ハダニの休眠に伴う産卵停止と体色変化をつなぐタンパク質を発見 ―卵か、色素か、脂質の配分先を切り替える季節適応のしくみ―
ハダニの休眠に伴う産卵停止と体色変化をつなぐタンパク質を発見
―卵か、色素か、脂質の配分先を切り替える季節適応のしくみ―
本研究のポイント
- ハダニのメスは、冬が近づくと産卵を止め、体色を黄緑からオレンジに変えて休眠注1)に入ります。この産卵停止と体色変化が連動するしくみは、長らく謎でした。
- 休眠したメスで特に増えるタンパク質TuPLAT10を見つけました。その遺伝子の働きを抑えると、産卵停止と体色変化がそろって解除されました。
- TuPLAT10は、脂質の配分先を卵から色素へ切り替える役割をもつと考えられます。休眠と産卵の双方に関わることから、防除標的としても期待できます。
概要
東京農工大学大学院生物システム応用科学府博士後期課程のRismayani大学院生、同学府博士前期課程(研究当時)の齋佳苗大学院生および大迫朋寛大学院生(現在、大阪大学大学院理学研究科・日本学術振興会特別研究員)、同大学大学院農学研究院生物システム科学部門の鈴木丈詞教授らの研究グループは、帯広畜産大学原虫病研究センターの白藤梨可教授との共同研究により、世界的な農業害虫であるナミハダニ(Tetranychus urticae; 以下、ハダニ)において、休眠に伴う産卵停止と体色変化をつなぐタンパク質の一つを発見しました。
ハダニのメスは、夜の長さを手がかりにして季節を知ります。長い夜を複数回経験すると、産卵を止め、体色を黄緑から鮮やかなオレンジに変えて休眠に入ります。この休眠に伴う産卵停止と体色変化の連動は20世紀初頭には知られていましたが、そのしくみは謎でした。今回、TuPLAT10(脂質と結合するPLATドメイン注2)を一つだけもつタンパク質)が、この二つの現象をつなぐ因子の一つであることがわかりました。休眠に伴いTuPLAT10は、脂質の配分先を卵から色素へ切り替えていると考えられます。ハダニの巧みな季節適応戦略の一端が明らかになるとともに、産卵や休眠の操作による害虫防除技術への応用が期待されます。
本研究成果は、Insect Biochemistry and Molecular Biology誌(2026年7月27日付)に掲載されました。
研究の背景
ハダニは、体長0.5 mm程度のごく小さな節足動物です。昆虫ではなく、クモやサソリに近い仲間です。しかし、1,100種を超える植物を加害し、薬剤への抵抗性も急速に発達させることから「スーパーペスト」とも呼ばれるなど、世界的に重要な農業害虫です。
成育に適する季節には、ひたすら植物を食べて卵を産み、爆発的に増えます。一方、成育に適さない季節は、休眠に入って、植物も食べず、卵も産まず、じっとやり過ごします。メスは夜の長さを暦として読み取り、幼若虫の時期に長い夜を複数回経験すると、成虫になってから休眠が誘導されます。夜の長さを測って季節を知る性質は光周性注3)と呼ばれ、ハダニは光周性研究のモデル生物の一つとして古くから利用されてきました。
休眠が誘導されたメスは産卵せず、体全体が黄緑色から鮮やかなオレンジ色に変わります。この色のもとは、カロテノイド注4)色素の一つアスタキサンチンです。アスタキサンチンは、サケやエビに含まれる天然の赤い色素としても知られています。一般に、動物はカロテノイド色素を自ら合成できず、食餌から摂取します。興味深いことに、ハダニやいくつかの昆虫種は例外で、真菌に由来するカロテノイド合成酵素を遺伝子の水平伝播注5)で獲得し、β-カロテンを自ら合成しています。ハダニはさらに、このβ-カロテンをアスタキサンチンにつくり変えます。体内では、アスタキサンチンの多くは脂肪酸と結びついた形でたくわえられます。アスタキサンチンは強い抗酸化作用をもつため、越冬中のさまざまな環境ストレスへの耐性に役立つと考えられています。このように、体色変化は越冬への備えの一部です。
しかし、休眠に伴う産卵停止と体色変化がどのようにして連動しているのか?この問いは、長きにわたり謎のままでした。
研究成果
研究グループは、休眠を誘導する長い夜と、産卵を誘導する短い夜のそれぞれの条件でメスを育て、成虫の段階で発現しているタンパク質を質量分析(LC-MS/MS)で比較しました。その結果、カロテノイド合成酵素に加え、TuPLAT10が休眠誘導条件で特に増えることを発見しました。
PLATドメインは、脂質と結合する部分です。このドメインをもつタンパク質では、化学反応を進める部分(触媒ドメイン)と組み合わさって働きます。一方、TuPLAT10はPLATドメインを一つもつだけで、触媒ドメインをもちません。そのため、脂質を化学的に変えるのではなく、脂質と結びついて配分を左右する役割をもつと考えられます。
次に、RNA干渉注6)という手法でTuPLAT10の遺伝子の働きを抑えると、長い夜(休眠誘導条件)で育てたにもかかわらず、メスは産卵しました。また、多くの個体で体がオレンジ色になりませんでした。カロテノイド合成酵素の遺伝子の働きを抑えた場合も、体がオレンジ色にならない個体がいましたが、産卵は止まったままでした。産卵停止と体色変化の二つの現象がそろって解除されたのはTuPLAT10の遺伝子を抑えたときだけであり、TuPLAT10がこれらをつなぐ因子の一つであることがわかりました。
オレンジ色のもとになるアスタキサンチンは、脂肪酸と結びついたエステルの形で蓄積されます。一方、卵をつくるにも脂質が欠かせません。研究グループは、夜が長いときは脂質が色素へ、夜が短いときは脂質が卵へ向かうと考えています。長きにわたり謎であった休眠に伴う体色変化と産卵停止の連動は、この脂質配分の切り替えで説明できます。TuPLAT10はその切り替え役として機能している可能性があります(図1)。
