糖尿病は典型的な多因子疾患であるが、3種以上の遺伝子を同時にノックアウトすることは難しい。これに対して、RNAi法によれば、複数の遺伝子を同時にノックダウンすることがはるかに容易にできる可能性がある。また、RNAi法ではsiRNAで導入するか、shRNA発現ベクターで導入するかによって、効果の継続時間を調節することも可能である。そこで、既に開発した、Gk(+/-)糖尿病予備軍モデルマウスに、RNAi法により、他の複数の糖尿病関連遺伝子ノックダウン効果を加えることによって、様々のタイプの予備軍モデルライブラリーの開発を目指している。

糖尿病予備軍モデルライブラリーが開発されると、糖尿病リスクを低減、あるいは増大させる活性成分の探索、評価に利用できる。また、糖尿病だけでなく、糖尿病リスクが他の多因子疾患のリスクに及ぼす影響についても解析できる可能性がある。

効果の評価は、モデルマウスの個体測定、体液および分離細胞の生化学分析、遺伝子発現解析、分離組織の組織化学的解析、などによる。技術的課題としてRNAi試薬のマウスへの導入の高効率・高精度化に取り組んでいる。既に、肝臓を標的とするハイドロダイナミック法の有効性を確認、さらに性能向上に取り組んでいる。

文部科学省特別教育研究経費『次世代型バイオリソースの開発』(2007.4〜2012.3)
この研究プロジェクトでは特定の遺伝子の発現量がコントロールされた高品質なバイオリソースを開発することを目標として、特に糖尿病関連遺伝子を改変したマウスES細胞、組織細胞、個体を系統的に作製し、その機能評価、治療法開発に向けた応用展開を図り、多くの成果を得た(成果概要)。


1.糖尿病関連遺伝子改変ES 細胞


私たちの研究室では、糖尿病と密接に関連している遺伝子を8種類選び(pdx-1, irs-1, kir6.2, irs-2, gk, shp, hnf-1α, hnf-1β)、これらの1つあるいは2つの遺伝子を同時に、RNAi法により発現量を抑制させたES細胞、またはジーンターゲティング法により遺伝子をノックアウトしたES細胞、あるいは1つの遺伝子を過剰に発現させたES細胞を開発し、糖尿病モデル細胞ライブラリーとしています。作製された遺伝子改変ES細胞からインスリン産生細胞まで分化させ、あるいはマウス個体を作製して、糖尿病の治療薬や治療法の開発研究に利用します。


2.糖尿病関連遺伝子改変マウス


疾患とは、特定の遺伝子の発現量が定常状態より高くあるいは低くなることによって発症すると考えられます。具体的には、遺伝子A、B、C(例えばがん抑制遺伝子)がある閾値以上の発現量を有している時に、遺伝子D(例えばがん遺伝子)が閾値以下の発現量の場合には、正常細胞として機能していますが、遺伝子A、B、Cの発現量が低く、遺伝子Dの発現量が多くなってしまった場合に、疾患が発症するといった例が挙げられます。これまでのモデル動物は、ジーンターゲティング法により特定の遺伝子を欠損させて作られてきましたが、RNAi法は遺伝子を欠損させるわけではなく、その遺伝子の機能を抑制させる方法です。この方法を用いることで、様々な遺伝子発現量を有する 細胞の開発が可能となります。ただし、ジーンターゲティング法により遺伝子を欠損させる場合でも、対立遺伝子全てを欠損させる場合(ホモ欠損)と、片方のみ欠損させる場合(ヘテロ欠損)があり、ヘテロ欠損は遺伝子機能を抑制させる方法と近いと考えられます(50%抑制)

3.バイオリソース機能評価のための要素技術


 フェムトインジェクションによる単一細胞の高効率遺伝子発現制御