〔2015年9月2日リリース〕スーパー酵素ニトリルヒドラターゼ反応機構の解明

国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能部門の養王田正文教授、尾高雅文元准教授(現秋田大学教授)らは、ニトリルヒドラターゼと呼ばれる工業的に最も成功したスーパー酵素の反応プロセスを時間分割X線結晶構造解析により明らかにすることに成功しました。
この成果により、今後より高い機能を有する酵素の開発につながることが期待されています。

本研究成果は、Angewandte Chemie International Edition誌に掲載されるのに先立ち、
8月14日にWEB上で掲載されました。

URL:http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.201502731/abstract

研究の背景:現在、環境への負荷がより小さな化学技術(グリーンケミストリー)の発展が期待されています。その最も大きな成功例がニトリルヒドラターゼを用いたアクリルアミドの生産です。アクリルアミドは高分子凝集剤や紙力増強剤などの原料であり、工業的にはアクリロニトリルを水和することで生産され、年間の世界生産量は数十万トンに達しています。以前は金属触媒を用いて生産されていましたが、1980年代にニトリルヒドラターゼと呼ばれる酵素を用いた生産技術が開発されました。これは極めて効率が高く、省エネルギーかつ低環境負荷であることから、現在ではほとんどのアクリルアミドがニトリルヒドラターゼを用いて生産が行われており、最も工業的に成功したスーパー酵素です。しかし、工業的利用の成功にもかかわらず、その反応機構は明らかになっていませんでした。
本学工学研究院生命機能部門の養王田と尾高(現、秋田大学教授)は、本酵素の反応機構に関する研究を行っており、1998年に本酵素のX線結晶構造を解明し、2008年にはニトリル類縁化合物を用いた時間分割X線結晶構造解析により、その反応機構に関して世界をリードする成果を出しています。

研究体制:山中保明(元大学院工学府博士後期課程)、養王田正文(大学院工学研究院教授)、尾高雅文(元大学院工学研究院准教授 現秋田大学教授)、橋本浩一(元大学院工学府博士後期課程)、野口恵一(学術研究支援総合センター准教授)、長澤和夫(大学院工学研究院教授)、飯田圭介(元大学院工学研究院助教)、中山洋(理化学研究所)、堂前直(理化学研究所)、加藤祐樹(名古屋大学助教)、野口巧(名古屋大学教授)

研究成果:酵素の反応過程を可視化することは非常に困難です。しかし、放線菌Rhodococcus sp. N771株のニトリルヒドラターゼは一酸化窒素を付加することで不活性化し、光で瞬間的に活性化できるため、結晶の中で酵素を活性化して、反応過程を結晶構造の変化として解析することが可能になります。今回、βサブユニットのアルギニン56(βArg56)をリシンに変位させて反応速度を遅くした酵素を利用して、ニトリル水和反応の過程を可視化することに成功しました。ニトリルヒドラターゼは活性部位の金属に結合した3つのシステインのうち2つがシステインスルフェン酸(Cys-SOH)とシステインスルフィン酸(Cys-SO2H)に酸化修飾されるという特徴があります。本研究の結果、ニトリル基質が活性部位の金属に結合するとシステインスルフェン酸の酸素原子が基質のニトリル基を求核攻撃して環状の反応中間体を形成し、その後、βArg56で活性化された水が環状の反応中間体の硫黄原子を攻撃することで、反応が進行することが明らかになりました。システインスルフェン酸は生体の抗酸化作用に関わることなどが知られていましたが、今回、水和反応の触媒残基として働くという全く新規な生理機能をもつことを発見することができました。

今後の展開:ニトリルヒドラターゼを用いたアクリルアミド生産は今後さらに拡大することが予想されています。本研究でニトリルヒドラターゼの反応機構が解明されたことにより、より高効率なニトリルヒドラターゼへの改良や本酵素の活性中心の構造を模倣した新規人工酵素の開発が期待されます。

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