ニワトリの飼い方によって卵の味が変わることを発見
ニワトリの飼い方によって卵の味が変わることを発見
本研究のポイント
- ケージや平飼い(ケージフリー)といったニワトリを管理する物理的環境により、ニワトリ体内の代謝変化を介して卵の味が変化することを明らかにしました。
- ケージ卵では脂質代謝物の増加によってクリーミーさが増強される一方で、平飼い卵(ケージフリー卵)では旨味や甘味に関連するアミノ酸が増加し、茶碗蒸しなどの加工処理によりそれらの特徴が際立って現れることを明らかにしました。
- 本研究は、アニマルウェルフェア(動物福祉)注1)を確保することにより人間の食の多様性が向上することを示すと共に、「One Welfare」の概念を具現化した研究といえます。
概要
東京農工大学大学院生物生産科学部門の新村毅教授らの研究グループは、鹿児島大学、京都大学、日本獣医生命科学大学、麻布大学と共同で、ニワトリの飼い方によって卵の味が変化することを発見しました。これまで、ケージや平飼い(ケージフリー)といったニワトリを管理する物理的環境によって、卵の味や栄養価は変化するのか?という疑問は明らかにされてきませんでした。共同研究グループは、ヒトの舌を使った官能評価注2)と卵成分のマルチオミクス解析注3)を統合したアプローチにより、ケージ卵では脂質代謝物の増加によってクリーミーさが増強されると共に、苦味・オフフレーバーに関わる成分が多くなる一方で、平飼い卵(ケージフリー卵)では旨味や甘味に関連するアミノ酸が増加し、茶碗蒸しなどの加工処理によりそれらの特徴が際立って現れることを明らかにしました(図1)。これらの結果は、ニワトリが摂取する飼料とは独立して、物理的環境そのものが採卵鶏の体内の代謝変化を生じさせ、それを通じて卵の組成が変化し、結果として固有の食味特性がもたらされることを示しています。また、このような違いは調理・加工によっても引き立つことから、ケージ卵とケージフリー卵は、それぞれに適した料理方法が存在することを示唆しています。
本研究成果は、npj Science of Food(2026年8月27日付)に掲載されました。
研究の背景
アニマルウェルフェア(動物福祉)は、持続可能なタンパク質生産の核となるテーマとして世界的に注目されており、ケージ飼いから放し飼い(ケージフリー)への急激な移行が、欧米諸国を中心に生じています。ケージフリーでは、広いスペースや止まり木・巣箱といった資源を設置することにより、ニワトリが持つ行動欲求を満たし、健康状態を改善させることが可能です。一方で、ケージフリー卵(平飼い卵)は、生産コストや小売価格が高くなるため、消費者に広く受け入れられるためには、価格に見合う味や栄養価などの付加価値が伴うかどうかの科学的検証が求められていました。しかしながら、これまで卵の成分を向上させるアプローチとしては、飼料に特定の栄養素を添加する手法が主であり、また、ケージフリーといった飼育環境による卵成分の違いを報告した従来の研究でも、野外の放牧地の草や虫といった摂取したものの条件が混同し、純粋に物理的な飼育環境の違いが卵の味にどう関わっているのかは不明なままでした。また、食品科学におけるヒトの感覚と、生物学における遺伝子や代謝物といった分子メカニズムを包括的に繋げた研究は、これまで報告されていませんでした。
研究成果
本研究では、環境が制御された同一の部屋の中にケージと平飼い(ケージフリー)を設置し、飼料も同一のものを給餌し、飼育システムがニワトリおよび卵に与える影響を5年間にわたり検証しました。影響の評価は、ヒトの舌を使った味の官能評価に加え、代謝産物や遺伝子発現を網羅的に解析するマルチオミクス解析を統合したアプローチを用い、飼育環境の違いが卵の味に影響を与える一連の生物学的プロセスを解析しました。
結果として、ケージ飼育では、活動量の制限によって脂質関連の代謝が亢進し、血中・卵黄中の長鎖脂肪酸が増加する結果として、ヒトの舌で感知されるクリーミーさといった特徴がケージ卵に付加され、プリンといった加工によりその特徴がより際立つという結果が得られました(図1)。また、ケージ飼いのニワトリの肝臓で胆汁酸代謝の変化が生じ、ケージ卵に苦味・オフフレーバーの元となる二次胆汁酸などが増加することで、卵の好みを抑制していることもわかりました。
