受精直後から細胞運命に偏りの兆し ―牛受精卵を1細胞レベルで解析し解明―
受精直後から細胞運命に偏りの兆し
―牛受精卵を1細胞レベルで解析し解明―
ポイント
- 受精直後の細胞間に、すでに分子レベルでの違いが存在することを明らかにしました。
- その違いは発生の進行に伴って段階的に顕在化し、8細胞期では胎盤への分化に関わる遺伝子の発現差として現れました。
- この分子レベルの違いは細胞の大きさと関連しており、その後の分化の偏りとも関係していることが分かりました。
東京農工大学大学院農学府農学専攻修士課程修了・小山ひなた氏、同大学院グローバルイノベーション研究院・杉村智史教授らは、大阪大学微生物病研究所、扶桑薬品工業、浅田レディースクリニックとの共同研究で、ウシ受精卵を解析し、受精直後の細胞がすでに均一ではなく、将来の分化につながる違いを持つことを明らかにしました。この成果は、細胞運命が胚盤胞期(注1)に突然決まるのではなく、より初期の段階から形成され始める可能性を示すものです。これまでマウスでは初期からの細胞間の違いが示唆されていましたが、それがいつ生じ、どのように分化の偏りにつながるのかは十分に分かっていませんでした。本研究は、ヒトに近い発生様式を持ち、畜産や生殖補助医療の観点からも重要なモデルであるウシを用いて、細胞間の違いが受精直後から段階的に拡大し、分化の偏りにつながる過程を1細胞レベルで明らかにしたものです。
本研究成果は、Springer Natureが発行する国際学術誌 Communications Biologyに5月7日付で掲載されました。
論文名:Early transcriptional divergence underlies cell fate bias in bovine embryos
著者名:Koyama Hinata, Daisuke Mashiko, Pilar Ferré-Pujol, Utano Suzuki, Rei Morita, Masahiro Kaneda, Atchalalt Khurchabilig, Haruhisa Tsuji, Tatsuma Yao, Satoshi Sugimura*
*責任著者
URL:https://www.nature.com/articles/s42003-026-10198-9
現状
哺乳類の発生は、1つの細胞である受精卵から始まり、細胞分裂を繰り返しながら進行します。発生が進み胚盤胞と呼ばれる段階になると、最初の細胞分化が起こり、将来胎子になる細胞群と胎盤になる細胞群に分かれます。これまで、受精直後の細胞は同じような性質を持ち、すべての細胞が等しく胎子にも胎盤にもなりうると考えられてきました。一方、マウスでは受精直後の細胞間に違いが存在する可能性が示唆されていましたが、それがどのように生じ、発生にどのように関わるのかは十分に分かっていませんでした。
研究体制
本研究は、東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院・杉村智史 教授、同大学院農学府農学専攻修士課程修了・小山ひなた氏、同専攻修士課程 森田玲氏、農学部附属広域都市圏フィールドサイエンス教育研究センター・Pilar Ferré-Pujol 特任助教、鈴木詩乃 産学官連携研究員、Atchalalt Khurchabilig 産学官連携研究員(当時)、同大学院農学研究院動物生命科学部門・金田正弘准 教授、大阪大学微生物病研究所・増子大輔 助教、扶桑薬品工業株式会社研究開発センター・八尾竜馬 上席研究員、浅田レディースクリニック・辻暖永 博士らが共同で実施しました。
本研究は、JSPS科研費 JP23K23760、JRA畜産振興事業の支援を受けて行われました。
研究成果
本研究では、ウシ受精卵の1細胞期から8細胞期にかけて、各細胞の遺伝子発現を1細胞レベルで網羅的に解析しました。その結果、2細胞期では細胞間の違いはほとんど見られない一方、4細胞期で差が現れ始め、8細胞期ではより明確になることが分かりました。特に、胎盤を形成する栄養外胚葉に関連する遺伝子において、細胞間の発現差が確認されました。さらに、この違いは細胞の大きさとも関連しており、大きい細胞ほど胎盤側に寄与しやすい傾向が見られました。ただし、胎子側への分化能力が失われるわけではなく、分化の方向に偏りが生じていることが示されました。また、小さな割球のみを複数用いて再構築した胚では、胚盤胞までは発生するものの、その後の栄養外胚葉の成長が不十分であることが分かりました。これは、初期胚の細胞間で、将来の分化や発生を支える能力にすでに違いが存在する可能性を示しています。特に、小さな細胞は胎盤側の組織形成への寄与が弱く、それだけではその後の正常な発生を十分に支えられない可能性が考えられます。このような現象はマウスでは示唆されていましたが、本研究ではウシをモデルとして、細胞間の違いが分化の偏りと関係し、さらに分子レベルの差異が機能的な違いとして現れることを明らかにしました(図1)。
今後の展開
ウシでは、体外受精によって作製された受精卵を用いた繁殖が広く普及しており、遺伝情報の解析による改良の加速や、1つの受精卵から複数の産子を得る多子生産技術の開発が進められています。また、ヒトの生殖補助医療においても、受精卵から細胞の一部を採取して遺伝学的検査を行う技術が実用化されています。
本研究は、受精直後の受精卵であっても、すでに細胞ごとに将来の分化に偏りが生じうること、さらにその偏りが発生に伴って段階的に強まる可能性を示しました。この知見は、初期胚に対する操作や評価を行う際には、個々の細胞の性質の違いを十分に考慮する必要があることを示すものです。
さらに本成果は、初期胚発生の基本原理の理解を大きく前進させるとともに、畜産分野における受精卵技術の高度化や、ヒト生殖補助医療におけるより安全で精度の高い生殖補助技術の開発につながることが期待されます。
注1)胚盤胞期:将来、胎盤(栄養外胚葉)と胎児(内部細胞塊)のもとになる部分が確認できる段階。ウシでは受精後6~7日でこの段階に至る。
図1 本研究の概略図。受精後わずか数回の分裂段階(4細胞期)から細胞間に分子レベルの違いが現れ、8細胞期にはその差がさらに拡大します。特に胎盤形成に関わる遺伝子の発現差が顕著となり、将来の分化の偏りと関連します。さらに、細胞サイズとも関係しており、大きな細胞は胎子側と胎盤側の両方に寄与しますが、特に胎盤形成に寄与しやすいことが示されました(Koyama et al., Communications Biology, 2026 のグラフィカルアブストラクトより)。
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学 大学院グローバルイノベーション研究院 教授
杉村 智史(すぎむら さとし)
TEL:042-367-5819
Email:satoshis(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
◆報道に関する問い合わせ◆
東京農工大学総務課広報室
E-mail:koho2(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
URL:https://www.tuat.ac.jp/
扶桑薬品工業株式会社 経営企画部広報室
TEL:06-6969-1131 FAX:06-6969-2341
E-mail:kouhou(ここに@を入れてください)fuso-pharm.co.jp
URL:https://www.fuso-pharm.co.jp
浅田レディースクリニック 広報
E-mail:publicity(ここに@を入れてください)ivf-asada.jp
URL:https://ivf-asada.jp
関連リンク(別ウィンドウで開きます)
- 東京農工大学 杉村智史教授 研究者プロフィール
- 東京農工大学 杉村智史教授 広域都市圏フィールドサイエンス教育研究センター(FSセンター)
- 杉村智史教授が所属する 東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院