ゼニゴケは自身の成長制御に植物ホルモン『ジベレリン』を生産せず利用しないが、ヒメツリガネゴケの制御物質より さらに『ジベレリンに似た分子』を利用する

2023年8月24日

ゼニゴケは自身の成長制御に植物ホルモン『ジベレリン』を生産せず利用しないが、ヒメツリガネゴケの制御物質より さらに『ジベレリンに似た分子』を利用する

 京都大学、東京農工大学、東京大学、東京理科大学の共同研究クループは、ゼニゴケは自身の形を制御するため、植物ホルモン・ジベレリンの原料から「ジベレリンとは別の活性物質(GAMP)」を作り、利用していることを明らかにしました。過去、ヒメツリガネゴケから「ジベレリンとは別の活性物質」を見つけていましたが、ゼニゴケのGAMPはジベレリンに少し近づいた別の構造をしていること、今回着目したゼニゴケの形の制御に、ジベレリンを与えても効果がないことが分かりました。

本研究成果は、The PLANT CELL(8月19日付)に掲載されました。
論文タイトル:Biosynthesis of gibberellin-related compounds modulates far-red light responses in the liverwort Marchantia polymorpha
URL:doi.org/10.1093/plcell/koad216

背景
 草丈の制御や発芽過程を制御する植物ホルモン『ジベレリン』(注1)は、ゲラニルゲラニル二リン酸(GGDP)を原料として数段階の生合成過程を経て生産されます【図1】。コケ植物には、蘚類や苔類という小分類【図2】があり、ゼニゴケは苔類、ヒメツリガネゴケは蘚類に属します。植物に広く共通して機能する分子として知られている植物ホルモンですが、蘚類に属するヒメツリガネゴケは、GGDPからent-カウレン酸(KA)までの合成に必要な酵素遺伝子群は存在しましたが、それ以降のジベレリン合成に必要となる酵素遺伝子群が見つからず、植物体内からはジベレリンが検出されません。その代わりにKAの3位に水酸基が付与された3OH-KAが分化制御に関わる生理活性物質であると同定しています【図1】。一方、苔類に属するゼニゴケのゲノム情報を参照すると、ヒメツリガネゴケと同様にジベレリンを合成しないものの、ジベレリン生合成中間体であるGA12へと変換する酵素、カウレン酸酸化酵素(略称、KAO)までのジベレリン生合成酵素を保有していることが判明し、GA12もしくはその代謝産物が生理機能を保有して生体内に存在することが示唆されていました。

研究体制
 京都大学、東京農工大学、東京理科大学、東京大学により実施されました。

研究成果
 ゼニゴケの生育にジベレリンは関与しているかについて判断するため、カウレン合成能欠損変異体(cps欠損変異体)を作成したところ、頂端分裂組織数の増加、葉状体面積の拡大、縁赤色光で誘導される下偏成長の異常を認めました。このcps欠損変異体に対してCPS遺伝子を相補的に発現させると異常が回復したことから、これらの異常はCPSが欠損したことに起因することが判明しました。

 次にジベレリンや生合成中間体のゼニゴケ内生量をLC-MS/MSで分析したところ、GA生合成経路上最初のGA12のみがゼニゴケ野生株から検出されました。cps欠損変異体からはGA12は検出されなかった。cps欠損変異体ではGA12までのジベレリン生合成経路が遮断されていることが想定されたため、cps欠損変異体に対して入手ができたジベレリンや生合成中間体を投与したところ、KAの投与により遠赤色光で誘導される形態形成は回復したのに対し、ジベレリンではcps欠損変異体は回復しませんでした。これらの結果はゼニゴケもヒメツリガネゴケと同様にKAあるいはGA12から遠赤色光で誘導される形態を制御する活性代謝物(GAMP)が生産していることを示しています。

 ゼニゴケが保有するGA12までの生合成酵素が機能しているか検証するため、カウレン酸化酵素(KO)とKAOの候補遺伝子を特定し、酵母を用いて組換え酵素を調製しました。試験管内で各基質との酵素反応を行ったところ、それぞれカウレンからカウレン酸、カウレン酸からGA12への変換活性を保有する酵素を特定するに至りました。これら特定した酵素とさらにジベレリン生合成経路上流で機能するカウレン合成酵素(KS)の欠損変異体を作出すると、cps欠損変異体と同様に遠赤色光で誘導される下偏成長に異常を確認しました。ks欠損変異体とko欠損変異体で認められた異常は、その下流で合成されるKAの投与により回復しました。一方、kao欠損変異体はKAが基質であるため、KAの投与により回復しないことが予想されましたが、KAの投与により部分的に葉状体の形態形成に変化が認められました。このことから、この制御に関わる活性代謝物GAMPとしてKA自身か、GA12とは異なるKA代謝物に加え、GA12自身か、GA9と異なるGA12代謝物が機能していると考えています。