今後の展開
休眠は、ハダニが冬を越して翌春に増える土台です。越冬を妨げれば、翌春以降の大発生を防げます。また、卵をつくるには脂質が欠かせないため、その配分を断てば産卵も抑えられます。TuPLAT10は休眠と産卵の双方に関わることから、防除標的としても期待できます。
今後は、夜の長さの情報がどこを経てTuPLAT10に届くのかを明らかにしていきます。TuPLAT10が受け取る脂質としては、ホスファチジン酸注7)を想定しています。それがどこに運ばれ、どのように代謝され、アスタキサンチンや卵に届くのかも調べていきます。
研究者コメント
ハダニの休眠に伴う劇的な体色変化は、多くの研究者を魅了してきました。私もその一人で、学生時代にこの現象を初めて目にしたときに心を奪われ、研究の世界に入りました。今回、その体色変化と産卵停止が脂質の配分でつながっているとわかり、驚いています。同時に新たな問いも生まれ、興味は尽きません。(鈴木丈詞教授)
図1:夜の長さに応じてTuPLAT10が脂質の配分先を切り替えるしくみ(模式図)。写真は休眠したメス(左半分)と休眠していないメス(右半分)を並べたもの。長い夜が続く秋冬にはTuPLAT10が増え、体内の脂質はアスタキサンチンと結びつく脂肪酸として使われる。その結果、体はオレンジ色になり、産卵が止まる。短い夜が続く春夏にはTuPLAT10が減り、脂質は卵へと向かう。なお、夜の長さの情報がどのようにTuPLAT10へ伝わるのか(破線)は未解明である。
謝辞
本研究の一部は、国際協力機構(JICA)SDGsグローバルリーダーコース(202006547J063)、日本学術振興会科学研究費補助金(JP16K18661、JP18H02203、JP21H02193、JP24K21256)、内閣府ムーンショット型農林水産研究開発事業(JPJ009237、研究推進法人:生研支援センター)および帯広畜産大学原虫病研究センター共同研究(2024joint-9、2025joint-1、2026joint-5)の支援によるものです。
用語解説
注1)休眠(diapause)
季節の変化を予測して、あらかじめ発育や生殖を止める生理状態。条件が良くなればすぐ戻る休止(quiescence)とは異なり、一定の期間を経なければ解除されない。
注2)PLATドメイン(PLAT domain)
タンパク質を構成する部分の一つで、脂質や他のタンパク質との結合に関わる。名称は、このドメインをもつポリシスチン1(Polycystin-1)、リポキシゲナーゼ(Lipoxygenase)、アルファ毒素(Alpha-toxin)に由来する。
注3)光周性(photoperiodism)
昼夜の長さの変化を測って季節を知り、発育や生殖などを切り替える性質。
注4)カロテノイド(carotenoid)
植物や微生物がつくる黄色から赤色の色素の総称。動物では体色、視覚および抗酸化などに関わる。ハダニの体色に関わるβ-カロテン(β-carotene)とアスタキサンチン(astaxanthin)もこれに含まれる。
注5)遺伝子の水平伝播(horizontal gene transfer)
親から子へ受け継がれるのではなく、別種の生物から遺伝子が取り込まれる現象。。
注6)RNA干渉(RNA interference, RNAi)
特定の遺伝子に対応する二本鎖RNAを与えて、その遺伝子の働きを抑える手法。
注7)ホスファチジン酸(phosphatidic acid)
細胞膜を構成する脂質の一つ。他の脂質へつくり変えられる分岐点にあり、細胞内の情報伝達にも関わる。
論文情報
タイトル:A single PLAT domain protein couples reproductive arrest and carotenoid pigmentation during diapause in the two-spotted spider mite, Tetranychus urticae Koch
著者:Rismayani, Kanae Sai, Tomohiro Ohsako, Kohyoh Murata, Yuka Arai, Naoki Takeda, Masanobu Yamamoto, Rika Umemiya-Shirafuji, Takeshi Suzuki
掲載誌:Insect Biochemistry and Molecular Biology
掲載日:2026年7月27日(オンライン公開)
DOI:10.1016/j.ibmb.2026.104644
URL:https://doi.org/10.1016/j.ibmb.2026.104644
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院生物システム科学部門
教授 鈴木 丈詞(すずき たけし)
TEL:042-388-7278
E-mail:tszk(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
◆報道に関する問い合わせ◆
東京農工大学 総務課広報室
E-mail:koho2(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
帯広畜産大学 企画総務課 基金・広報係
E-mail:kouhou(ここに@を入れてください)obihiro.ac.jp