浮遊微粒子と金属蒸気の反応を調べる新しい実験装置を開発 -原子物理の技術を大気化学へ応用-

浮遊微粒子と金属蒸気の反応を調べる新しい実験装置を開発
-原子物理の技術を大気化学へ応用-

 国立大学法人東京農工大学大学院工学府博士後期課程の鎌田新氏、Jiyatai氏、同大学院工学研究院化学物理工学部門の畠山温教授の研究グループは、真空中に微粒子を浮遊・捕捉した状態で、反応性の高いアルカリ金属蒸気に暴露できる新しい実験装置を開発しました。本装置を用いた実証実験では、浮遊・捕捉したパラフィン微粒子をアルカリ金属蒸気に暴露した後に紫外光を照射したところ、パラフィン微粒子の電荷質量比の変化が観測されました。本研究で開発した装置は、量子技術である原子時計や原子磁力計において重要なアルカリ金属蒸気とパラフィン表面との相互作用の解明や、惑星表面などでのアルカリ金属蒸気-微粒子相互作用の調査への応用が期待されます。

本研究成果は、Journal of Aerosol Science(7月10日付)に掲載されました。
論文タイトル:Development of an electrodynamic balance to study single levitated particles exposed to alkali-metal vapor
URL:https://doi.org/10.1016/j.jaerosci.2026.106862
Share Link URL (50 day’s free access): https://authors.elsevier.com/a/1nPvU4zzczOL1

背景
 大気中で浮遊する微粒子(エアロゾル)は、多くの環境問題において鍵を握っています。エアロゾルの挙動を深く理解するために、大気化学分野においてはこれまで、微粒子を空中で捕獲する電気力学天秤(注1)と呼ばれる実験装置を用いて、単一のエアロゾル粒子とさまざまな気体との反応を調べる研究が行われてきました。しかし、反応性が高い金属蒸気、特にアルカリ金属蒸気にエアロゾル粒子を暴露することができる電気力学天秤はこれまで報告されていません。このような電気力学天秤を開発することで、これまで人類が詳細を明らかにできていない、アルカリ金属蒸気が関係する極中間圏雲中の微粒子、月や水星表面の宇宙塵、バイオマス燃焼で生じるエアロゾルの形成過程、などの理解につながることが期待されています。
 また、この電気力学天秤は、蒸気セル型原子時計や原子磁力計の調査に利用できます。これらの原子時計や原子磁力計は、アルカリ金属蒸気セル(注2)内に封入されたアルカリ金属原子のスピン(注3)状態を制御・計測することで、時間や磁場を高精度に測定しています。蒸気セル内壁には、衝突によるアルカリ金属原子のスピン状態の変化を防ぐためにパラフィン(注4)を塗布することがあり、これが測定精度の向上につながります。しかし、アルカリ金属原子とパラフィン表面との相互作用には未解明な点が多く残されています。電気力学天秤を用いてパラフィン微粒子を真空中に浮遊・捕捉することで、通常のバルク試料測定で問題となる基板の影響を避けながら、アルカリ金属蒸気によるパラフィン表面の変化を調べることができます。

研究体制
 本研究は、東京農工大学大学院工学府化学物理工学専攻の大学院生 鎌田新氏、Jiyatai氏、同大学院工学研究院化学物理工学部門の畠山温教授による研究グループによって実施されました。なお本研究は、JSPS 科研費 JP23K26538、JP24K21729の助成を受けて実施されました。

研究成果
 本研究では図1に示すように、電気力学天秤を用いて浮遊・捕捉した微粒子をアルカリ金属蒸気に暴露できる装置を、原子・分子・光物理学分野で培われてきた技術や知見を新たに応用することにより開発しました。電気力学天秤の電極を真空ポンプに接続したガラス容器内に設置し、アルカリ金属の一種であるルビジウムが安全に扱えるルビジウムディスペンサーから、加熱によりセル内にルビジウム蒸気を供給しました。また、電気力学天秤の下方電極に微粒子を配置し、パルスレーザーによって、下方電極を振動させて微粒子を打ち上げて捕捉する手法を用いました。こうした独自の工夫により、反応性の高いアルカリ金属蒸気を大気にさらすことなく、真空のガラス容器内で実験を完結できることが本装置の最大の特徴です。本装置の実証実験では、パラフィンの一種であるテトラコンタン(C40H82)微粒子を真空中に浮遊・捕捉し、ルビジウム蒸気に暴露した後、紫外光を照射しました。その結果、負に帯電したテトラコンタン微粒子の電荷質量比が変化する光誘起効果が観測されました。この現象の詳細なメカニズムは未解明ですが、ルビジウム原子によるテトラコンタン表面の何らかの変化を示唆しています。

今後の展開
 本研究で開発した装置で確認した現象を解明することで、蒸気セル型原子時計や原子磁力計の測定精度に関係するアルカリ金属原子とパラフィン表面の相互作用の詳細な理解につながることが期待されます。また、本研究で開発した装置は、アルカリ金属蒸気とさまざまなエアロゾル粒子との相互作用を調査する研究への展開も期待されます。

用語解説
注1) 電気力学天秤
帯電した微粒子を、クーロン力と重力のつり合いを用いて浮遊した状態で1箇所に捕捉する装置。装置の原型は、「ミリカンの油滴実験」において電気素量を求めるために利用された。
注2) アルカリ金属蒸気セル
ナトリウム、セシウムなどのアルカリ金属の蒸気が内部を漂う容器。
注3) スピン
電子や原子などの粒子が持つ、磁石のような性質。古典的には粒子の自転運動のようなものとして解釈される。
注4) パラフィン
分子式CnH2n+2で表される飽和炭化水素の総称。ろうそくのロウの主成分。

図1:本研究で用いた装置の概略図

 
 

◆研究に関する問い合わせ◆
 東京農工大学大学院工学研究院
  化学物理工学部門 教授
   畠山 温(はたけやま あつし)
   TEL/FAX:042-388-7554
   E-mail:hatakeya(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

 

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