世界初のアルキンとジエンによるビシクロ付加反応における触媒活性種の解明

世界初のアルキンとジエンによるビシクロ付加反応における触媒活性種の解明

 国立大学法人東京農工大学大学院工学府応用化学専攻 富田雄介(博士後期課程修了生)、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教ならびに平野雅文教授の研究チームは、独自に開発したアルキンとジエンから二環式化合物が生成する世界初のビシクロ付加反応において、触媒活性を示す真の化学種(活性種)を特定することに成功しました(図1)。同様のコバルト錯体を用いた触媒系は有機合成化学の分野で広く用いられていることから本発見は長年の謎を解き明かし、次世代触媒開発への道を切り拓くものです。

図1.コバルト錯体と亜鉛およびヨウ化亜鉛の触媒系により、アセチレン誘導体である3-ヘキシンとブタジエンの誘導体である1-フェニルブタジエンからビシクロ[3.1.0]ヘキセンが生成する。

本研究成果は、日本化学会Bulletin of the Chemical Society of Japan誌(2月9日付電子版)に掲載され、優秀論文に選定されました。
論文名:Mechanistic Insights on the Bicycloaddition of Conjugated Dienes with Internal Alkynes Catalyzed by the [CoBr2(dppp)]/Zn/ZnI2 System
URL:https://doi.org/10.1093/bulcsj/uoag027

現状
 コバルト錯体、亜鉛、および亜鉛塩を組み合わせた触媒系は、さまざまな環化付加反応やヒドロビニル化反応に広く利用され、機能性材料の合成、天然物の全合成や医薬品原料などの製造に貢献しています。 しかし、反応系内で生成される実際の触媒が、どのような物質であるのかは、触媒が非常に不安定で取り扱いが難しく、その正体は長年不明のままでした。 特に、コバルトの酸化数が1価なのか0価なのかという点は、化学者の間で大きな関心事となっていました。研究グループでは、この触媒系に1,3-ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパン (dppp)配位子を用いることで世界初のビシクロ付加反応を開発し、単純なアセチレン誘導体とブタジエン誘導体から二環式化合物であるビシクロ[3.1.0]ヘキセンを1工程で合成することに成功していました(参考文献1)

研究体制
 本研究は、東京農工大学工学府応用化学専攻 富田雄介(博士後期課程修了生)、同大学院工学研究院応用化学部門 小峰伸之助教および平野雅文教授により実施されました。この研究は、JSPS科研費基盤研究(B)の一部(JP24K01479)、および東京農工大学FLOuRISHプログラムの一部、科学技術振興機構(JST)SPRING (JPMJSP2116)および北興化学工業株式会社共同研究費の一部、などにより行われました。

研究成果
 これまでに当研究グループでは、コバルト錯体[CoBr2(dppp)](注1)を触媒前駆体としてアセチレンとブタジエンの誘導体を反応させて「いす型」化合物であるビシクロ[3.1.0]ヘキセンを合成する世界初のビシクロ付加反応(注2)を報告しています(図2)(参考文献1)

図2. アセチレンの誘導体(3-ヘキシン)とブタジエンの誘導体(フェニルブタジエン)の反応による「ビシクロ付加型」化合物1(ビシクロ[3.1.0]ヘキセン)の合成の例

1. 真の「触媒」の正体を暴く:長年の謎への挑戦
 有機化学の分野では、コバルトという金属を「触媒(化学反応を助ける仲介役)」として使い、医薬品などの複雑な分子を効率よく組み立てる手法が古くから知られていました。特に、今回の研究対象である「[CoBr2(diphosphine)]/Zn/ZnX2」という触媒セットは、非常に便利で世界中で使われています。しかし、実は大きな謎がありました。「反応の最中に、実際にコバルトがどのような姿(活性種)で働いているのか」が、誰にも分かっていませんでした。反応中のコバルトは非常に不安定で、すぐに姿を変えてしまうため、いわば「誰にも存在が知られていない黒幕」のような存在でした。また錯体化学や有機化学で広く使われている核磁気共鳴吸収(NMR)も、コバルト錯体では測定と解析が困難であり、謎に満ちた領域でした。

2. 最先端の「光の技術」で捉えた活性種の「身分証明書」
 研究グループは、この正体不明の活性種を特定するため、目には見えない分子の挙動を捉える複数の分光分析(UV-vis、NMR、EPR)という手法を駆使しました。 特に決定打となったのは、EPR(電子スピン共鳴)「g = 2.07」という非常に特徴的な信号をキャッチすることに成功したことです。これは、コバルトの酸化数が「0価(ゼロ価)」であることを示す、いわば分子の身分証明書(指紋)を特定したことになります。「0価のコバルト」こそが、反応を動かしている真の主役であることを世界で初めて科学的に証明しました。

3. 亜鉛と亜鉛塩による「黄金のチームワーク」を解明
 次に研究グループは、そもそも亜鉛(Zn)は還元剤であるのに、なぜこの反応に「亜鉛(Zn)」と「亜鉛塩(ZnI2)」の両方が必要なのかという、もう一つの謎に迫りました。 分析の結果、驚くべき連携プレーが明らかになりました。
 すなわち、亜鉛塩は、コバルトと臭素の強い結びつきを、ルイス酸として外側から「揺さぶって弱める」役割を果たし、亜鉛は、結びつきが弱まった隙をついて、コバルトに電子を送り込み、反応に適した0価の状態に還元させていました。つまり、亜鉛塩と亜鉛の連携プレーがあってはじめて強力な触媒機能のスイッチがオンになる仕組みを突き止めました。

4. 反応が物語る、真の活性種の証拠
 さらに、研究グループは反応からも、0価のコバルトが主役であることを裏付けました。 あらかじめ合成した「1価のコバルト」を触媒として使うと、得られる生成物は、本来の反応生成物はできませんでした。一方で、反応系内で発生させた活性種からは、目的とするビシクロ付加化合物が高い精度で得られました。 この事実は、これまで多くの研究者に信じられていた、この触媒セットからは1価のコバルトイオンが生成するという仮説は間違えであり、「1価のコバルト種が主役ではない」ことを示す動かぬ証拠となり、0価のコバルトが触媒サイクルの中心にいるという結論を決定づけました。

今後の展開
 今回の発見により、コバルト触媒反応の「ブラックボックス」であった部分が明らかになりました。今後はこのメカニズムを応用し、より安価で汎用性の高いコバルトを用いた新しい精密有機合成反応の開発が進むことが期待されます。

参考文献
1) Tomita, Y.; Haraguchi, N.; Kiyota, S.; Komine, N.; Hirano, M. Org. Lett. 2022, 24, 7774-7778.

用語説明
(注1)dppp
1,3-ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパンの省略名で2つのリン原子をもつ配位子の1つです。一般に錯体を安定化させるためには配位子が必要であり、リン配位子は多く用いられています。この反応では、数多くある配位子のうち、2つのリン原子が結合した二座ホスフィン配位子(diphoshine)の中でもdpppが配位したコバルト錯体が本反応を促進することを見出したことが新反応の発見につながっています。

(注2)ビシクロ付加反応
炭素―炭素結合などの1つの結合を共有する形で2つの環状構造が隣接している化合物をビシクロ化合物といいます。鎖状の分子からビシクロ化合物を1工程で合成する反応は我々が世界ではじめて報告しています(参考文献1)。

 

◆研究に関する問い合わせ◆
 東京農工大学大学院工学研究院
  応用化学部門 教授
  平野 雅文(ひらの まさふみ)
   TEL/FAX:042-388-7044
   E-mail:hrc(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp

    

 

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