一方、ケージフリーでは、活動量の増加によってアミノ酸代謝が亢進することで、卵白中に旨味や甘味を構成するアミノ酸が増加し、それらが茶碗蒸しといった加工によって際立つことで、ケージフリー卵に旨味やなめらかさといった特徴が付与されるということが明らかとなりました(図1)。
本研究は、飼育環境という物理的因子が、活動量や行動の多様性を変化させ、それによりニワトリの体内の代謝、特に卵黄成分の合成を担っている肝臓や卵白成分の合成を担っている卵管の代謝にダイナミックな変化をもたらしていることを分子レベルで示しました。さらに、ニワトリが摂取する飼料とは独立して、それらの体内の代謝変化が血液を介して卵へと移行し、ケージ卵とケージフリー卵それぞれに特有の味の特徴がもたらされることを明らかにしました。これらの成分特性は、調理加工によって増強されることから、ケージ卵とケージフリー卵それぞれの卵の特性に適した料理方法が存在することが示唆されます。
今後の展開
本研究は、アニマルウェルフェア(動物福祉)を確保することにより人間の食の多様性が向上することを示しており、これは動物と人間の健康を一体的に捉える「One Welfare」の概念を科学的に具現化した初めての研究であるといえます。新村教授の研究グループでは、本研究をさらに拡張させ、飼育環境による卵内栄養素の変化の探索に加え、動物と人間との間で生じる情動の相互作用に関する神経科学的研究も推進しています。
謝辞
本研究は、東京農工大学大学院生物生産科学部門の新村毅教授(ワンウェルフェア高等研究所動物共生情報学研究領域)、同大学院農学府の志村ののこ氏、浅黄瑛紀氏、松原忠弘氏、神山結斗氏、鹿児島大学の松永将伍氏(現・農研機構)、井尻大地准教授、京都大学の友永省三助教、日本獣医生命科学大学の白石純一准教授、麻布大学の加瀬ちひろ准教授らの共同研究グループによって実施されました。本研究は、農林水産省委託プロジェクト研究(JPJ011279、JPJ013131)、JSPS・地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)(JPJS00420230003)、一般財団法人旗影会・研究助成、公益財団法人ロッテ財団・奨励研究助成などの支援を受けて行われました。
用語解説
注1)アニマルウェルフェア(動物福祉)
動物の状態のことで、ストレスといった不快と喜びといった快の総和で定量化される。詳しくは、「ニワトリの卵から考えるアニマルウェルフェア」(化学同人)、「動物福祉学」(昭和堂)などを参照。
注2)官能評価
人間の五感を用いて、食品や物質の特性を測定・評価する手法。本研究では、100名以上の消費者パネルによる嗜好性評価を主として、プリンや茶碗蒸しといった調理された卵料理の味や食感の特徴を分析した。
注3)マルチオミクス解析
生体内の様々な分子情報を網羅的に測定して統合する解析手法。本研究では、卵黄・卵白・血漿に含まれる代謝産物を網羅的に測定するメタボローム解析と、ニワトリの肝臓で働く約2万個の遺伝子の発現量を次世代シークエンサーを用いて網羅的に測定するトランスクリプトーム解析を実施した。
論文情報
タイトル:Housing environments link egg taste through metabolic alterations in laying hens
著者:志村ののこ†、浅黄瑛紀†、松永将伍†、友永省三、神山結斗、松原忠弘、白石純一、加瀬ちひろ、井尻大地、新村毅*(†共同筆頭著者、*責任著者)
掲載誌:npj Science of Food
掲載日:2026年8月27日
DOI:10.1038/s41538-026-01108-8
URL:https://www.nature.com/articles/s41538-026-01108-8
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院生物生産科学部門
教授 新村 毅(しんむら つよし)
TEL:042-367-5856
E-mail:shimmura(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp