衝撃が生む液体の「バンジージャンプ」現象の謎を解明 ー 複雑な粘弾性ジェットの動きは「単純なモデル」で記述できた ー
衝撃が生む液体の「バンジージャンプ」現象の謎を解明
ー 複雑な粘弾性ジェットの動きは「単純なモデル」で記述できた ー
東京農工大学大学院工学研究院機械システム工学部門の田川義之教授らの研究チームは、ゴムのような性質をもつ粘弾性液体が衝撃を受けて噴出される際に示す「バンジージャンプ」のような特異な挙動を解析しました。粘弾性液体はインクジェット印刷や3Dプリント、バイオプリントなど幅広い産業で利用されています。これらの技術では、液体を細く速い流れである「ジェット」として噴出させることが重要な役割を果たします。しかし、粘弾性液体は急激な変形を受けると、ジェット内部で複雑な変化が生じます。こうした予測しにくい挙動が、印刷プロセスの精密な制御を阻む大きな課題となっていました。
本研究では従来の高速度カメラ計測に加え、偏光計測を用いることで、飛行中のジェット内部に発生する速度分布および応力分布を可視化することに成功しました。その結果、急激に伸びるジェット内部で、ジェットの伸長率(液体の伸びる速さ)と応力(形を保とうとジェット内部にかかる力)が時間・空間的に極めて均一に保たれているという、これまでの常識を覆す物理現象を発見しました。さらに、この現象が基本的な数理モデルである「Voigt型モデル」によって記述できることを明らかにしました。
本研究成果は、米国物理学協会(AIP)が発行する物理学分野のトップジャーナル「Applied Physics Letters」に掲載され、特に重要な論文として「Editor's Pick」に選出されました。
本研究成果は、科学誌「Applied Physics Letters」(3月23日付)に掲載されました。
論文タイトル:Impact-induced viscoelastic bungee-jumper jets with uniform extension and stress
(和訳:衝撃駆動による粘弾性バンジージャンパー・ジェットにおける均一な伸長と応力)
著者:Kyota Kamamoto, Asuka Hosokawa, Yoshiyuki Tagawa
DOI:10.1063/5.0320061
URL:https://pubs.aip.org/aip/apl/article/128/12/122701/3384409/Impact-induced-viscoelastic-bungee-jumper-jets
現状
インクジェット印刷や3Dプリンティング、バイオプリントなどで用いられる粘弾性液体は、急激な変形に対して「粘性」と「弾性」を同時に示します。これらは微細なプリント品質を左右する決定的な因子となるため、射出された液体の中で粘弾性特性がどのように機能するかを解明することは非常に重要です。特に、一度伸びた液体がゴムのように引き戻される「バンジージャンパー現象」は物理的に極めて特異な挙動ですが、高速かつ複雑な動きのため、ジェット伸長・収縮時のジェット内部の力学的詳細はこれまで謎に包まれていました。これらを解明することにより、従来は制御困難であった液体ジェットの挙動を高精度に予測・制御できるようになり、次世代デバイスの品質向上につながります。
研究体制
本研究は、東京農工大学大学院 田川義之教授(工学研究院機械システム工学部門)、釜本恭多氏(工学府博士後期課程修了)、細川明日香氏(工学府博士前期課程修了)により実施されました。本研究は、JSPS科研費 JP20H00223、JP 20H00222、JP220K20972、JP24H0028 、JSTさきがけJPMJPR21O5、SBIR JPMJST2355の支援を受けて行われました。。
研究成果
本研究グループは、PEO(ポリエチレンオキシド)水溶液をモデル流体とし、衝撃駆動によって発生するジェット挙動を詳細に観察しました。高速度カメラによる観測と、偏光計測による複屈折(応力に比例して光の性質が変わる現象)の解析を組み合わせることで、高速飛行するジェット内部の様子を捉えることに成功しました。
