液滴が物体へ及ぼす「衝突力」の正体を解明 柔らかい材料上で"液滴"が"固体球"のように振る舞う転移を初実証!〜次世代3Dバイオプリンティングや塗布・洗浄の高度設計に新指針〜

液滴が物体へ及ぼす「衝突力」の正体を解明
柔らかい材料上で"液滴"が"固体球"のように振る舞う転移を初実証!
〜次世代3Dバイオプリンティングや塗布・洗浄の高度設計に新指針〜

 東京農工大学大学院工学研究院先端機械システム部門の田川義之教授らの研究チームは、柔らかい基板に当たる液滴の最大衝突力が、「低粘度・高速で現れる慣性支配則注1」から、固体球の衝突で知られるHertz(ヘルツ)則注2へと連続的に移行(クロスオーバー注3)することを世界で初めて実証しました。独自開発の高速光弾性トモグラフィ注4で基板内部の応力分布と衝突力を直接計測し、液滴の粘性・慣性と基板の弾性をまとめる統一指標Z注5を初めて導入しました。結果、多様な条件のデータが1本のマスターカーブ注6に重なることを示し、衝突力を事前に数式で見積もる設計地図を提示しました。これにより、インクジェット・電子材料塗布・化粧水ミスト・洗浄・バイオプリンティング・フードプリンティング・風力タービンブレードや各種コーティングの浸食予測などで、基板ダメージを抑えつつ狙い通りに付着・広がりを制御できる統一的な"物差し"が得られたともに、流体―固体相互作用の学術的理解の深化につながります。

本研究成果は、科学誌「Nature Communications」(1月28日付)に掲載されます。
報道解禁:2026年1月28日(水)午後7時(日本時間)
論文タイトル:Scaling crossover in droplet impact force on elastic substrates
(和訳:弾性基材への液滴衝突力におけるスケーリング・クロスオーバー)
著者:Yuto Yokoyama, Hirokazu Maruoka, Kaie Matsunuma, Yoshiyuki Tagawa
DOI:10.1038/s41467-025-67790-6
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-67790-6

現状
 液滴衝突は、インクジェットや電子材料塗布、冷却・洗浄、雨滴による浸食、バイオプリンティングなど、身近な製品から最先端の製造まで広く関わる現象です。これまで「どれだけ広がるか」「どのくらい接触するか」といった形の変化は詳しく調べられてきましたが、衝突の瞬間に"どれだけの力が基板にかかるのか"は、特に柔らかい素材では十分に整理されていませんでした。柔らかい素材では、液滴も基板も同時に変形するため、力の伝わり方が複雑で、正確に測ること自体が難しかったからです。液滴の衝突力の影響として、たとえば噴霧の勢いが強すぎれば、紙・ポリマー薄膜・皮膚など柔らかな受け側に余計なダメージやムラが生じ、弱すぎれば付着不足や印字不良が起きます。衝突力を事前に予測できれば、ノズル速度・液体粘度・基板弾性を最小限の試作で最適化でき、印刷のにじみ抑制/スキンケアの心地よい当たり/コーティングを傷めない洗浄/バイオプリンティングでの細胞ダメージ低減など、"長持ち・安全・快適"に直結する設計が可能になります。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院 田川義之教授(工学研究院先端機械システム部門)、横山裕杜氏(工学府博士後期課程修了、現:沖縄科学技術大学院大学リサーチフェロー)、丸岡敬和氏(農学府博士後期課程修了、現:沖縄科学技術大学院大学ポストドクトラルスカラー)、松沼魁瑛氏(工学府博士前期課程学生)により実施されました。
 本研究は、JSPS科研費 JP24H00289、JP24KJ2176、JP22KJ1239、JST戦略的創造研究推進事業 さきがけ「"力"を既知とする新しい流体科学」(JPMJPR21O5)の支援を受けて行われました。

研究成果
 本研究では、柔らかい基板上に衝突する液滴の最大衝突力を詳細に計測し、そのスケーリング(縮尺を越えて成り立つ法則)が慣性支配則からHertz則へとクロスオーバーすることを実証しました。スケーリングを把握出来れば、材料や速度・サイズが違っても同じ尺度で比較・設計でき、上限力の見積りや破損リスクの早期評価が可能になるため、試作や検証の手戻りを減らし、現場でのコストと時間を削減できます。このような視点から、本成果はこれまで未整理だった柔らかい基盤におけるスケーリングを示した重要な成果と言えます。
 独自開発の高速光弾性トモグラフィにより、衝突の瞬間に基板内部で時間経過に応じて広がっていく応力分布を可視化し、従来の荷重計では困難だった柔らかい基板に作用する液滴衝突力の直接計測に成功しました(図1各パネル下部)。さらに、液滴の粘性・慣性・基板の弾性を統合する統一指標Zを導入し、多数の条件で得た最大衝突力のデータが1本のマスターカーブに重なることを示しました(図2)。これは,慣性支配則からHertz則へのスケーリングのクロスオーバーを、1つの法則で理解できるということを示しています。これにより、従来の「粘度が高いほどHertz則が現れる」という理解に加え、「粘度でも基板が十分柔らかく、衝突が十分速いとHertz則が現れる」という非直感的な領域もZによって一貫して説明できることを示しました。言い換えるとZを見れば「どの条件でどの法則に入るか」が事前にわかる"設計地図"になり、見落としがちな領域のリスクや最適条件を早期に特定できます。

