ガラス表面へのナノ周期構造形成を光で検出できる技術を開発~光学部品に新しい機能付加の可能性~

ガラス表面へのナノ周期構造形成を光で検出できる技術を開発
~光学部品に新しい機能付加の可能性

ポイント

  • 近赤外のフェムト秒レーザーパルスをガラス表面に集光照射したときに形成されるナノ周期構造を、レーザー照射中にリアルタイムで検出できる技術を開発した。
  • 本技術は、蛾の眼(モスアイ)のように、ナノ周期構造が誘起する無反射特性を利用した。
  • 使用した部品は光学顕微鏡に使われているものと同じであるため、光学系は簡素であり、低コスト。
  • 本技術は、新しい機能を持った光学部品・電子光デバイス製造に利用できる。

本研究成果は、第83回応用物理学会秋季学術講演会にて口頭発表されます。
論文名:フェムト秒レーザーによるガラス表面ナノ周期構造形成の無反射特性を利用したその場観察
講演番号:22p-C301-15
発表日:2022年9月22日
著者名:長井 大輔、高田 英行、奈良崎 愛子、宮地 悟代

概要
 国立大学法人 東京農工大学 大学院工学研究院 先端物理工学部門の宮地 悟代 准教授と国立研究開発法人 産業技術総合研究所 電子光基礎技術研究部門 先進レーザープロセスグループの奈良崎 愛子 研究グループ長の研究チームは、同大学院博士前期課程2年生兼同研究所リサーチアシスタントの長井 大輔 氏、同研究所の高田 英行 主任研究員とともに、フェムト秒レーザー[注1]照射中のガラス表面の光学顕微画像から、周期が約200 nmのナノ構造体が形成されていることを判別できる技術を開発しました。この技術は、モスアイ構造[注2]が反射率を抑え、透過率を増加させることを利用し、レーザー照射領域の反射率が減少、透過率が増加したときに、ナノ構造が形成されたことを検出します。この技術により、加工後に表面観察を行わずともナノ構造形成が判別できるため、ナノ構造形成の品質保証だけでなく、観測結果に基づいた動的レーザー制御により、ナノ構造の安定形成も行うことができると期待されます。

研究背景
 光の波長と同程度の大きさかそれよりも小さい構造体によって、光が反射・吸収・透過する量が変化すること、偏光面が回転することはよく知られており、それらを利用することによって、無反射表面や色素を使わなくても色彩を出すことができる構造色のような「機能を持った光学表面」を実現できます。光学素子の材料として一般的に使われているガラスの表面に、直接このナノ構造体を作ることができれば、複雑な光学系を使う必要がないため、取り扱い易くて高機能な光学素子が実現できると期待されています。しかし、ナノメートルサイズの加工を行うためには、これまでは半導体デバイス製造に使われている技術を使う必要があるため、製作工程が複雑であるという課題がありました。
 一方、フェムト秒レーザー光を複数パルス照射することによって、ガラス表面にナノメートルサイズの周期構造体を直接形成できる現象が報告され、上記の光学表面に応用しようと精力的に研究されてきました。しかし、この加工現象はガラスの表面状態やレーザーの照射条件に大きく依存するため、ナノ構造を安定に形成することは難しいという技術課題がありました。したがって本技術の産業応用には、歩留まり向上ならびに、ナノ構造形成の品質保証を行う必要があり、インプロセスでのナノ周期構造形成のモニタリング技術が必要です。
研究成果  私たちは、フェムト秒レーザー光を合成石英表面に対物レンズで集光し、合成石英を一方向に一定の速度で動かしました。同時に、波長660 nmと850 nmの発光ダイオードをそれぞれ同軸落射[注3]、透過照明[注4]光源として使用し、レーザー照射表面の波長ごとの顕微画像を2台のCMOSカメラで取得しました。レーザー未照射領域の顕微画像と比較することにより、レーザー照射領域の相対反射率と相対透過率を求めました(図1左参照)。加工後の合成石英基板の表面と断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、レーザー加工されていた部分の反射率、透過率と比較しました(図1右参照)。その結果、反射率が減少し、透過率が上昇した領域では、周期が約200 nm、深さが約1 μmの直線状のナノ周期構造が形成されていました。一方、反射率と透過率ともに減少した領域では表面が深く掘れたのみで、ナノ周期構造は形成されていませんでした。以上の結果は、フェムト秒レーザーによるナノ周期構造形成を光学的にインプロセスモニタリングできたことを明確に示しており、ナノ構造形成の品質保証への応用が期待されます。

図1 今回開発した技術による観察結果(左)と加工後に電子顕微鏡で観察した表面と断面形状(右)。上段はガラス表面にナノ周期構造が形成された場合、下段は形成されなかった場合の結果。ナノ周期構造が形成されると無反射特性が付与され、反射光は減少する一方で、透過光が増加する(上段)ことがわかる。

今後の展開
 今回開発した技術と、リアルタイムレーザーパラメータ制御を組み合わせることにより、ナノ構造の安定形成が可能となります。これにより、ガラス表面にフェムト秒レーザーパルスを照射するだけで数100 nmの周期の溝を均一に形成できるため、複雑なプロセスや薬剤が不要な微細加工技術の実現が期待されます。また、レーザー光を照射する位置を変えるだけで加工部分を移動できるため、加工材料の大きさに制限がなく、メートルサイズの領域へのナノ加工も容易です。このような大面積領域にナノメートルサイズの微細加工を行える技術は他にはなく、例えば、メタマテリアル表面形成、構造色表面加工、MEMS用表面加工、広帯域の無反射表面形成、照明光源の指向性表面形成、X線用光学素子作製、構造化光発生用素子作製などへの応用も期待されます。

用語説明
注1: フェムト秒レーザー光
1フェムト秒以上1ピコ秒未満の間にのみ存在するレーザー光のこと。1フェムト秒とは10の(-15)乗(千兆分の一)秒で、1ピコ秒とは10の(-12)乗(一兆分の一)秒。レーザー技術の進歩によって、近年容易に利用できるようなった。
注2: モスアイ構造
蛾の眼の表面には光の波長以下(数100nm以下)の大きさのナノ構造体が周期的に並んでおり、表面に入ってきた光はほとんど反射することなく、内部に取り込まれる。近年、人工的に模倣した構造により、液晶モニタ表面や美術館のショーケースなどに無反射特性が利用されている。
注3: 同軸落射照明
対象物の表面を観察するための光を、対物レンズの方向から対象物の表面へと垂直に照射する方法。光は対物レンズと同軸上を伝搬する。
注4: 透過照明
対象物の表面を観察するための光を、対象物の背面から対物レンズの方向へと垂直に照射する方法。

謝辞
 本研究は、「NEDO先導研究プログラム/新産業創出新技術先導研究プログラム/ICTデータ活用型アクティブ制御レーザー加工技術開発(2021~2022年度)」の支援を受け実施されました。

◆研究に関するお問い合わせ◆
国立大学法人 東京農工大学 大学院工学研究院 先端物理工学部門
准教授 宮地 悟代(みやじ ごだい)
E-mail:gmiyaji(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

◆ 報道に関するお問い合わせ ◆
国立大学法人 東京農工大学 総務・経営企画部 企画課 広報係
E-mail:koho2(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
TEL:042-367-5930 

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