炎症・疼痛制御に関わる生理活性脂質アナンダミドの新規代謝経路の発見

炎症・疼痛制御に関わる生理活性脂質アナンダミドの新規代謝経路の発見

本研究のポイント 

  • N末端領域にホスファターゼ活性(N-phos)、C末端領域にエポキシドヒドロラーゼ活性(C-EH)を持つ二機能酵素、可溶性エポキシドヒドロラーゼ(sEH)注1)の働きを止めると、血管の内側にある細胞(VEC)の過剰な活性化(炎症)が抑えられます。 
  • C-EH阻害だけでは効果がなく、N-phos阻害が炎症抑制に不可欠でした。
  • 網羅的な解析により、N-phosによって分解される標的としてホスホ-N-アシルエタノールアミン(p-NAE)という脂質分子群(アナンダミドリン酸など)を特定しました。
  • N-phosは、p-NAEから「リン酸」を外し、炎症や疼痛の制御に関わる生理活性を持つ脂質「NAE(アナンダミドなど)」へと変換する代謝経路を担っていることがわかりました。

概要
 東京農工大学大学院農学研究院応用生命化学部門 鈴木絵里子教授および蓮見惠司特任教授、同大学大学院農学府応用生命化学専攻修士課程1年生の長島怜志氏、廣嵜響氏(研究当時修士課程2年生)、土井萌乃氏(同上)らの研究グループは、可溶性エポキシドヒドロラーゼ(sEH)のN末端ホスファターゼ活性(以下N-phos)機能を抑えることで、分解を免れた「アナンダミドリン酸」が血管の炎症を抑制するという新メカニズムを発見しました。体内にある「sEH(可溶性エポキシドヒドロラーゼ)」という酵素は、血管の炎症を抑える分子を分解してしまうことが知られており、血管を守るための治療標的として注目されています。本研究は、従来のターゲットであるC末端エポキシドヒドロラーゼ活性(以下C-EH)ではなく、N-phosが血管炎症を制御するキープレイヤーである」という新しい概念を提示しました。動脈硬化や血管炎症性疾患に対する「新しいアプローチの治療薬」開発につながる重要な一歩となることが期待されます。
 本研究成果は、「Journal of Biological Chemistry(JBC)」(2026年9月30日付)にオンライン掲載されました。

研究の背景
 哺乳類のsEH(可溶性エポキシドヒドロラーゼ)という酵素には、性質の異なる2つの機能部位が存在します。C-EHは、抗炎症作用を持つ「エポキシ脂肪酸(EETなど)」を分解する働きを持ち、これまで病気の治療ターゲットとして集中的に研究・注目されてきました。一方、N-phosは、脂質リン酸塩(LPA、S1P、ファルネシル二リン酸など)を分解する働きを持ちますが、生体での役割は不明でした。近年、N-phosの働きを抑える阻害剤や遺伝子改変動物を使った研究が進み、N-phosが「血管内皮細胞のシグナル伝達」「脂質・コレステロール代謝」「認知機能」などに関与していることが分かってきました。N-phosの阻害が様々な生理作用を引き起こすことは見えてきたものの、「実際にその作用を仲介している具体的な生内分子(基質)は何なのか?」が特定されていませんでした。
 そこで本研究では、「血管内皮細胞の過剰な活性化(炎症)を抑える真の分子は何なのか」を解明すべく、既知の経路(LPA、S1P、一酸化窒素、イソプレノイドなど)とは異なる「未知の真の基質」を探す非標的解析(液体クロマトグラフィータンデム質量分析計:LC-MS/MS)を行いました。

研究成果
●従来の考えを超える発見
 これまではsEHのC-EHの働きを抑えることが中心に研究されていました。しかし研究チームは、「N-phos(リン酸塩を分解する部分)」の働きも同時に抑えることが、血管の細胞(VEC)の炎症・活性化を防ぐために重要であることを突き止めました。
●未知の「血管の炎症を抑える成分」の特定
マウス肝臓から抽出した特定の脂質成分(NCPL)に血管の炎症を強く抑える効果があることを見つけました。これは、ヒト血管内皮細胞をリポ多糖で刺激した時におこる接着分子の発現誘導を炎症の指標とし、解析した結果です。この成分をsEH処理群、未処理群に分け、各々を異なる同位体で誘導体化(未処理群をd6-ダンシルクロリドで、sEH処理群をd0-ダンシルクロリドで誘導体化;差分標識法)し、TripleTOF® 6600+でのLC-MS/MSによる非標的解析を行ったところ、sEHのN-phosによって分解されてしまう「アナンダミドリン酸(ホスホ-N-アシルエタノールアミンの一種)」という物質であることが判明しました(図1)。 
●アナンダミドリン酸(p-NAE)代謝におけるsEHの新しい役割
アナンダミドリン酸=p-NAE(p-OEA, p-LEA, p-AEAなど)がsEHの基質となり、NAEへと変換されるという新たな経路(非標準的経路)が示されました(図2)。

今後の展開
 「アナンダミドリン酸」が血管の炎症を抑える主要な成分であること、そしてそれを分解する酵素(sEH)の両方の機能を抑えることが有効であると分かりました。この発見は、動脈硬化や血管の炎症が関わる病気の新しい予防法・治療薬の開発につながると期待されます。

図1:可溶性エポキシドヒドロラーゼ(sEH)のN末端(N-phos)による血管内皮炎症制御
図2:本研究が明らかにしたsEHを介した生理活性脂質アナンダミドの新規代謝経路

謝辞
 本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(JP17H02201:蓮見惠司、JP19K07118:鈴木絵里子)の支援を受けて行われました。また、本研究は、文部科学省「先端研究基盤共用促進事業(コアファシリティ構築支援プログラム)」の補助金(課題番号:JPMXS0440800026)による共用研究設備の利用成果です。
 本研究は、東京農工大学スマートコアファシリティー推進機構の伊藤喜之特任准教授の技術支援を得て実施されました。TripleTOF® 6600+でのLC-MS/MS解析にご協力いただいたAB Sciex株式会社関係者ならびに株式会社ティムス 原崇氏に謝意を表します。

用語解説
注1)可溶性エポキシドヒドロラーゼ(sEH)
体内の炎症や血管の調節に関わる酵素(タンパク質)の一種。生体内の特定の脂質を分解する「エポキシドヒドロラーゼ活性(C末端)」と、リン酸を外す「ホスファターゼ活性(N末端)」を併せ持つ。sEHの働きを抑える薬(sEH阻害薬)は、強力な抗炎症効果や神経保護効果が期待されており、世界中で治療薬の研究が進められている。

論文情報
タイトル:N-terminal phosphatase of soluble epoxide hydrolase forms anandamide from anandamide phosphate
著者:Eriko Suzuki*, Hiroki Shidara, Reiji Nagashima, Junki Abe, Ayano Shida, Hitomi Kuwahara, Yuka Uchida, Keiji Hasumi*
掲載誌:Journal of Biological Chemistry(JBC)
掲載日:2026年9月30日
DOI:10.1016/j.jbc.2026.113615
URL:https://doi.org/10.1016/j.jbc.2026.113615

 
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院応用生命化学部門
教授 鈴木 絵里子(すずき えりこ)
TEL:042-367 -5724
E-mail:ersuzuki(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

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