解析の結果、衝撃駆動の液体ジェットは、先端から根元までのあらゆる箇所で「同じ速度勾配で伸び、同じ強さの応力が発生している」という、従来の強い非平衡流では不均一になると考えられていたにもかかわらず「時空間的に極めて一様な状態」にあることが判明しました。通常、このような激しい変形を伴う流体現象では、場所ごとに不規則な応力分布が生じると予想されますが、粘弾性ジェットにおいては全体が高度に同期して一様に振る舞う物理的特性が明らかになったのです。さらに、この均一な伸長挙動に着目した結果、従来は高度な数値計算が必要とされていたにもかかわらず、バネとダッシュポットを並列に繋いだシンプルな「Voigt型モデル」を用いるだけで、実験結果を極めて正確に予測できることが示されました。これは、一見制御不能に見える複雑な流体現象の中に、非常に簡潔な物理法則が隠れていることを証明した画期的な成果です。この結果は、強い非平衡状態においても粘弾性流体が自発的に単純な構造を形成する可能性を示しており、流体力学の新たな理解につながるものです。
今後の展開
今回の研究成果により、粘弾性液体の「ちぎれ」や「引き戻り」といった挙動を、シンプルな数理モデルに基づいて制御する道が開けました。これにより、インクの飛び散りを抑えた高精度な印刷技術や、高粘度液体の微細加工技術など、工業・医療の両面におけるプロセスの最適化に大きく貢献することが期待されます。
また、本手法は複雑な流体の強い伸長性および高度に非平衡なレオロジー応答(極限状態において引き起こされる、液体性質の変化)を観察する貴重な機会を提供し、従来の回転式レオメータ等の手法では実現や測定が困難な極限状態での観測を可能にする技術の基礎を確立しました。
図1 衝撃によって生成される液体ジェット挙動:液体ジェットの生成手法(パネル左)と、高速度カメラで捉えたジェットの時間変化(パネル下)、およびそれを解析したジェット先端位置の時間変化(パネル右)を示している。Voigt型モデルはどの液体においても、ジェット挙動を正確に記述している。(Kamamoto et al., Applied Physics Letters, 2026(本研究)を基に作成)
図2 粘弾性バンジージャンパー・ジェットの内部解析:高速度カメラを用いた速度分布の解析結果(パネル左上)、および速度の位置変化(パネル右上)と、偏光カメラで捉えた位相差データ(パネル左下)、およびそれを解析して再構成した応力を示す指標の位置変化(パネル右)を示している。(Kamamoto et al., Applied Physics Letters, 2026を基に作成)
用語解説
注1 粘弾性液体
液体の粘り(粘性)と、ゴムのように元の形に復元しようとする性質(弾性)を併せ持つ液体のこと。外部から強い衝撃や急激な変形が加わると、液体でありながら瞬時にバネのような固体的な性質が発生し、一度伸びた液体が急激に引き戻されるなど、極めて複雑な挙動を示す。
注2 偏光計測
光の物理的特性(偏光)を応用し、液体内部の力学的状態を解析する計測手法。ポリマー溶液などの粘弾性液体は、変形に伴い内部の分子が引き伸ばされると、光の通り方が変化する複屈折という光学的な性質を示します。この特性を用いることで、本来は観察できない液体内部の応力分布を捉えることが可能になります。
注3 伸長率
物体がどれだけ速く、どの程度伸びているかを示す指標。一般的な液体ジェットは、場所によって伸びる速さが異なり、最終的には細くなった部分からちぎれる(分断する)が、本研究の「バンジージャンパー・ジェット」は、先端から根元までが同じ比率で伸びる「均一伸長」という極めて安定した状態にあることが判明した。
注4 Voigt(フォークト)型モデル
粘弾性体の挙動を説明するための最も基本的な数理モデルの一つ。力を受け止める「バネ(弾性)」と、動きを抑制する「ダッシュポット(粘性)」を並列につないだ構造で表現される。通常、高速で射出される複雑な液体ジェットを記述するには非常に多くの変数が必要とされるが、本研究ではこのシンプルなモデルだけで現象を正確に記述できることを証明した。
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院工学研究院
機械システム工学部門 教授
田川 義之(たがわ よしゆき)
TEL/FAX:042-388-7407
E-mail:tagawayo(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp