下肢に生じる捻じれストレスが高まってしまう歩き方を解明

下肢に生じる捻じれストレスが高まってしまう歩き方を解明

ポイント

  • 歩行中の下肢に生じる捻じれストレスが、足部と骨盤間の相対的な捻れ量(角度)に相関することを世界で初めて明らかにした。
  • フリーモーメントというパラメータに着目し歩行を解析したところ、足が地面を蹴りだす際の股関節の柔らかさによって下肢に生じる捻じれストレスが制御されていることが示唆された。
  • 変形性膝関節症などのロコモティブ症候群へのリハビリや予防に活用することが期待できる。

 国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院応用化学専攻有機材料化学・材料健康科学寄付講座跡見・清水研究室の身心一体科学研究チームの大川孝浩社会人博士(文京学院大学)は、帝京科学大学・理学療法学科 跡見友章准教授及びJAXA長谷川克也研究員とともに、通常歩行中に生じる下肢の捻じれストレスが、足部と骨盤のあいだの相対的な捻れ量に相関することを世界ではじめて明らかにしました。研究グループの跡見順子客員教授は、人間が直立二足歩行を獲得した結果生じた身体の不安定さと多細胞動物の細胞における3種類の細胞骨格による動的不安定性を制御するメカニズムが、人間の適応進化の要であり、両者を連携させるしくみの解明と教育への普及に力を入れてきました。不安定であるからこそ多様性を生み出してきたやわらかで繊細な「いのち」の両システムといえます。昨年(Plos One 2016)の細胞のメカニズム※に引き続き、今回は人間のメカニズム解明の第一歩になると考えています。
 歩行時に身体はスネやモモ、骨盤などの体節ごとに回旋運動が起こっていることはわかっていました。一方で、足裏は床面との摩擦で固定されているため、下肢全体には捻じれストレスが生じてしまいます。また、下肢に生じる捻れストレスは、女性中高年者に多い変形性膝関節症など、様々な疾患に関係することがわかっています。しかしながら下肢に生じる捻れストレスが、どのように身体運動と関係するかは明らかになっていませんでした。今回の実験結果は、この足底部に生じる捻れストレスの指標となるフリーモーメントが、関節の構造として大きな自由度をもつ股関節の柔軟性と関係することを示唆しています。つまり、股関節の柔軟性が少ないほど下肢へ捻れストレスが増大する傾向があることがわかったのです。足底と股関節は距離的に遠いので関係なさそうですが、股関節の柔軟性や使い方に問題があると、足底に加わった捻れの力が膝関節に影響を与え、変形を引き起こす可能性が考えられます。この研究成果は、人間の身体を各分節単位で考えるだけでなく全体としてとらえる必要性を示しており、超高齢社会の健康問題、特にロコモティブ症候群解決の糸口となる疾病予防メカニズムの解明につながることが期待されます。

※ストレスタンパク質・αB-クリスタリンに関する研究
http://www.tuat.ac.jp/documents/tuat/outline/disclosure/pressrelease/2016/20161228_01.pdf

本研究成果は、Gait and Posture誌に掲載されるのに先立ち、9月10日にWEB上で掲載されました。
URL: http://www.gaitposture.com/article/S0966-6362(17)30898-6/abstract

研究の背景 :人間は、真っ直ぐに歩いていても骨盤や大腿骨、脛骨などそれぞれが三次元的に動き、回旋運動をしています。歩行中の足は接地時、外側に回旋する傾向があります(図1)。また一方で、床面と足底間で生じる摩擦を利用して推進力を得ていますが、その際足の回旋運動を止めようと反対向きの力がかかります。歩行にとって摩擦は必要不可欠な要素ですが、多くの細胞からなる私たち人間にとって過度な摩擦は”悪い”ストレスになることが考えられます。各関節は細胞と細胞が分泌した細胞外基質から構成されています。主要な細胞外基質であるコラーゲンから成る骨は、捻じれストレスに対して力学的に脆弱であることが知られています。我々の研究チームは捻じれストレスの指標として、今まであまり注目されていなかった摩擦によって生じる力であるフリーモーメント(以下、FM)に着目しました。FMは足にかかる圧力を中心とした回転する力の強さと定義されています(図1)。近年ではFMが大きくなってしまうと、長距離ランナーの脛骨疲労骨折や脛骨の捻じれ変形と関係があることが報告されています。しかし、FMが大きい、あるいは小さい歩き方という特徴は今まで不明のままでした。そこで、通常の歩行においてどのような歩き方をすると下肢に生じる捻じれストレスが大きくなってしまうかを明らかにするため、三次元動作解析装置を用いて研究を行いました。

研究体制 :本研究は東京農工大学大学院工学研究院の身心一体科学研究チームメンバーのうち、跡見順子(農工大客員教授、東京大学名誉教授)、大川孝浩社会人博士(文京学院大学)、跡見友章(帝京科学大学准教授)、長谷川克也(JAXA)が行いました。

研究成果 :歩行中、一歩毎に、骨盤はわずかですが絶えず回旋し、足は摩擦によって床面に固定されています。そこで、骨盤の回旋および足部と骨盤間の相対的な捻れ量(角度)がFMの増減に影響を与えるという仮説のもと、歩行中のつま先の向きや骨盤の回旋量といった歩行パラメータとFMの大きさとの関係について解析を行いました。解析した歩行パラメータのうち、足部と骨盤間の相対的な捻じれ量だけがFMの大きさに影響を及ぼし、その捻じれ量が少ないとFMが大きくなることがわかりました。足部と骨盤間の相対的な捻じれ運動は足が身体を支えている際に起こり、主に股関節を内側に向かって回旋させる運動(内旋運動)で行われています。つまり歩行中、反対の足へ重心が移る頃に股関節で内旋運動が生じない場合は下肢に生じる捻じれストレスが大きくなってしまうことが明らかになりました(図2)。その他、支えている足だけでなく、振り出した反対側の足の影響についても調査を行いましたが、FMに影響を及ぼす傾向はみられませんでした。以上の研究結果から、歩行時、地面を蹴り出す際に股関節の内旋運動が小さい人は下肢に生じる捻じれストレスが高くなってしまうことがわかりました。また、歩行時に身体にかわるストレスを考慮する際はひとつの関節や部位だけに注目するのではなく、運動を全身でとらえ、評価することの重要性が示唆されました。

今後の展開 :今回の研究で捻じれストレスの指標としてのFMはその人の歩き方の特徴を強く反映していることがわかりました。下肢に生じる捻じれストレスは変形性膝関節症や前十字靭帯損傷といった疾患と関係があることが指摘されています。小児麻痺患者の脛骨や大腿骨は健常者の骨よりも捻じれが強いこともわかっています。今後も継続した研究によって、疾患特有の歩き方を解明し、超高齢化社会の中で健康寿命の延長に役立つロコモティブ症候群予防や、疾患に対するリハビリテーションの一助となることが期待できます。歩行をはじめとする動作と細胞の両能力を力学的に連携させ引き出す健康戦略、つまり形や張力発揮、重心制御の連携機構の解明と教育への普及が、元気な超高齢社会に生きる人々への健康戦略となります。

図1 接地時(立脚期)の足の動きとフリーモーメント
図2 歩行中、下肢に生じる捻じれストレス

◆本研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院有機材料化学・材料健康科学寄付講座
客員教授
跡見順子(あとみよりこ)
TEL/FAX: 042-388-7539
電子メール:yatomi(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

プレスリリース(481KB)

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