〔2015年8月28日リリース〕~新しいバイオセンシング技術の開発をめざして~血糖自己測定用酵素の構造を解明

~新しいバイオセンシング技術の開発をめざして~
血糖自己測定用酵素の構造を解明


国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門・グローバルイノベーション機構の早出広司(そうでこうじ)教授と本学客員准教授・国立大学法人香川大学総合生命科学研究センター分子構造解析研究部門吉田裕美博士、および本学の大学発ベンチャー企業である有限会社アルティザイムインターナショナル(東京都)は、グルコース(ブドウ糖)脱水素酵素※1の構造解析に成功しました。本酵素は世界中で利用されている血糖自己測定※2用の酵素です。この成果により、本酵素の詳細な立体構造ならびに分子認識機構が解明され、新しいバイオセンシング技術※3の研究開発がさらに加速し糖尿病の治療を発展させるものと期待されます。

本研究成果は、英国8月27日付Scientific Reports (nature publishing group)に掲載されました。
URL:http://www.nature.com/articles/srep13498

現状:糖尿病患者の増加は世界的な社会問題です。糖尿病の治療においては血糖値管理、つまり血糖値を健康な人と同じレベルに保つよう薬や食事、運動などでコントロールすることが不可欠であり、この血糖値管理に用いられている装置が血糖自己測定器です。血糖自己測定器にはこれまで様々な酵素が用いられてきましたが、現在の最新鋭の装置に搭載されている酵素がカビ由来のグルコース脱水素酵素です。しかしながら、カビ由来のグルコース脱水素酵素の立体構造についてはこれまで知見がなく、その構造の解明が世界各国から待ち望まれてきました。

研究体制:本研究は、東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門・グローバルイノベーション機構の早出広司教授の研究グループ、本学客員准教授・香川大学総合生命科学研究センター分子構造解析研究部門の吉田裕美博士、本学の大学発ベンチャー企業であり、(独)中小企業基盤整備機構・多摩小金井ベンチャーポートに入居している(有)アルティザイム・インターナショナル社によって行われました。

研究成果:カビ由来のグルコース脱水素酵素は大腸菌を用いて組み換え生産し、これを結晶化することで、その立体構造を解明しました。X線結晶構造解析によって得られたその構造から、本酵素がグルコースを認識し、グルコースの脱水素化反応を触媒する機構が明らかになりました。さらに、本酵素と類似するグルコース酸化酵素の構造との比較により、本酵素の基質特異性を決定している構造の特徴を特定しました。また、酸化酵素と脱水素酵素の特性を決めている構造上の特徴についても明らかにすることができました。このように現在の血糖自己測定器に使われている最新鋭の酵素の構造とその反応の機構を理解することができました。

今後の展開:カビ由来のグルコース脱水素酵素の構造と機構が明らかになったことにより、今後、本酵素の遺伝子レベルからの改良が急速に進展すると期待されます。特に、本酵素はグルコースと構造が類似するキシロースの区別ができないことが、欠点の一つとして挙げられていました。今回の研究成果によって、グルコースだけを厳密に認識する酵素のデザインが急速に進むと考えられ、血糖値を正確に測定することにより糖尿病患者の方の血糖値管理が格段に向上します。さらに、本酵素の構造情報をもとに、生命分子工学を駆使することで、糖尿病の分野のみならず、分析の幅広い分野においてさらに優れたバイオセンシング技術を提供することができるようになると期待されます。

図1 グルコース脱水素酵素の結晶

図2 グルコース脱水素酵素の構造

※1 グルコース脱水素酵素
グルコースを認識して、この1位の水酸基を脱水素化する反応を触媒する酵素の総称であり、特に酸素を電子受容体とせず、酸化還元色素などを電子受容体とする酵素をさします。本研究では補酵素としてフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を有するカビ由来のグルコース脱水素酵素を対象としています。

※2 血糖自己測定
糖尿病患者の方が自分の血糖値を自分で把握する行為をさします。指先あるいはその代替箇所から穿刺器具を用いて、血液試料を採取し、これを血糖自己測定器といわれる装置に供します。血糖自己測定器は表示部とセンサ部から構成され、このセンサ部に血糖、すなわち血液中のグルコースを特異的に認識する酵素が仕込まれています。この酵素の性能によって血糖自己測定器の性能が左右されといっても過言ではありません。

※3 バイオセンシング技術
生命現象における情報を抽出し、これを定量化するための計測技術の総称を指します。東京農工大学工学研究院生命機能科学部門(工学府生命工学専攻、工学部生命工学科)では、民間企業と共同でのバイオセンシング技術の研究開発を多数行っています。

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