今後の展開
ソフト材料への高速液滴衝突設計:
インクジェット、電子材料塗布、化粧水ミストの肌当たり、家電・キッチンでのスプレー清掃、バイオプリンティングなどで、柔らかい基板(皮膚・コーティング・ゲルなど)に対する衝突力の"数値設計"が可能になります。基板弾性と噴霧条件(速度・粘度)を統一指標 Zであらかじめ評価することで、ダメージを抑えつつ、狙いどおりに付着・パターニング・触感を設計できます。
工業分野への応用:
風力タービンブレードや外装材コーティングの雨滴浸食、自動車・航空分野の塗膜耐久など、液滴衝突による損傷評価において、「基板弾性・衝突慣性・液滴粘性」を一体で評価する新たな基準を与えます。材料の柔らかさ・構造と衝突条件の組合せをZでマッピングすることで、浸食や疲労進行の予測精度向上、長寿命化設計に寄与します。
学術研究への貢献:
・統一指標Zとしきい値Zcの提示:慣性則とHertz則の遷移位置を定量化し、今後の理論・数値・実験を同じ座標系で比較できる基盤を提供しました。
・マスターカーブH=Φ(Z):最大衝突力の予測曲線を与え、モデル検証・改良のベンチマークとして機能するものを提供しました。
・計測プラットフォーム:高速光弾性トモグラフィという非接触・面(field)計測に基づく手法を確立し、流体—固体相互作用や生体ソフトマターの研究に拡張可能な手法を提示しました。
国際的な共同研究と展開:
今後は、国際共同研究を通じて適用分野を広げ、装置化・データ公開・設計指針の標準化を進める予定です。

   

図1 液滴衝突時の基板内応力場計測:柔らかい基板に衝突する液滴(各パネル上部)と、偏光カメラで捉えた光弾性計測データ(各パネル左下)、およびそれを解析して再構成した応力場(各パネル右下)の時間変化(単位ms(ミリ秒)、1000分の1秒)を示している。液滴の衝突から約0.1 ms後に、基板内に応力が広がっていき、液滴が平たくなる1.0 msには応力がほぼ消えていることが、光弾性法計測データ(応力を黄緑色で表示)とその解析結果(応力を赤色で表示)から読み取れる。(Yokoyama et al., Nature Communications, 2025を基に作成)

図2 統一指標Zを用いた最大衝突力のスケーリング則の移行:多数の実験条件で得られた最大衝突力のデータが、液滴粘性・液滴慣性・基板弾性を包含する統一指標Zを用いることで慣性支配則からHertz則への連続的な移行を、1つの法則(マスターカーブ)で理解できる。「低粘度液滴が柔らかい基板上に衝突する場合」が「高粘度液滴が硬い基板に衝突する場合」と同様の振る舞いを示している。(Yokoyama et al., Nature Communications, 2025を基に作成)

 

用語解説
注1 慣性支配則
液滴の粘度や表面張力よりも「質量×速度の2乗」に対応する慣性の効果が支配的なときに成り立つスケーリング則。低粘度の液滴が高速で衝突する場合によく現れる。
注2 Hertz(ヘルツ)則
固体球が弾性体に衝突したときの接触面積や力と変形量の関係を表す理論。主に固体同士の接触問題で使われてきたが、本研究では液滴衝突力にも同様のスケーリングが現れることを示している。
注3 クロスオーバー
ある条件の変化に伴い、支配的な物理法則や振る舞いが、片方からもう一方へと滑らかに切り替わる(遷移する)こと。本研究では、衝突力のスケーリングが慣性支配則からHertz則へと移る現象を指す。
注4 高速光弾性トモグラフィ
透明な弾性体内部に生じる応力によって光の通り方が変化すること(光弾性効果)を利用し、高速カメラと偏光光学系を組み合わせて、内部応力分布を時間的に再構成する計測手法。物体に直接触れることなく、内部の力の分布を可視化できる。
注5 統一指標Z
異なる単位(長さ、時間、重さなど)を持つ物理量を組み合わせて作る、単位を持たない指標。今回の研究では、液滴の粘性・慣性・基板の弾性をまとめた統一指標Zを導入し、多数の実験条件を一括して整理・予測するために用いている。
注6 マスターカーブ
さまざまな条件で得られたデータが、適切な無次元化により1本の共通の曲線上に重なる現象。普遍的な振る舞いを示す際に用いられる。

   

 

◆研究に関する問い合わせ◆
 東京農工大学大学院工学研究院
  先端機械システム部門 教授
  田川 義之(たがわ よしゆき)
   TEL/FAX:042-388-7407
   E-mail:tagawayo(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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   Tel:03-5214-8404
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 科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
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