攻撃的に戦うか防御しながら戦うかを決める 闘争戦略のメカニズムを解明

攻撃的に戦うか防御しながら戦うかを決める
闘争戦略のメカニズムを解明

 東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院の新村毅教授らの研究グループは、広島大学、帯広畜産大学、ウプサラ大学、コロンビア大学と共同で、攻撃的に戦うか防御しながら戦うかを決める闘争戦略のメカニズムを解明しました。攻撃行動は生存に不可欠な行動であり、特に闘争を避けられない状況において、噛みつくのか、突進するのか、防御するのかといった闘争戦略の選択は重要となりますが、闘争戦略の違いが生じるメカニズムは明らかにされていませんでした。国際共同研究グループは、ニワトリの1品種の中に、攻撃的に闘争する集団と防御しながら闘争する集団という闘争戦略が大きく異なる集団が存在することを発見すると共に、神経発達に関わる遺伝子のゲノム変異によって、脳内の遺伝子発現や神経内分泌的な変化が生じる結果として、闘争戦略の違いが出現することを明らかにしました。本研究は、複雑な社会行動のパターンがどのように進化するのかの一端を解明し、古典的ゲーム理論に対する実験的証拠を初めて示しました。

本研究成果は、Molecular Biology and Evolution(1月9日付)に掲載されました。
論文タイトル:Genomic and neurobiological bases of variation in fighting strategies in gamecocks
URL:https://doi.org/10.1093/molbev/msag007 

 

本研究の図解要旨

背景
 攻撃行動は生存に不可欠な行動であり、特に闘争を避けられない状況において、噛みつくのか、突進するのか、防御するのかといった闘争戦略の選択は重要となります。この闘争戦略の重要性は、60年前に、ジョン・メイナード=スミス(注1)が古典的ゲーム理論のタカ(鷹)・ハト(鳩)ゲームの中で予言をしており、この理論では、常に攻撃的であるタカ派と常に防御的で逃避するハト派の個体が存在する場合、タカ派戦略のみでは攻撃がエスカレートし続け、一方で、ハト派戦略のみでもタカが侵入してきた際に常に逃げ続けるため、その動物集団は安定しません。ゲーム理論では、タカとハトの両方の闘争戦略が混合した集団が進化的に安定すること、また、遺伝的変異が闘争戦略を形作ることも示唆しています。しかしながら、これまで闘争戦略の違いが生じるメカニズムは明らかにされておらず、ゲーム理論を実証する実験的データもこれまで報告されていませんでした。

研究成果
 本研究では、まず日本鶏のある1品種(大軍鶏)の中に、闘争戦略が大きく異なる集団が存在することを発見しました。一方の集団は、攻撃的戦略で、嘴で頭をつついたり飛び上がって蹴ったりする典型的なニワトリの攻撃行動を示す一方、もう一方の集団は、防御的戦略で、ボクシングのクリンチのように他個体の攻撃を避けつつ、まとわりつきながら、自らの首を他個体の首に巻きつけて攻撃を抑え込む行動を示します。このように、遺伝的に近縁である1品種の中に攻撃戦略が著しく異なる集団が存在することは、比較研究によって、そのメカニズムを明らかにするための重要なモデルとなります。
 そこで、まず両集団の個体から全ゲノム情報(注2)を得て比較したところ、攻撃戦略を支配している遺伝子として、15個の候補遺伝子を抽出しました。15個のうち5個は神経発達に関わる遺伝子であり、中でもFOXP1遺伝子は脳の神経の発生に必須であり、その遺伝子産物が運動回路の調節に関与することが示されている転写因子(遺伝子発現を調節するタンパク質)であることから、今回のゲノム解析においても、最も攻撃戦略との関係性が強く示された遺伝子でした。
 次に、両集団の個体から、攻撃行動を制御している神経核が多く存在する間脳を得て、遺伝子発現(注3)を網羅的に比較したところ、神経発達や神経伝達物質の合成・放出に関わる遺伝子が発現変動していることが明らかになりました。その中でも、ドーパミン情報伝達効率を制御するリン酸化タンパク質をコードしているPPP1R1B(別名:DARPP-32)遺伝子は、攻撃戦略と防御戦略を示す個体間で特に発現変動が大きく、なおかつFOXP1遺伝子の制御下にあることが示されていた遺伝子でした。免疫組織化学を用いてPPP1R1B(PPP1R1B遺伝子産物であるタンパク質)の脳内発現を解析したところ、運動を制御している大脳基底核の線条体において、特に防御戦略の個体で発現が増加することがわかりました。これらの結果とPPP1R1Bの機能とを統合すると、脳の中に存在する運動回路において、特に運動の停止を担っている間接経路が活性化して、闘争中に運動停止というブレーキが強くかかる状態になると、防御的な闘争戦略が出現することが示唆されました。この仮説は、この間接経路を人為的に活性化させる薬剤を投与した行動薬理試験において、攻撃的戦略で闘争する頻度が低下し、逆に防御的戦略で闘争する頻度が増加したことから、裏付けを得ることができました。
 以上のことから、闘争戦略は、神経発達に関連する遺伝子のゲノム変異と発現変化によって規定されており、脳の運動回路における神経内分泌的な変化がこれらの闘争戦略をさらに調節していることが明らかになりました。60年前、ジョン・メイナード=スミスは、攻撃的に行動する個体と争いを避けて自己防衛する個体の両方を含む戦略が進化的に安定な状態をもたらすことを予測するゲーム理論を提唱しました。60年後の今、最新の科学技術を駆使して闘争戦略の分子基盤を明らかにした本研究は、複雑な社会行動のパターンがどのように進化するかの分子基盤を解明し、ゲーム理論に対する初めての実証的証拠を提供するものです。

