病か -

 国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院動物生命科学部門の村上智亮准教授らの研究グループは、国内のサファリパークで死亡した高齢のホワイトライオン4例を病理学的に検索し、アポC-IIIアミロイドーシスを同定しました。アポC-IIIアミロイドーシスはフランスの一家系でのみ報告されている極めて稀な人の遺伝病であり、人以外の動物で発見されたのは今回が初めてです。人では症例数が少ないために病態機序に関する考察が困難でしたが、今後ライオンの自然発生症例を比較解析することで、本疾患の病理メカニズムがより詳細に明らかになることが期待されます。

本研究成果は、Veterinary Pathology(2月12日付)に掲載されました。
論文タイトル:Apolipoprotein C-III amyloidosis in white lions (Panthera leo)
URL:https://doi.org/10.1177/03009858241230100

現状
 アミロイドーシスは、生体由来の蛋白質の誤った折りたたみによって生じる「アミロイド」が様々な組織に沈着することによって引き起こされる疾患グループであり、原因となる蛋白質の違いによってアルツハイマー病やAAアミロイドーシスなど、人では42病型に分類されています。このうち、アポリポ蛋白質C-III(アポC-III)アミロイドーシスは、アポC-IIIの遺伝子変異によって生じる遺伝病です。この疾患は極めて稀で、これまでフランスの一家系で報告されているのみです。患者数が非常に少ないため、まだ病気のしくみについて不明な点が多く、治療法も確立されていません。動物での知見が人に役立てられれば良いのですが、本疾患は人以外の動物では見つかっていませんでした。

研究体制
 本研究は、東京農工大学農学部共同獣医学科の小林夏海氏、同農学府共同獣医学専攻の岩出進氏、岡山理科大学獣医学部獣医学科の福井啓人氏および宇根有美教授、東京農工大学スマートコアファシリティー推進機構の伊藤喜之特任准教授および久田美貴研究員、東京農工大学大学院農学研究院動物生命科学部門の村上智亮准教授により実施されました。また、本研究はJSPS科研費(23H02380)、JST産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)の助成を受けて実施されました。

研究成果
 研究チームは日常的に様々な動物の病理検査を進める中で、国内の飼育施設にて19歳で死亡したホワイトライオンにて、腎臓の皮髄境界部への重度のアミロイド沈着を特徴とする全身性アミロイドーシスが生じていることを発見しました。このアミロイド沈着パターンはこれまで報告が無いものだったため、次いで免疫組織化学および質量分析法を用いたプロテオーム解析を実施し、アミロイドの原因がアポC-IIIであることを同定しました。ホワイトライオンにおける本疾患の発生状況を調べるため、過去に死亡した5頭のホワイトライオンを遡って再検査したところ、0.5歳と10歳の個体は陰性でしたが、19~21歳のホワイトライオン3頭が同じ病態を発症していました。
 人のアポC-IIIアミロイドーシスでは、遺伝子変異によってアポC-IIIの25番目のアミノ酸残基がアスパラギン酸からバリンに置換することが病態形成に繋がると考えられています。研究チームはアミロイドーシスを発症したホワイトライオンと発症しなかったホワイトライオン、さらにノーマルカラーのライオンの遺伝子を比較し、変異の有無を調べました。しかしながら、アポC-III遺伝子の違いは見つかりませんでした。これらの結果は、ライオンのアポC-IIIアミロイドーシスが、人とは異なり、遺伝性疾患ではなく加齢性疾患である可能性を示唆しています。
 次に研究チームは、ライオンと近縁種であるユキヒョウ、ヒョウ、トラとのアポC-IIIのアミノ酸配列を比較しました。興味深いことに、ユキヒョウ、ヒョウ、トラのアポC-IIIが30番目にメチオニン残基を持っている一方、ライオンでは同残基がバリンに置換していたのです。人のアポC-IIIアミロイドーシスでは、25番目のアミノ酸置換によってアポC-IIIの脂質結合能が低下し、アポC-IIIの構造安定性が損なわれ、アミロイド形成につながると考えられています。ライオンのアポC-IIIも同様に、脂質との結合性が低いために、加齢とともにアミロイドとなって蓄積していくのかもしれません。

今後の課題
 獣医療や飼育環境の向上に伴い、飼育動物の寿命は延長し続けています。動物たちの寿命が延びることは喜ばしいことですが、その一方で、野生下ではほとんど発生することが無かったはずの“長寿のもたらす病気”が新たに顕在化し始めています。加齢に伴う脳へのアミロイドβの蓄積は人を含めた様々な動物で以前から知られていますし、最近ではニホンリスが加齢性にフィブリノゲンα鎖アミロイドーシスを発症することが報告されました。長寿化と老年病は切っても切れない関係であり、飼育動物における加齢性アミロイドーシスについては、今後も継続的な監視が必要そうです。

 

 

図1:ホワイトライオンの腎臓におけるアミロイド沈着の組織写真 横方向に伸びるピンクの帯がアミロイドです。
図2:ライオンのアポC-IIIの構造予測 ピンクでマークした部分が30番目のバリン残基です。

 ◆研究に関する問い合わせ◆
   東京農工大学大学院農学研究院
    動物生命科学部門 准教授
     村上 智亮(むらかみ ともあき)
       TEL:042-367-5883
     E-mail:mrkmt(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

     

   プレスリリース(PDF:474.4KB)

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