今後の展開
 コケ植物よりも後から出現した維管束植物はジベレリンの合成能を持つことが知られています。広く知られているジベレリンはどこからきたのでしょうか? 最近、コケ植物蘚類に属するヒメツリガネゴケはジベレリン合成能を獲得せず、代わりに中間産物KAからジベレリン起源物質(3OH-KA)を作り、自身の成長制御に用いていることが明らかとなりました。本研究から、苔類に属するゼニゴケは顕花植物で知られている活性型ジベレリンを生産しない点はヒメツリガネゴケと一致しますが、KAをGA12へと変換する酵素を保有し、ジベレリンを合成している点で大きく異なることが明らかとなりました。進化的にコケ植物よりも後に出現したすべての維管束植物(シダ植物や顕花植物)ではジベレリンを合成しており、ゼニゴケ・ヒメツリガネゴケいずれのコケ植物ともにジベレリンを合成しない代わりに別の物質を生命現象の制御に利用しているということは、ジベレリンはどこからやってきたかが謎であり興味深いことです。ヒメツリガネゴケの3OH-KA、および、ゼニゴケのGAMPは、ジベレリンの起源となる物質やその制御機構を考える上で興味深い活性物質であり、これらのコケ植物がジベレリン生産能を選択しなかったのか、ジベレリンの分子進化の観点でも非常に興味が持たれ、生命の陸上進出にさらなる知見をもたらす基盤となることが期待されます。

用語解説
注1)ジベレリン
植物の発芽、花芽形成、伸長成長、果実肥大の促進などにかかわる植物ホルモンの一つ。ジベレリンはイネの馬鹿苗病の病原菌の生産する毒素として薮田貞治郎により単離され、その後に植物でも普遍的に生産され、成長制御物質として機能していることが明らかとなった。ジベレリンはジテルペンに分類されるテルペノイド化合物である。テルペノイドはイソプレンと呼ばれる炭素5個の分子を基本骨格とする天然有機化合物の総称。ジテルペンはイソプレンが4個つながった炭素20個のゲラニルゲラニル二リン酸(GGDP)から誘導される化合物である。GGDPからGA12までのジベレリン生合成中間体は炭素数20個の分子であるが、活性型のジベレリン(GA4)は脱炭素反応を経るため19個である。なお、本文中の「ジベレリン」は活性型のジベレリンを指す。

図1:維管束植物(シダ植物や顕花植物)では、ゲラニルゲラニル2リン酸(GGPP)を原料として、各種酵素群(CPS, KS, KO, KAOなど)の触媒反応を経て「ジベレリン」は生合成される。その経路途上に、本研究において重要な意味を持つKAやGA12などの生合成中間体が位置している。先行研究のヒメツリガネゴケではKAO以降の酵素の存在が確認できずジベレリンも検出されない。その代わり、KAから3OH-KAへの代謝が確認され、分化制御に使われている。今回の研究により、ゼニゴケではKAO酵素が存在してGA12も検出されたが、それ以降に必要となる酵素は確認できずジベレリンも検出されない。GA12からの代謝物がGAMPの主要部分を担っていると考えられる。
図2:植物の進化過程において、コケ植物はツノゴケ類、蘚類、苔類の3つに大別されている。このうち、ゼニゴケは苔類に属し、ヒメツリガネゴケは蘚類に属する。

参考文献
S. Miyazaki, M. Hara, S. Ito, K. Tanaka, T. Asami, K. Hayashi, H. Kawaide and M. Nakajima*. An ancestral gibberellin biosynthetic pathway in the moss Physcomitrella patens. Mol. Plant, 11: 1097-1100, (2018). [doi:10.1016/j.molp.2018.03.010].

◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院
助教 宮崎 翔(みやざき しょう)
TEL/FAX:042-367-5620
E-mail:fy9133(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp

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東京農工大学 宮崎翔助教 研究者プロフィール
宮崎翔助教が所属する 東京農工大学農学部応用生物科学科

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