今後の展開
 FOXP1等の遺伝子は保存性が高く、本研究で明らかにした攻撃戦略の分子メカニズムは、他の鳥類のみならず脊椎動物においても広く共通して保存されている可能性があります。また、攻撃性の低下は家畜化の最初のイベントとされており、また、高い攻撃性は、広い空間に多数羽を放し飼いにして飼育する地鶏生産などにおいても大きな問題となっています。攻撃性を規定している遺伝子の同定は、家畜化の最初期イベントの解明につながると共に、その遺伝子配列をマーカーとして個体を選抜するゲノム育種により、攻撃性の低い新系統の造成にもつながります。新村教授の研究グループでは、本研究をさらに拡張させ、現在、家畜化の起源の解明や新系統の造成に関わる研究も推進しています。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院の新村毅教授(農学部生物生産学科/ワンウェルフェア高等研究所動物共生情報学研究領域)、同大学院農学府の倉地卓将特任助教、松田優樹氏、志村洸平氏、前田陸渡氏、山田洋平氏、東浦裕紀氏、志村ののこ氏、広島大学の都築政起教授、河上真一准教授、中村隼明准教授、帯広畜産大学の後藤達彦准教授、スウェーデン・ウプサラ大学のLeif Andersson教授、Nima Rafati研究員、Mats Pettersson研究員、米国コロンビア大学のAndres Bendesky准教授らによって実施されました。本研究は、JSPS・科研費(JP18K19266、JP19H03102、JP21H00339、JP21K19185、JP24H00541)、文部科学省・卓越研究員事業、JST・創発的研究支援事業(JPMJFR211D)、東京農工大学融合研究支援制度・TAMAGO、一般財団法人旗影会・研究助成の支援を受けて行われました。

用語解説
注1)ジョン・メイナード=スミス
 イギリスの生物学者で、生物学の分野にゲーム理論などの数学的理論を導入した先駆的存在であり、進化生物学の第一人者。20世紀の生物学において最も影響を与えた研究者の一人として、京都賞(2001年)等の多くの国際賞を受賞している。
注2) 全ゲノム情報
 ここでは、次世代シークエンサーを用いてDNAシーケンシングを実施し、ニワトリが持つ約12億塩基を個体ごとに解読した。続いて、集団ゲノム解析を用いて、その配列を攻撃的戦略(23個体)と防御的戦略(22個体)の集団で比較し、特に異なる配列が多く存在する領域を同定し、そこに座上している遺伝子を候補遺伝子として抽出した。
注3) 遺伝子発現
 ここでは、次世代シークエンサーを用いてRNAシーケンシングを実施し、ニワトリが持つ約2万個の遺伝子の発現量を測定した(各5個体・計10個体)。その発現量を、攻撃的戦略と防御的戦略の集団間で比較し、特に発現量が異なる遺伝子を抽出した。

 

◆研究に関する問い合わせ◆
 東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院
  教授
  新村 毅(しんむら つよし)
   TEL:042-367-5842
   E-mail:shimmura(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp
    

 

関連リンク(別ウィンドウで開きます)

 

CONTACT